プリンスの記事を小休止して、久しぶりにトレーニングのことでも書こうかと思ったのですが、上手く文章がまとまらなかったので、私の選ぶ曲の番外として、Steely Dan の「Deacon Blues」について書くことにします。この曲は、名盤として知られる Steely Dan のアルバム「Aja」(1977年) に収録されています。プリンス以外のアーティストまで取り上げて、一体このブログはどうなるんだと思うかもしれませんが、この曲とあともう1曲だけ、特別に番外として取り上げます。

私はこの曲の良さを人に上手く説明できたことがないのですが、まずこれだけは最初に言っておきます。
Steely Dan の「Deacon Blues」は、とても素晴らしい曲です。

この曲は歌詞ありきで成り立っているのですが、その良さを説明するのはちょっと難しいです。コーラスの前半は「サックスを吹き、一晩中酒を飲んで、ハンドルを握って自らの命を断つ」なので、そこから話を始めてしまうと、「なんでそんなバカなことをしてるの?」とか「飲酒運転なんてダメだよ!」という印象が先に立ってしまい、バツが悪いです。コーラスの後半は後半で、日本には馴染みのないアメリカのカレッジフットボールの比喩が使われています。そもそも、どんな説明をしようとも、これは響く人にしか響かないタイプの曲だという気もするのですが、とりあえずもう一回言っておきます。これは本当に素晴らしい曲です。

また、この曲は、一言では「敗者の美学」のようなイメージで語られることが多いです。確かにそれはその通りなのですが、個人的にはそれだけでは言葉足らずのように感じます。


Steely Dan のドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーは、2015年の The Wall Street Journal のインタビューにて、この曲がどのようにして出来上がったかについて答えています。ドナルド・フェイゲンは、この曲のストーリーは次のアイデアから始まったと言います。

Donald Fagen: If a college football team like the University of Alabama could have a grandiose name like the “Crimson Tide,” the nerds and losers should be entitled to a grandiose name as well.
アラバマ大学のような強豪カレッジフットボールチームが "クリムゾン・タイド" なんて大仰な名前で呼ばれるのならば、ナードやルーザー達にだって大仰な名前をもらう資格があってもいいだろう。

従来、タイトルの "Deacon Blues" の由来には諸説ありました。例えば "Deacon" という言葉は当時記録的な連敗を喫していたウェイク・フォレスト大学 (通称 "Demon Deacons") から取られた、といった説がありましたが、このインタビューでは本当の由来が明かされています。実際には、"Deacon" とは1960年代から70年代初期にかけて NFL ラインマンとして活躍した、Deacon Jones という人物から取ったのだそうです。それも、二人は熱心なフットボールファンというわけではなく、単に "Crimson" との対比で語感が良かったから "Deacon" になったのだそうです。

個人的に、これはとても興味深い情報だと思いました。"Deacon" とは、元々は敗者から取られた言葉ではなかったのです。ウォルター・ベッカーは、この曲の主人公は "triple-L loser" だ、とも言っていますが、この曲の完成度を前にすると、その発言を素直に受け取るのは何となく拒否したい気持ちになります。

この曲のストーリーは、曲の進行と共に展開していきます。第1ヴァースでは、サックス奏者として生きていこうとする男の、過去の回想と夢へと踏み出す決意が歌われます。第2ヴァースでは、この男の選択に後戻りの道はないことが示唆されます。そしてサックスソロを挟み、第3ヴァースで、男は遂にステージへと向かいます。最後のコーラスの後は、曲はフェイドアウトして終わります。

最終的にこの男が成功を成し遂げたかどうかは、曲の中では明らかにされません。コーラスでは破滅と敗北のイメージが描写されるのみです。また、最後のフェイドアウトは意図的なものなのだそうです。夜の中に夢が消えていくようなイメージを作り出すためにそうしたのだとドナルド・フェイゲンは語っています。

参考リンク


この曲の美しさを高めている要素として、破滅的な描写が挙げられることは間違いありません。この曲を考えるとき、私は隆慶一郎の小説「一夢庵風流記」にある、次のやり取りを思い出します。これは秀吉の朝鮮出兵の下準備として、主人公の前田慶次郎が朝鮮を訪れ、外交僧として現地に滞在する元蘇という僧侶と会う場面です。ちなみにこの小説は、私ぐらいの世代では有名な漫画「花の慶次」の原作となった小説です。少年漫画で朝鮮出兵の話はマズいということで、漫画では舞台が琉球に変更されており、このやり取りがあるのは小説のみです。

「この国にはいつお越しかな」
当りさわりのない問いから元蘇は始めた。
「まだ半月にもなりません」
慶次郎の返答はのんびりしたものだった
「何しに、この時に……?」
「観るためです、この国を」
「で、どう見られた」
禅僧らしい鋭い切返しである。
「滅びの美しさに酔っている国と観ました」
元蘇はまばたきもせず慶次郎を見つめた。何故とは訊かない。
「滅びることは美しいかな」
「滅びたものは美しいが、滅びるものは無残でしょう」

また、アメリカの有名 TV ドラマ「Breaking Bad」には、主人公のウォルター・ホワイトが、息子に Steely Dan というバンドが如何に凄いかを説く場面があります。些細なきっかけから麻薬抗争の世界に足を踏み入れ、自ら破滅への道を突き進みながら、しかし同時に凄まじい能力を発揮し、自分の人生に満足して最期を迎えるキャラクターが言う台詞であるというのが、何とも象徴的だと思います。

