私は毎年お盆の時期、東京から故郷の岩手まで車で帰省します。距離にして 500km 以上になるその道のりで、今年はひとつ変わったことがありました。それは、車の CD チェンジャーにずっと2014年のアルバム「Art Official Age」を入れたままにしており、「Way Back Home」を聴きながらの道中になったことです。

私は半年ほど前に、このブログで「Art Official Age」の簡単な感想を書いていますが、その時は「Way Back Home」については適当なコメントしかしていませんでした。というのも、この曲についてはちゃんとした感想を書くことができなかったのです。しかし、私がアルバムの中で最も強い印象を受けたのは、実はこの曲でした。

このブログでは、「私の選ぶ曲」として様々なプリンスの曲を取り上げていますが、私は2006年のアルバム「3121」で一度プリンスの新作を追うのをストップしています。このため、選曲はそれ以前の作品からのみで行うつもりでいました。しかし昨年、ようやく「Art Official Age」の封を開け、「Way Back Home」を聴き、その考えは改めさせられることになりました。私は未だこの曲を捉えきることができずにいるので順位をつけることはしませんが、「Way Back Home」は、私にとってプリンスの後半のキャリアにおける最も印象の強い曲です。


「Way Back Home」は、アルバム「Art Official Age」の中心となる曲です。それと同時に、個人的に、これはプリンスの全作品の中でも特別に凄まじい曲のひとつだと思います。

そうはいっても、この曲には、他のプリンスの傑作に見られるような複雑な構成や激しい展開があるわけではありません。この曲の凄まじさを感じ取るためには、この曲の中に入り込み、その奥深くに存在するものに触れるつもりで曲と向かい合う必要があります。

この曲には、「普通でない」と感じさせる要素が色々と散りばめられています。まず最初に普通でないと気付くのは、刻まれるリズムが、心臓の鼓動を思わせるような音に感じられることです。プリンスの作品には、本物の心臓の鼓動そのものを使用した曲がひとつ存在することを思い起こします。それは1996年の「Emancipation」に収録されている「Sex In The Summer」です。その曲では、この世に生を受けながらもほんの僅かな期間しか生きることができなかった息子の Amiir (アミール) が、まだマイテの胎内にいた頃の超音波心音が使用されています。

また、歌詞の方もスムーズに意味を取ることができません。この世に生を受けたことや、子供に関することが少し変わった表現で語られます。

Most of the people in this world are born dead
But I was born alive
I was born with this dream
With a dream outside my head
この世界では多くの人が死んだ状態で生まれる
しかし僕は生きた状態で生まれた
この夢と共に生まれた
頭の外に在る夢と共に

Power 2 the ones who could raise a child like me
僕のような子供を育てることができる者に力を

そして、プリンスの歌い方も通常とはどこか違う雰囲気があります。このように心情を吐露するような歌い方をする曲は、私には他に思い付きません。


また、この曲を聴くにあたっては、アルバムの全体に目を向ける必要もあります。近未来的なサイエンスフィクションの様相を持つ「Art Offical Age」は、コンセプトアルバムでもあり、その流れの中で、英国のシンガーソングライターの Liann La Havas (リアン・ラ・ハヴァス) の語りがひとつのストーリーを作り上げています。彼女の語りが登場するのは、「Clouds」、「Affirmation I & II」、「Way Back Home」、そして最終曲の「Affirmation III」です。

リアンの語りが最初に登場するのは、2曲目の「Clouds」です。ここでプリンスは、45年の仮死状態から目覚めたところであり、時間を必要としない不思議な場所にいることを告げられます。

しばらく間を置いて、9曲目の「Affirmation I & II」にて、プリンスはアファメーション・セラピーのセッションを受けるという展開になります。このアファメーション・セラピーというのがまた珍妙です。

Today though, we'll just start off with some simple affirmations
That will be automatically induced into your memory temple
Which you can upload unto a hard drive,
And review at your desire
ですが今日は、まず簡単なアファメーションから始ます。
これは脳内のメモリ・テンプルに自動的に誘導されるものであり、
メモリ・テンプルは、ハードディスクにアップロードすることもでき、
あなたの望む時に内容を見直すことができます。

