5月29日に、アルバム「The Rainbow Children」(2001年) と「Up All Nite with Prince: The One Nite Alone Collection」が発売されました。

プリンスの数あるアルバムにおいても、「The Rainbow Children」は偉大な傑作のひとつに挙げられます。この作品で、プリンスはよりオーガニックなサウンドを取り入れ、「本物の音楽家達による本物の音楽 (real music by real musicians)」の方向性を打ち出しました。音楽作品としての質の高さは驚愕的であり、その音楽はまさに "magnificent"、壮大で/格調高く/極めて優れており/素晴らしく見事、と言うほかありません。コンセプトアルバムでもあるこの作品は、プリンスの2000年以降のアルバムの中では頭ひとつ抜けているのではないでしょうか。

しかし残念なことに、このアルバムは、その凄まじい傑出度に相応しい評価を得ているとは言い難いところがあります。その要因は複合的なもので、アルバムが商業チャートに上手く乗らなかったこともあるでしょうし、批判ありきの質の低いレビューが幅を利かせていることもあるかもしれません。また、何かしら引っ掛かるものを感じ、作品の世界に素直に浸ることができない人もいると思います。さらに、これらの要因に加えて、「The Rainbow Children」は歌詞が難解であり、宗教色が強く取っ付きにくい、というイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか。

ここで、この作品が難解で取っ付きにくいというイメージを抱いている方に向けて、二つ言っておきます。

第一に、俄かには信じられないかもしれませんが、実は、「The Rainbow Children」の英語の元歌詞はそこまで難解ではありません。確かに個々の歌詞には意味が取りづらい表現もあります。また、作品のテーマは宗教的であるばかりでなく、人種問題や社会問題にも踏み込んでおり、それらについて掘り下げていこうとすると深く考えを巡らせなければなりません。しかし実は、この作品で展開される物語そのものは、あまり難しいものではなかったりします。

第二に、宗教色の強さに漠然と拒絶感を抱いている方もいるかもしれませんが、実のところ、この作品のメッセージは決して偏狭的で押し付けがましいものではありません。少なくとも私はそう思います。この作品には、人々にあまねく届くような、普遍的で思慮深いメッセージが込められています。

「The Rainbow Children」は、寓話のような物語が繰り広げられるコンセプトアルバムです。芸の細かいことに、それを反映してブックレットでの曲目リストはチャプター/章立てになっており、それぞれの曲は、1曲目、2曲目、ではなく、第1章、第2章、と数えるようになっています。今回はここで、PrinceVault のアルバムページに記載されている Storyline を訳して、「The Rainbow Children」の物語のあらすじを紹介したいと思います。

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今後アルバムの各曲についても取り上げていこうと思っていますが、「The Rainbow Children」が難解で取っ付きにくいと思っている方にとって、これから書いていくことが、この作品の魅力や面白さを知るのに役立つものになってくれればと思います。

アルバム The Rainbow Children のあらすじ

アルバムは低く加工された声で語るプリンスの叙述から始まり、その叙述はアルバムの様々な曲を通して進められていく。そこで展開されるのは「レインボウ・チルドレン (Rainbow Children)」という、「神とその律法を正確に理解 (accurate understanding of God and his laws)」し、「新しい国を立てる作業に取り掛かった (go about the work of building a new nation)」者たちの物語である。物語において、「賢い者 (The Wise One)」とその女は、「預言された通り (as prophesied)」、「反抗者 (The Resistor)」の誘惑を受ける。女は誘惑に屈し、他の五人と共に国を追放され、「追放者たち (The Banished Ones)」(*1) となる。

賢い者は、神の思し召しにより、別の女(*2) と引き合わせられることを信じる。「レインボウ・チルドレン」という言葉は、精神的な啓発を得た人々の集団を指し示すものと思われ、彼等は「新訳の翼に乗って飛び巡る (flying on the wings of the New Translation)」(*3) と描写される。

追放者たちは外の世界を乗っ取ると、レインボウ・チルドレンの宮殿を「デジタル・ガーデン (Digital Garden)」で包囲し、レインボウ・チルドレンの王である賢い者を権力の座から排除しようと動き出す。賢い者は最終的に「見えざる証書により応じ (obliged with an invisible deed)」、追放者たちは彼等の生まれ故郷である「メンダ・シティ (Menda City)」("mendacity"、虚偽/嘘/不誠実であることとの掛けことば) へと帰って行く。

続いてレインボウ・チルドレンはデジタル・ガーデンを解体するため、「労役を志願する者を求めて家々を回る (willing to go door-to-door in search of those willing to do the work)」。そして賢い者は、自身の妻となるべく引き合わせられた「ミューズ (The Muse)」を「センシュアル・エヴァーアフター (The Sensual Everafter)」へといざない、彼女に「知識の種 (seed of knowledge)」を植え付け、「1+1+1は3である (1 plus 1 plus 1 is 3)」と繰り返すよう促す。レインボウ・チルドレンはデジタル・ガーデンを崩壊させ、追放者たちを追いやることに成功する。ガーデンは撤去され、「ヘイズは遂に破られるに至り (The Haze was finally broken)」、もう「レインボウ・チルドレンの財宝を狙う (be able to lay claim to the treasures of the Rainbow Children)」者は誰もいなくなったであろうことを人々は理解した。ミューズは「今度は女王として (this time as a queen)」目覚め、賢い者とミューズとの結婚式が執り行われる。

叙述は「The Everlasting Now」において次の言葉で締め括られる。「この日以降から定めのない時まで、キリストを愛する者は益する者である。全ての者の氷は解けてひとつのプラチナの鎖となり、らせんを描き、滴り落ちては消えて行くのであった。 (from this day forward 'til times indefinite, those who love Christ are the ones who benefit. All the players' ice melted into one platinum chain and in a downward spiral it dripped down the drain.)」

  • 1. 長年に渡り、プリンスと最初の妻マイテ (Mayte) の別れについて記されたものと考えられており、マイテも 2017 年の自叙伝「The Most Beautiful」でそれを認めている。
  • 2. この後やがてプリンスの二番目の妻となる、マニュエラ・テストリーニ (Manuela Testolini) を指すと読み取れる。
  • 3. アルバムの制作時にプリンスが属していた宗教団体であるエホバの証人が使用する、新世界訳聖書 (New World Translation of the Holy Scripture) を指すものと思われる。

最後にちょっとした余談です。上のあらすじでも引用されているように、「The Everlasting Now」の語りの中には、"time(s) indefinite (定めのない時)" という耳慣れない表現が出てきます。この表現はアルバム「Musicology」(2004年) の最終曲「Reflection」にも出てくるもので、私にとっては長年何とも気になっていたのですが、最近その疑問が解消しました。

レインボウ・チルドレンが乗っている New Translation の翼、つまり、エホバの証人に用いられる New World Translation of the Holy Scripture の 1984 Edition を参照してみたところ、他の様々な訳の聖書では単に "forever" となっている箇所に、この "time(s) indefinite" という言葉が当てられていたのです (後の 2013 Revision ではこの表現は他の聖書訳と同じく "forever" に改められています)。至極当然ながら、ああ、プリンスは New World Translation を読んでいたのだな、と思いました。