ウォルター: Steely Dan. In terms of pure musicianship, I would put them up against any current band you can name.
純粋な音楽性でいえば、Steely Dan は今どきのどんなバンドにも負けないだろうね。

息子: You wouldn't know any current bands.
父さんは今どきのバンドなんて誰も知らないじゃないか。


この曲に関して最後にひとつ。この曲の第3ヴァースには、次の印象的な歌詞があります。

I cried when I wrote this song
Sue me if I play too long
この曲を書いた時、俺は泣いてしまったんだ
もし演奏が長すぎたら訴えてくれ

何となくプリンスの「1999」にある、次の歌詞を連想しないでしょうか。「1999」を書いたとき、プリンスの頭の片隅にはこの曲があったのかもしれない、と個人的には思ったりします。

I was dreaming when I wrote this
So sue me if I go 2 fast
この曲を書いた時、俺は夢を見ていたんだ
もし演奏が速すぎたら訴えてくれ


先日、ウォルター・ベッカーの訃報がありました。私は Steely Dan のコンサートには、2000年の国際フォーラム2日間と、記憶が朧げなのですが武道館でも観ているはずなので1996年の日本武道館にも1回行ったことがあります。当時はまだダフ屋というものが存在する時代で、国際フォーラムの2日目は、チケットを持たずに一人で会場に行きました。コンサートが始まって値が落ちたチケットを手に入れたのですが、運良くそれが前から3番目の席でした。間近で見るウォルター・ベッカーは、スーツに白いスニーカーの出で立ちだったように覚えています。そのちぐはぐな着こなしが、妙にサマになっていたという印象が残っています。


[Verse 1]
This is the day of the expanding man
That shape is my shade
There where I used to stand
今日は未来への希望に膨らむ男の日
あの影は過去に立っていた俺の姿

It seems like only yesterday
I gazed through the glass
At ramblers, wild gamblers
That's all in the past
まるでつい昨日のように感じる
グラス越しに見える喧騒やギャンブラー達
それも全ては過去のこと

You call me a fool
You say it's a crazy scheme
This one's for real
I already bought the dream
人は俺を愚か者だと言う
無謀な計画を立てたものだと
だがこれは本物だ
俺はもうこの夢に乗ったのさ

So useless to ask me why
Throw a kiss and say goodbye
I'll make it this time
I'm ready to cross that fine line
理由を聞くなんて愚かなことだね
投げキッスをしてさよならさ
俺は今度はやってみせる
俺は一線を越えると決めたのさ

[Chorus]
Learn to work the saxophone
I play just what I feel
Drink Scotch whiskey all night long
And die behind the wheel
サックスの演奏をモノにして
心のおもむくままに吹き操る
スコッチウイスキーを一晩中飲み
そしてハンドルを握って死ぬ

They got a name for the winners in the world
I want a name when I lose
They call Alabama the Crimson Tide
Call me Deacon Blues
世の中では勝者に称号が与えられる
だが俺は敗北した時に名前が欲しい
アラバマ大を「クリムゾン・タイド」と呼ぶならば
俺のことは「ディーコン・ブルース」と呼んでくれ

[Verse 2]
My back to the wall, a victim of laughing chance
This is for me, the essence of true romance
Sharing the things we know and love
With those of my kind
Libations, sensations, that stagger the mind
壁を背にした、あざ笑う運命の生け贄
だがこれは俺にとって真のロマンスのエッセンスさ
同類の奴等と知識や嗜好を分かち合う
献杯、高ぶる感情、そして心のよろめき

I crawl like a viper
Through these suburban streets
Make love to these women
Languid and bittersweet
街の通りをヘビのように這い
女たちと愛を交わす
物憂くほろ苦い思い

I rise when the sun goes down
Cover every game in town
A world of my own
I'll make it my home sweet home
陽が落ちては動き出し
街のあらゆる機会を探る
これが俺の世界
俺はここをスイートホームにするのさ

[Chorus]
Learn to work the saxophone
I play just what I feel
Drink Scotch whiskey all night long
And die behind the wheel
サックスの演奏をモノにして
心のおもむくままに吹き操る
スコッチウイスキーを一晩中飲み
そしてハンドルを握って死ぬ

They got a name for the winners in the world
I want a name when I lose
They call Alabama the Crimson Tide
Call me Deacon Blues
世の中では勝者に称号が与えられる
だが俺は敗北した時に名前が欲しい
アラバマ大を「クリムゾン・タイド」と呼ぶならば
俺のことは「ディーコン・ブルース」と呼んでくれ

[Verse 3]
This is the night of the expanding man
I take one last drag
As I approach the stand
今夜は未来への希望に膨らむ男の夜
俺は最後の一服をくゆらせ
ステージへと向かう

I cried when I wrote this song
Sue me if I play too long
This brother is free
I'll be what I want to be
この曲を書いた時、俺は泣いてしまったんだ
もし演奏が長すぎたら訴えてくれ
この男は自由の身
俺はなりたい自分になってみせるのさ

[Chorus]
Learn to work the saxophone
I play just what I feel
Drink Scotch whiskey all night long
And die behind the wheel
サックスの演奏をモノにして
心のおもむくままに吹き操る
スコッチウイスキーを一晩中飲み
そしてハンドルを握って死ぬ

They got a name for the winners in the world
I want a name when I lose
They call Alabama the Crimson Tide
Call me Deacon Blues
世の中では勝者に称号が与えられる
だが俺は敗北した時に名前が欲しい
アラバマ大を「クリムゾン・タイド」と呼ぶならば
俺のことは「ディーコン・ブルース」と呼んでくれ