前回に続き、もうひとつスーザン・ロジャースがプリンスの人間性について語ったインタビューを紹介します。こちらは 2017年11月に催された Loop というイベントでのインタビューです。このインタビューセッションは音楽に関するより幅広い話題をカバーしたもので、その中の話題の一つとしてプリンスの話が出てきます。このため、ここでのスーザンは、プリンスをあまり知らない聴衆を念頭に置いて、そういった人たちにも伝わるようにプリンスを語ってくれています。
(とはいえ、最後の質疑応答ではより突っ込んだ質問を受けており、アルバム「Sign O' The Times」や「If I Was Your Girlfriend」、せっかく素晴らしい楽曲を作っても簡単にお蔵入にしてしまうプリンスの行動などについても語っています。)

このインタビューでは是非実際に動画を通してスーザンの声を聴いてみてほしいです。スーザンはアカデミックな人なので、Purple Rain Deluxe のブックレットへの寄稿などでの活字を読んで、この人に少し固い印象を持っている方もいるかもしれません。しかし実際の口調を聴くと、この人がどんな思いでプリンスを語っているのかが分かると思います。ちなみにあのブックレットの寄稿で書かれているいくつかのエピソードも、他のインタビューでスーザンは実際に語っていたりするので、それを聴くとまたあの寄稿も印象が変わるかもしれません。

翻訳したのは下のリンクで20分12秒から24分40秒頃までです。
Loop | Susan Rogers on Prince, production and perception

インタビュアー: ここで少しギアを入れ替えて、プリンスの話をしましょう。皆さんの中にはプリンスのことを聞いたことがある人もいると思います。事前にメールのやりとりをするにあたって、私はあなたが既に別のキャリアに移っていることが気になっていました。あなたは人生で様々なキャリアを積んできました。その一方で、私が読んだインタビューでは、あなたの神経科学者としての仕事には一切触れられず、プリンスについてのみ語られているものが沢山ありました。そのため、この場でプリンスに関する話をしても大丈夫なのか気になっていたのです。あなたの現在の仕事はそれではないのですから。ですが、ここであなたからのメールを引用したいと思います。あなたはこう返信してくれました。

「プリンスと仕事をしたことのある人の殆どは、彼についての話を共有できることを光栄に思っています。私たちは次の世代に、彼がいかに素晴らしい人物であったかを知ってほしいという思いを持っています。そして、もっと多くの知られていないことがあるのです (there was more to uncover)」

これは非常に素晴らしく、とてもありがたいことです。それで、もっと多くの知られていないこととは何でしょうか? 我々は何を知らないのでしょうか?

スーザン・ロジャース: ここの皆さんは、多かれ少なかれ、プリンスの名前を知っていることでしょう。彼の名前は知っているでしょうし、彼が偉大なアーティストであったことも知っているでしょう。プリンスは偉大なアーティストとして人々の記憶に刻まれることを望んでいました。それが彼の望みでした。彼は、自身がただの人間として、私たちと同じようにいずれ命の尽きるただの人間として知られることは望んでいませんでした。もちろん実際には彼も命のある人間でしたけれども。

そして、彼の元で働いていた人々や彼と親交のあった人々は彼の思いを尊重しました。私たちは彼をただの人間として語ることはしませんでした。なぜなら彼はそれを望んでいなかったからです。断っておきますが、これは屈折した偏狭なエゴによるものではありませんでした。これは、彼が仕事をするために必要な保護の役割を果たすものでした。彼は自身の精神と自身の作品との間にバリアが必要だったのです。彼は自身の作品だけを人々に見てもらうことを望んでいました。

