「I Could Never Take The Place Of Your Man」は1987年のアルバム「Sign O' The Times」の収録曲です。アルバム4番目のシングルとして、US Billboard Hot 100 で10位も記録しています。ポップとロックを混じりけなしで掛け合わせたような気持ちの良い曲で、歌詞は何だかちびまるこちゃんの花輪クンみたいです。

ああハニー、それじゃ袋小路だよベイビー
僕らはそれじゃ満足できないってお互い分かってるはずさ
時間を無駄にしちゃいけないよベイビー

ぴったりなセリフは見つけられませんでしたけれど。

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つい先日、「I Could Never Take The Place Of Your Man」の1979年バージョンが公開されました。これを聴いた人達の間でちょっとしたざわめきが起こっているの感じるのですが、ご多分に漏れず、私の心もざわついています。

これまで、この曲は1982年に最初に書かれ、1986年に再録音が行われたと考えられてきましたが、今回のリリースにより、実際にはこの曲はそれよりも古く1979年5月23日にロサンゼルスのハリウッドサウンドレコーダーズで最初の録音が行われたことが新たに判明しました。「Sign O' The Times Deluxe」のリリースを知って収録曲のリストに目を通した方は、まずこの曲が元々は1979年に書かれたという事実に驚いたのではないかと思います。そして絶対にこう思ったはずです。「へぇ、この曲は最初はファルセットヴォーカルで作られたのか」と。1978年の「For You」も1979年の「Prince」も全曲ファルセットのアルバムです。翌1980年の「Dirty Mind」や1981年の「Controversy」も基本的にプリンスのヴォーカルはファルセットです。地声レンジのヴォーカルが目立つようになってきたのは1982年の「1999」くらいからで、それまでのプリンスのヴォーカルスタイルは基本的にファルセットでした。

そうして出てきたのがこれです。

「Originals」で「You're My Love」のオリジナルバージョンがおふざけが入った地声レンジのヴォーカルで出てきたときも私は驚かされましたが、またもや予想外の音源が登場しました。

サウンドは当時製作中であった「Prince」のサウンドではなく、翌1980年の「Dirty Mind」に繋がるようなニュー・ウェイブの雰囲気を感じさせるのも驚きですし、ヴォーカルが地声レンジなのも驚きです。最初のコーラス前の "If I thought I was qualified" など、所々で声のトーンがムキになったような感じになって、初期によくみられる歌い方の特徴が出ているのも面白いです。

そして何より一番面白いと思ったのが歌の内容です。なんと最後のコーラスで物語の展開が逆になります。プリンス本人の検閲が入っていたら、ひょっとしたらこの音源は世に出ていなかったのではないでしょうか (笑)。

Baby, stop waisting your time
I know what's on your mind
I won't be satisfied with a one night stand
And I could never take the place of your man
But I'll try
I'll sure as hell try
ベイビー、時間を無駄にするのはよすんだ
君の頭に誰がいるのかは分かってる
僕は一晩限りの関係じゃ満足できないよ
それに僕は君が愛する奴の替わりにはなれないかもしれない
だけどやってみるよ
間違いなく絶対やってみるよ


ここで時系列を簡単に振り返ってみます。

この曲が書かれた1979年5月時点、プリンスはまだ「For You」というアルバムを1枚出しただけで、キャリアを駆け出したも同然の状況でした。オーバープロダクションで大幅な予算超過となったファーストアルバムの反省を踏まえ、セカンドアルバムでは録音の技術的な完成度を追求せずに、どんどん効率的に捌いていくスタイルで制作を進めていくことになりました。そしてセカンドアルバム収録曲のベーシック録音を終え、ミキシングのためスタジオを移した先で「I Could Never Take The Place Of Your Man」は録音されました。

