これまでに、プリンス追悼の雑誌の特別号は、日本では4つの出版社から発行されています。

これらの出版物を通して私が感じたのは、日本にはプリンスについてまともに物を書くことができる音楽ライターはいない、という失望です。

ネガティブなことばかりになりそうなので具体的な感想を書くのは控えていたのですが、先日、「プリンスの言葉 Words of Prince」 (New Breed with Takki (著) / 秀和システム) が発売されました。上記の出版物とは異なり、ちゃんとプリンスを聴いている人によって書かれたとても良い本で、少し気が晴れました。ここではとりあえず、雑誌の特別号の方について簡単に感想を残しておきます。

4月21日から約1ヶ月半を経て、最初に発売されたのは CROSSBEAT です。全体の半分強を作品紹介が占めており、後半にはプリンスの過去インタビューもいくつか掲載されています。文章に少し目を通して「あれ、おかしいな」と思いましたが、論評を読ませるタイプの本ではなかったので気にしないことにしていました。それからしばらくして、首をかしげたくなるタイトルのミュージックマガジンと、現代思想が発売されました。「うーん、びみょう…」という感想でした。最後に文藝別冊が発売されました。これは微妙を通り越して酷すぎたので、途中で目を通すのをやめました。

CROSSBEAT の最初だけつまんで感想

全体的に言って、追悼特集の出来はかなり悪いです。個別にダメな記事が散見されるのではなく、壊滅的に押しなべてダメです。個別に感想を書くときりがないので、代表して、最初に発行された CROSSBEAT の最初の部分だけ軽く触れます。ただし、私の印象では CROSSBEAT は最もマシです。CROSSBEAT を取り上げるのは、別に槍玉に挙げようという意図からではなく、他の出版社のものは心象が悪すぎて読み返す気が起きないためです。

HISTORY Part 1: 1958 - 1986

CROSSBEAT の前半は作品紹介に紙面が割かれます。作品紹介の第一部は「HISTORY Part 1: 1958 - 1986/やがて時代の寵児に」と題し、最初に見開き2ページでプリンスの生い立ちから1986年までの流れを振り返ります。

そして、いきなり冒頭の文章がこれです。

オレは血まみれの分娩台で生まれ/首にはへその緒が巻きついていた/7歳まではてんかんで/天国がお呼びなんだと覚悟を決めた - プリンスの "The Sacrifice Of Victor" (92年) に出てくるフレーズだ。ただし、実生活の秘密めいたプリンスが、事実のみを歌っているとは考えないほうがいいだろう。それでも、幼い時期を複雑な環境のなかで過ごしたのは間違いない。

人物の略歴紹介、それも追悼の略歴紹介としては少々変わった切り出し方です。ちなみに、「天国がお呼びなんだと覚悟を決めた」は少々飛躍のある意訳です。元の歌詞は「I was sure heaven marked the deck」なので、「天国が (意地悪をして) カードに細工を施した」といったニュアンスになると思います。まあ歌詞の引用は構いません。それよりも、言葉の端々からうかがえる執筆者の軽薄な姿勢が引っ掛かります。

その後も奇妙な着眼点の文章は続きます。紙面が限られているというのに父親のジョン・L・ネルソンと共作にクレジットされている曲名を6つも羅列して、父親はジャズピアニストだったという割には共作はジャズっぽくないと指摘するなど、「なぜここでそんな話をするのだろう?」という戸惑いが頭をよぎりますが、さらに読み進んでいきます。

学校に入っても背が低いからか "プリンセス" という渾名がついた。その一方で顔つきから "ブッチャー・ドッグ" (ジャーマン・シェパード) とも呼ばれたという

(1980年にプリンスがリック・ジェイムズのツアー前座を務めたことに言及して、リックが) とあるパーティでプリンスの髪をうしろから掴み、喉にコニャックを流し込んだ

「たった2ページの略歴でなぜそんな話を?」という疑念はさらに強まっていきます。その一方で、普通の略歴ならば記載されるようなことは省かれてしまいます。例えば、青春時代に友人のアンドレ宅に居候の身になり、地下室で音楽に没頭した話などは、ここではバッサリ切り捨てられています。ちなみに冒頭で引用された「The Sacrifice Of Victor」では、自分を迎え入れてくれたアンドレの母親バーナデット・アンダーソンに対し、尊敬と感謝の意を示すような歌詞をプリンスは書いています。

とにかく、これまでのどうでも良いエピソードで原稿スペースは殆ど使ってしまい、紙面も残り少なくなってきました。ようやく略歴は「1999」の発表、そして1984年へと向かいます。

先に触れたプリンスのマネージャーたちは、ディープ・パープルや EL&P、イーグルスといった出演者ばかりのカリフォルニア・ジャム (74年) に EW&F を送り込み、アースの人気を一気に押し広げた策士たちだ。

プリンスのマネジメントが EW&F を担当していたことへの言及はこれで2度目になります。執筆者の視点では、これはプリンスの略歴を削ってでも繰り返し記載しなければならない重要なポイントらしいです。もちろんマイケルの「Thriller」に言及するのも忘れません。いよいよ原稿スペースはなくなります。ともあれ「Purple Rain」です。ビルボードアルバムチャートで24週、つまり1年の半分に渡って連続1位という驚愕のチャートパフォーマンスを叩き出し、映画も成功した「Purple Rain」です。

84年に映画&アルバムで『Purple Rain』が登場

はい。「Purple Rain」への言及はたったこれだけです。その一方で、遡って1979年の初ツアーをインフルエンザで中断したことなど、どうでも良いことはなぜか記載されています。そこまでしてプリンスを歪めて伝えたいのか、という強固な意思を感じる紹介記事です。