この時点で微妙な空気感がするのですが、リアンはお構いなしにアファメーションに入ります。

Affirmation number one: There are no such words as 'me' or 'mine'.
アファメーション その1: '私' または '私のもの' という言葉は存在しません。

普通、"affirmation" とは肯定的な言葉で進められるものだと思うのですが、何といきなり否定から始まります。しかも、"me" や "mine" という言葉は存在しないと言っておきながら、実際にはその「言葉」を発しているので、この文はおかしなことを言っています。さらにおまけに、これを言った後、"タララララララン♪" と自信満々に効果音が付きます (笑)。これって笑っていいんでしょうか? それとも私の受け取り方は間違っているのでしょうか? とにかく個人的にはツボに入るポイントです。さらに、「アファメーション その1」の最中にそのまま「Way Back Home」に繋がっていくので、「え? その2はどこ?」となります。たったこれだけの間に、畳みかけるような凄いユーモアセンスだと思います。私はこれを聴くと毎回吹き出しそうになります。

そして曲は「Way Back Home」に移りますが、なおもリアンの語りは続きます。

Any person or object whatsoever that requires ur attention
Is something that has veered from its path
And preordained destiny of total enlightenment
あなたが心を傾注する必要があるのなら
それはいかなる人や物であれ、道を逸脱しており
予め運命づけられた完全なる悟りの境地からは外れているのです

どうやら人や物には予め運命づけれられた完全な悟りの境地が存在すると言っているようです。何だか人だけでなく、物にまで予め運命づけられた悟りの境地があると言っていますが、そういうものなのでしょうか。そして、おそらくは、曲の流れ的にそれが人や物にとっての帰るべき "家" であるようです。「Affirmation I & II」のユーモラスでどこか珍妙な雰囲気から、一層の奇妙さを漂わせつつプリンスの歌が始まります。

「Way Back Home」が終わった後、次にリアンの語りが登場するのは、アルバムの最終曲「Affirmation III」となります。この曲は「Way Back Home (Reprise)」と名付けても差し支えないような曲で、「Way Back Home」のバックコーラスなどが繰り返され、非常に美しく幻想的な曲です。プリンスは新しい境地に立った自分を発見し、「自分自身」という目指すべき目的地を確かめます。

U've probably felt many years in your former life
U were separate from not only others, but even yourself
Now U can see that was never the case
U are actually everything and anything that U can think of
All of it is U
あなたはおそらく前世の幾年もの歳月
他者だけでなく、己からも切り離されていたと考えていました
しかし今、実はそうではなかったことにあなたは気付きました
あなたは実はあなたが考えるあらゆるものであり、全てのものです
その全てがあなたです

Remember there really is only one destination
And that place is U
All of it, everything is U
目的地はたったひとつしかありません
その場所とはあなたです
その全部、全てがあなたです

それにしても、ここで展開されるアファメーション・セラピーの内容は、いささか奇妙なものですが、個人的にはそこがまた面白いところでもあります。


「Way Back Home」に戻ります。

少し話が逸れるかもしれませんが、私には、この曲のイメージと重なる言葉があります。それは、三島由紀夫の「若きサムライのために」という本の冒頭の言葉です。この本の冒頭は「人生について」と題されたエッセイで、次の言葉から始まります。

人は、人生を始めてから、徐々に芸術を始める。私の場合は逆で、芸術を始めてから人生を始めたような気がしている。

「Way Back Home」で特にひっかかる歌詞といえば、"Most of the people in this world are born dead / But I was born alive (この世界では大抵の人は死んだ状態で生まれる / しかし僕は生きた状態で生まれた)" が挙げられると思います。しかし、上で引用した言葉を重ねると、私には何となく歌詞が腑に落ちるような気がするのです。