  • 1978年4月8日 - 「For You」リリース
  • 1979年4月下旬-5月下旬 - 「Prince」ベーシック録音 at Alpha Studios
  • 1979年5月下旬-6月13日 - 「Prince」オーバーダブ、ミキシング at Hollywood Sound Recorders
  • 1979年5月23日 - 「I Could Never Take The Place Of Your Man」ベーシック録音 at Hollywood Sound Recorders
  • 1979年7月10-21日 - 「The Rebels」未リリースプロジェクト、レコーディングセッション
  • 1979年8月某日 - ワーナーからツアー承認の判断を得るためのライブセット演奏
  • 1979年10月19日 - 「Prince」リリース
  • 1979年11月26日-1980年2月17日 - Prince ツアー
  • 1980年2月22日-1980年3月3日 - Rick James ツアー'80
  • 1980年5-6月 - 「Dirty Mind」ベーシック録音、オーバーダブ、ミキシング
  • 1980年10月8日 - 「Dirty Mind」リリース

Alex Hahn と Laura Tiebert 著「The Rise Of Prince 1958 - 1988」の「10. No Girls Allowed」の章からこの時期の記述を一部翻訳して紹介します。デズ・ディッカーソンのコメントがちょっと面白いです。

セカンドアルバムのレコーディングセッションは、ボブ・カヴァロ (Bob Cavallo) の友人であるエンジニアのゲーリー・グラント (Gary Grandt) が所有する、アルファスタジオという質素なスタジオにおいて行われた。レコードプラント (補足: ロサンゼルスの有名なスタジオ) には程遠いスタジオであったが、実際のところ、それはプリンスのニーズやワークスタイルにより適した場所だった。そのスタジオには24トラックのレコーディングマシンがあったものの、プリンスは曲をオーバーダブで散らしづらい、制限のある16トラックのマシンを使うことを選んだ。レコーディングセッションは通常少なくとも12時間以上に及び、他者の立ち入りは最小限に抑えられた。ブラントはこう回想する。
「女の子はスタジオ立ち入り禁止だった (No girls were allowd in the studio)。それがプリンスの要求だったんだ」

(中略、「Prince」のベーシック録音の話)

主要なベーシック録音が完了すると、スタジオのスケジューリングの都合により、ロサンゼルスのハリウッドサウンドレコーダーズへと場所を移すことになった。プリンスとのオーバーダブの作業は、スタッフエンジニアの Bob Mockler がアサインされ、アルバムは7月には完成し、ワーナーは広報キャンペーンの準備に取り掛かった。

プリンスの次のタスクは、セカンドアルバムのサポートツアー実現に向けて、ワーナーの承認を得るために、ライブバンドの能力と結束力を向上させることだった。しかしプリンスは、新アルバムのマテリアルを練習する替わりに、バンドと共にコロラド州ボルダーに飛び、「The Rebels」と名付けられたサイドプロジェクトに取り掛かった。プリンス達はマウンテン・イヤーズ・スタジオを拠点にして、デズ・ディッカーソンやアンドレ・シモンらのアイデアも取り入れつつ作業を進めた。

スーアン・カーウェルのプロジェクト (補足: Sueann Carwell、プリンスがデビューアルバムもリリースする前なのにワーナーを通してプロデュースを画策した女性シンガー。プロジェクトは二人の関係悪化などにより立ち消え) のように、プリンスの目標は、たった1作品しかリリースしていないアーティストには場違いとも取れるものだったが、ワーナーがリリースしプロモーションできるようなアルバムを制作することだった。作業には11日程の期間を掛け、ローリング・ストーンズ・スタイルのブルースロック「Hard 2 Get」や、アンドレが歌うファンク・ロック・ハイブリッドでより野心的な「Thrill You Or Kill You」など様々な試みを行った。

デズ・ディッカーソンは一人、新マテリアルの制作に疑問を感じ、なぜバンドが「Prince」のリハーサルをしないのだろうと思ったのだという。彼は後にこう回想する。
「オレ達は何をやってるんだ? オレ達はどこに向かってるんだろう?」
しかしプリンスの狂気的な方針には意図があった。一連の共同作業によってバンドの士気や親和力が高められることになったのだ。セッションが終わる頃、The Rebels プロジェクトそのものに対するプリンスの興味は失われていたが、ボルダーに到着した頃と比べ、バンドは疑いの余地もなくより強固なものとなった。