アルバム「Purple Rain」(1984年)

冒頭の略歴紹介だけを取り上げるのはフェアではなかったかもしれません。同執筆者は、見開き2ページでアルバム「Purple Rain」のレビューも書いています。ひょっとしたらここで埋め合わせがあるのかもしれません。何しろ略歴紹介はあまりにも酷すぎました。淡い期待を込めつつ内容を確認してみます。

「Purple Rain」のレビューは、こんな書き出しから始まります。

マイケル・ジャクソン死亡時にミネアポリスの新聞「Star Tribune」に載ったボビー・Z の回想によると、プリンスとマイケルは80年代後半に卓球で対決したことがある。
… (大幅に中略) …
一方の MJ はワーナー試写室まで足を運んで映画『Purple Rain』を見た。しかし映画が終わる10分前に部屋を出て…(略)

何と延々とマイケルの話で原稿スペースの4分の1を使ってしまいました。本当にこれは「Purple Rain」のレビューなのかと頭が混乱してきます。また、引用からは省きましたが、相変わらず文章のトーンは不快指数が高いです。とにかく、気を取り直して、曲についてはどんなことを書いているのか見てみます。

"Take Me With U" のドラムスはまるでフィル・コリンズのようで、ジェネシスの "Dance On A Volcane "Squonk" (76年の『A Trick Of The Tail』収録) あたりに近い。

しかし、ポップだからといって侮ってはいけない。(略) "When Doves Cry" はベースレスで作られ、96年にティンバランドのプロデュースによりジュニワインがカヴァー

そしてフー・ファイターズもカヴァー (03年) したのが "Darling Nikki"

そこまでしてプリンスの音楽に言及するのを避けたいのか、という清々しいレビューです。「Take Me With U」に関しては、曲を知らずに書いているのではないか?というレベルです。「ポップだからといって侮ってはいけない」から他アーティストのカバーを紹介する流れも意味不明です。

また、もちろん「Purple Rain」の曲では、ジャーニーの「Faithfully」(1983年) の作曲者に電話し、初期版を聴かせて両者が類似していないことの確認をとったことや、スティーヴィー・ニックスに作詞を依頼したけれども曲が素晴らしすぎたため辞退されたといったエピソードもしっかり外さずに書いてくれます。それでいて、「Purple Rain」という楽曲の内容そのものへの言及は一切ありません。

擁護しておくと、別にこの執筆者が特別酷いというわけではありません。むしろ、これは単なる作品レビューの枠に収まっているのでまだマシという印象です。私が今回の4つ追悼特集で感じたのは、日本の音楽評論家にまともにプリンスを紹介できる人はいない、ということです。音楽評論家は、プリンスの音楽を語ることを極度に避ける傾向があります。

アルバム「Prince」(1979年)

一人だけ取り上げるのも何なので、別な執筆者も見てみます。以下は、少しページを戻って、セルフタイトルを冠したセカンドアルバム「Prince」のレビューからの引用です。

一語一語を噛みしめて歌うロマンティックなミディアム (4) "While We're Dancing Close And Slow" や、メロディも表現も一際官能性を増した (9) "It's Gonna Be Lonely"、アイズリーズの世界をプリンス流に解釈したようなバラッド (5) "With You"

これもちょっと待てと言いたいです。「With You」のような平凡な作りの曲ですら、わざわざ別なグループを持ち出さないと説明できないのかと思います。ついでに言うと、私にとっては、「With You」は平凡な作りでありながら誰が歌ってもプリンスのようにはいかない特別な曲です。

「It's Gonna Be Lonely」から官能性という言葉が出てくるのはおかしいです。少しくらいは歌詞に目を通すべきです。

「When We're Dancing Close And Slow」もかなり突き抜けているレビューです。曲名の誤字は構いません。ただ、「ミディアム」というのは一体どういうことでしょうか。この曲に合わせてダンスをするとなった時に、この執筆者を除いて、ミディアムテンポで体を揺らす人など地球上に一人もいないと思います。まともに曲を聴かずにレビューしているとしても、そもそも曲名に「Slow」と書いてある時点でおかしいと気付くべきです。それに、これは呟くように歌われる曲なので、言いたいことは分からなくもないのですが、語源的に力を入れて噛むニュアンスがある「噛みしめる」という言葉はしっくりきません。また、「官能性」という言葉を持ち出すならば、アルバムではこれこそがザ・官能的な曲です。それどころか、この曲の直接的な歌詞は、プリンスの全作品の中でもトップレベルに官能的です。

「Purple Rain」のレビューは音楽そのものに対する言及が頑なに避けられているショッキングなものでしたが、「Prince」のレビューを読むと、やっぱり言及がなくて正解かも、という気がしてきます。このレビューはあんまりなので、アルバム「Prince」についてはそのうち別途記事を書きたいと思います。

最後に一言

ネガティブな感想を書いてしまいましたが、改めて断っておくと、私の印象では CROSSBEAT は一番マシな追悼特集です。アルバムのカバーアートの写真が沢山あり、プリンスの過去インタビューもいくつか掲載されています。また、とても素晴らしい記事もありました。それは、1990年に東京でのレコーディングに立ち会ったエンジニアの方が、当時を回想して受けたインタビューです。この素晴らしい回想記事を他と混ぜて紹介するのは失礼な感じがするので、一旦ここで切って、続いて取り上げたいと思います。

2016/10/28 追記

何でこんなにネガティブな感想なのに CROSSBEAT にあまり悪い印象を持っていないのか、今気付きました。それは、本の表紙が私の最も好きなアルバム「Parade」のカバー写真だからです。表紙がコレというだけで好意的なバイアスがかかってしまうくらい、私は「Parade」が好きです。

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