彼は元々シャイな性格で、それを利用してインタビューは受けないと言いました。それは彼が鼻持ちならない奴だからというわけではありません。彼は単に自身のことを話したくなかったのです。彼は本当に話したくなかったのです。彼はそいう性格の人でした。だから、彼が世を去った今、彼を知る私たちにとって、彼には別の側面があり、彼が人としていかに素晴らしい存在であったかを語るのはとても大切なことだと思うのです。もちろん彼にも欠点はありましたし、彼はミスもしました。彼は若い頃は沢山の人を怒らせました。しかし彼は勇敢で、従業員達に寛大で、私たちを大切に扱ってくれました。

例えば私たちが Purple Rain ツアーを行った時のことです。このツアーでは、私の記憶が確かならば85名のクルーがいました。Purple Rain ツアーは私にとって初めてのツアーで、9ヶ月間に渡る長期のツアーでした。そこで私が覚えていることなのですが、照明や音響のクルー、Showco からのクルー、それともうひとつの会社の名前は忘れてしまいましたが、彼らは皆、プリンスの計らいに驚かされることになりました。彼はスタッフの一人一人にホテルの個室を用意したのです。普通、ロックスターのツアーでは、クルーは相部屋に纏められるのが常でした。舞台設置のクルー、ドライバー、その他のクルー、一部屋に最低二人が詰め込まれるのが常でした。しかし、プリンスは皆に気持ちよく過ごしてもらうため、余分な費用を払い、各スタッフにそれぞれホテルの個室を取ってプライバシーを保てるようにしました。私はツアークルーからこう言われました。
「これはまずありえないことなんだ。普通、人はこんなに気前が良いはずがないんだ」
大きなことから小さなことに至るまで、プリンスにはこういう面がありました。

また、大きなアリーナでのショウを夕刻に控える中、私たちは昼の間、小型のトラックを出して機材を乗せ、病院を訪れて、病気のためコンサートに来ることができない子供たちのために演奏をしました。病気で入院しており、コンサートに来ることができない子供たちのために。その際に彼はひとつだけ条件を付けました。それはプレスを入れたり広報宣伝を行ったりしないことです。彼はこういったことで名声を得ることを望みませんでした。彼の望みはただ子供たちのために演奏をすることでした。

私たちは障害を持つ子供たちがいる学校も訪れました。障害のためやはり大きなアリーナコンサートに来ることができない子供たちがいる学校に。そこで私たちはスカーフやお花や照明をセットアップして、フルセットのコンサートをしました。一曲や二曲をやって終わりではありません。フルセットのコンサートです。子供たちのために。これもひとつだけ、世間に知らせてはいけないという条件を付けて。

彼がどんな人物であったかについて、こういった例は数えきれないほど挙げることができます。私たちが失ったのはただの偉大な人物ではありませんでした。私たちは本当に善い心を持った、善良な人を失いました。彼は表立って主張することがありませんでしたから、彼については沢山の噂が生まれました。彼が人々の記憶に「ああ、彼はただの変人だったよ (he was just some freak)」というふうに残されるとしたら、私はいたたまれません。彼は変人などではありませんでした。確かに彼は普通ではありませんでした。しかし、彼は善い心を持った人でした。

このインタビューで、プリンスが障害を持つ子供たちのためにフルセットのコンサートをしたという話が出てきますが、それと思われる映像が YouTube に上がっています。プリンスが「Little Red Corvette」を歌っているわずか36秒の動画ですが、26秒頃から手話をしている女性が脇に立っているのが見てとれます。

アラン・ライトのパープルレイン本「Let's Go Crazy: Prince and the Making of Purple Rain」には、確か、Purple Rain ツアー前のリハーサルの時点でプリンスはもうやり尽くした気分になって、実際のツアーが始まる頃には心はもう次のプロジェクトに移っており、既に Purple Rain ツアーには飽きてしまっていたという話が書かれていたように思います。上の YouTube リンクは 1985 年とのことなので、この長いツアーも後半に入っている時期です。それだけに、このプリンスの活き活きとしたパフォーマンスを見ると、コンサートに来ることができない子供たちのために演奏するというのは、プリンスにとって本当に大きな喜びだったのだろうと思います。