また、このエッセイには、「Way Back Home」の歌詞に出てくる言葉と似た表現が出てきます。曲と同じように観念的な意味での "故郷"、それに "少年期" や "幼少期"、また、"夢" といった言葉が出てきます。

作家にとって、まだ人生の経験が十分でない、最も鋭敏な感受性から組み立てられた、不安定な作品であるところの処女作こそが、彼の人生経験の、何度でもそこへ帰っていくべき、大事な故郷になる
...(中略)...
少年期のみならず、幼年期も、作家にとって大切な故郷である。そこでは、人生は経験でなく、夢にすぎない。理性ではなく、感性にすぎない。

実際にプリンスが何を思いながらこの曲を書いたのかは想像するしかありません。そうするとき、このエッセイで語られている話と重ねて「Way Back Home」を聴くと、私には何となく、歌の世界に、より直に触れることができるように感じます。


着地点が見えなくなってきたので、この辺で終わりにしたいと思います。

結局のところ、「Way Back Home」という曲から感じ取るべきものとは何なのでしょうか。そして、プリンスの "家に帰る路" とその先に見えるものとは何なのでしょうか。それは音楽を聴いて感じ取ったものがそのまま答えになるのであり、そもそも言葉で完全に説明できるようなものではないのかもしれません。ただ、いささかユーモラスでもあるアファメーション・セラピーとは対照的に、「Way Back Home」は、プリンスという凄まじい人生を辿ってきたアーティストの心が深く表現されている、とても特別な曲だと私は思います。


Any person or object whatsoever that requires ur attention
Is something that has veered from its path
And preordained destiny of total enlightenment
あなたが心を傾注する必要があるのなら
それはいかなる人や物であれ、道を逸脱しており
予め運命づけられた完全なる悟りの境地からは外れているのです

I never wanted a typical life
Scripted role, huh, trophy wife
All I ever wanted, 2 be left alone
See, my bed's made up at night cuz in my dreams I roam
Just tryin' 2 find
Tryin' 2 find my way back, back home
普通の人生を望んだことなど一度もなかった
台本通りの役も、それにトロフィーワイフも
僕の望みの全ては、独りでいられること
夜には整えられたベッドで夢の中を彷徨う
ただ見つけるために
家に帰る路を、見つけるために

So many reasons why
There's so many reasons why I don't belong here
But now that I am I
Without fear I am gonna conquer with no fear
理由なら幾らでもある
ここに僕の居場所がない理由なら、幾らでもある
しかし今僕は僕であり
臆することなく、打ち克つ

Until I... (Until I)
Find... (I find my)
My... (My way back)
Way back home (Home, home)
Until I... (Until I)
Find... (I find my)
My... (My way back)
Way back home (Home, home)
家に帰る路を、見つけるまで
家に帰る路を、見つけるまで

Find my way back home
家に帰る路を、見つけるまで

Most people in this world
Most of the people in this world are born dead
But I was born alive
I was born with this dream
With a dream outside my head
この世界では大抵の人は死んだ状態で生まれる
しかし僕は生きた状態で生まれた
この夢と共に生まれた
頭の外に在る夢と共に

That I... (Until I)
Could find... (I find my)
My... (My way back)
Way back home (Home, home)
My... (Until I)
My... (I find my)
Way... (My way back)
Way back home (Home, home)
家に帰る路を、見つけるという夢と
家に帰る路を

Is this the way?
これがそうなのだろうか?

Power 2 the ones
Power 2 the ones who could raise a child like me
The path was set but if U look the truth will set us free
I've heard about those happy endings, but still a mystery
Let me tell U about me
僕のような子供を育てることができる者に力を
道は定められていようが、真実は我々を自由に解き放つだろう
ありふれたハッピーエンドの話を聞いても謎は謎のまま
ならば僕のことを話そう

I'm happiest when I can see (Until I)
(I find my, my way back)
My way back home (Home, home)
Can U see? (Until I, I find my)
Oh (My way back)
My way back, my way back home (Home, home)
僕が最上の幸せを感じるのは
家に帰る路を見られる時
そう、家に帰る路を