出したアルバムは1枚だけ、しかもそれが期待通りにいかずレコード会社から次作のプレッシャーを受けているとなると、普通は追い詰められてセカンドアルバムでの挽回に全力を注ぐことになるはずですが、プリンスの行動の常識外れ具合が面白いです。プレッシャーなどどこ吹く風で、意欲的に様々な可能性を模索する中で「I Could Never Take The Place Of Your Man」という曲も作られたのだと思います。

「Sign O' The Times」のアルバムバージョンです。


最後に少し余談です。娘と子供向け YouTube チャンネルを見ていると、著作権フリーの音楽を耳にタコができるくらい聴かされることになります。去年くらいまでよく見ていたチャンネルに「サンサンキッズ TV」というのがあって、そこで、YouTube Audio Library にある Payday - Jason Farnham という曲をよく聴かされていました。

この曲の33秒頃からのメインリフが、「I Could Never Take The Place Of Your Man」のコンサートフィルムバージョンの本イントロに入る前の旋律に似ていて、これを聴くたびに私の中で、ピアノを弾くボニー・ボイヤーと、そこに「レッツ・ダーンス」と割り込んでくるプリンスが混ざる、という現象がよく起きていました。

プリンスのコンサートバージョンでは、下の動画で17秒からのリフです。まあ、余談でした。


It was only last June when her old man ran away
She couldn't stop cryin' cuz she knew he was gone 2 stay
10:35 on a lonely Friday night
She was standin' by the bar... mmm, she was lookin' alright, yeah
彼女が男に去られたのはつい6月のこと
彼女は泣くのを止められなかった
彼がもう戻って来ることはないと知っていたから
10時35分、一人きりの金曜の夜
彼女はバーの所に立っていた
うん、なかなかの美貌だったよ

I asked her if she wanted 2 dance
And she said that all she wanted was a good man
And wanted 2 know if I thought I was qualified, yeah
僕が踊らないかと誘ってみると
彼女の望みはただ良い男と出会うことだと言った
興味があるのは僕が相応しい男かどうかだと

And I said - "Baby, don't waste your time
I know what's on your mind
I may be qualified 4 a one night stand
But I could never take the place of your man"
だから僕は言ったのさ
「ベイビー、時間を無駄にしちゃいけないよ
君の頭に誰がいるのかは分かってる
一夜限りの関係だったらいいかもしれない
でも僕は君が愛する奴の替わりにはなれないよ」

It hurt me so bad when she told me with tears in her eyes
(Tears in her eyes)
He was all she ever had and now she wanted 2 die
He left her with a baby and another one on the way, yeah
She couldn't stop cryin' cuz she knew he was gone 2 stay, yeah
涙を浮かべて話す彼女に酷く心が痛んだよ
彼は自分の全てだった、もう死んでしまいたいだなんて
彼は赤ん坊を残して去ってしまった
さらに彼女のお腹にはもう一人宿ってる
彼女は泣くのを止められなかった
彼がもう戻って来ることはないと知っていたから

She asked me if we could be friends
And I said - "Oh honey, baby, that's a dead end
U know and I know that we wouldn't be satisfied, no"
彼女は僕に友達になって欲しいと言ってきた
僕は言ったさ
「ああハニー、それじゃ袋小路だよベイビー
僕らはそれじゃ満足できないってお互い分かってるはずさ」

And I said - "Baby, don't waste your time
I know what's on your mind
We wouldn't be satisfied with a one night stand
And I could never take the place of your man"
そして言ったのさ
「ベイビー、時間を無駄にしちゃいけないよ
君の頭に誰がいるのかは分かってる
一夜限りの関係だったらいいかもしれない
でも僕は君が愛する奴の替わりにはなれないよ」

Yeah, yeah, the place of your man
1 2, 1 2!