些細なことかもしれませんが、去年からずっと心に引っ掛かっていたことを書きます。

2016年4月23日、日本時間では4月22日となったニュースの翌日に当たる日、Rolling Stone 日本版サイトに次の記事が掲載されました。タイトルがタイトルなだけに、ファンには見覚えのある人もいると思います。

「俺は死はこの世を去るって意味じゃないと思ってる」
2014年の未発表インタヴューでプリンスは、「死は、ある時俺がリアルタイムで話せなくなった時のことだと思う」と話していた。

このタイトル、おかしいと思いませんでしたか? 私はおかしいと思いました。「あれ? プリンスって、こんなことを言う人だっけ…?」と。

実はこれ、全くの誤訳です。英語の元記事をチェックすると分かりますが、これは「I don't think about gone (この世を去った時のことは考えていない)」という全く違う意味の発言を誤訳したものです。原文と照らし合わせればすぐにおかしいと分かるミスですが、急いで内容をチェックせずに掲載してしまったのだと思います。英語の元記事はこれです。

問題の部分は、インタビューでは次のやり取りになります。未発表アルバムの話の中で、保管庫には The Revolution のアルバムがいくつかと、The Time のアルバムが2つ、Vanity 6 のアルバムが1つあるとプリンスは言います。そして「将来、同じ時期のイケてる曲をまとめて、リリースなんてこともできるよね」と言うプリンスに対して、インタビュアーが質問します。

Brian: Do you want this to happen when you're gone?
この世を去った後に未発表アルバムをリリースしてもらいたいですか?

Prince: No, I don't think about gone. I just think about in the future when I don't want to speak in real time.
いや、僕はこの世を去った時のことは考えていないんだ。将来、リアルタイムな話をしたくなくなった時のことを言っているだけだよ。

(日本語は記事の引用ではなく私の訳です)

要するに、プリンスはここでは「今はこの瞬間にリアルタイムでやりたいことがあるから、レボリューション時代の昔の未発表アルバムをまとめるつもりはないよ。将来は分からないけどね」といったニュアンスのことを言っているだけです。

ちなみに、後に公開された別の記事でもプリンスは似たようなことを語っています。

He claims not to feel the passage of time, and says mortality doesn't enter his thoughts: "I don't think about 'gone.'" To the contrary, he is immersed in the moment, invested in a creative future that he believes will be long and bright.

プリンスは時間の経過を感じることがないと言い、いずれ死ぬことについて思いを巡らすこともないと言った。「'この世を去った時のこと' は考えていないんだ」。逆に、彼は今この瞬間に没頭し、創造的な未来に力を注いでいる。光り輝き、そして長く続くであろうと彼自身が感じている未来に。

(日本語は記事の引用ではなく私の訳です)

あれだけの資産がある人が遺書を残していないというのは信じ難いことのように思えますが、この文章を読むと、「まあプリンスだから…」ということで仕方ないのかなと思います。

とにかく、このポジティブな文章は、私には記事の中で特に印象的だった部分です。プリンスの最期については、服用した錠剤に誤表記のラベルが付けられており、実際には致死量の医薬品だったことなど様々な疑問点があります。しかも発見された場所がエレベーターだったことから、本人は致死量の医薬品を服用したことは自覚していなかったと考えられます (自らの意思でオーバードースしたのであれば、普通はベッドやソファなどで発見されるものだと思います)。プリンスの最期は今なお謎が残ったままであることや、2014年の意味深なコンセプトアルバム「Art Official Age」などから、中には「プリンスは自分の寿命を感じ取っていたのではないのだろうか」と思う人もいるようです。ただ、私はそう判断できるほどの情報は知らないので、そのようには思っていません。

また、個人的には次の箇所も印象的です。何となく「Art Official Age」の最終曲の「Affirmation III」を思い起こします。

He seems to be hinting at past problems of his own, so I ask if he was ever self-destructive. His eyebrows shoot up. "Self-destructive? I mean... do I look self-destructive?" This leads him to a disquisition on why he avoids talking about the past. "People say, 'Why did you change your name?' and this, that and the other. I'm here right now, doing what I'm doing right now, and all of the things I did led up to this. And there is no place else I'd rather be than right now. I want to be talking to you, and I want you to get it.

プリンスは自身の過去の問題を仄めかしているように私には思えたので、彼に自己破滅的になったことがあるかと尋ねてみた。プリンスは眉を上げて言った。「自己破滅的? それって、僕がそう見えるってこと?」。なぜ過去を語るのを避けるかについて、プリンスの長い話が始まった。「人は "どうして名前を変えたの?" とか、あれこれ色々なことを聞いてくる。でも僕は今ここにいて、今やっている通りのことをしている。全てのことは今に繋がっているし、今この場所以外に僕がいたいと思う場所はないんだ。僕は今、君と話をしたいと思っているし、君にもこのことを分かってほしいんだ」

(日本語は記事の引用ではなく私の訳です)

Art Official Age

アルバム「Art Official Age」は、2014年1月に行われたこの未発表インタビューの後、2014年9月末にリリースされた作品です。3rdEyeGirl をフィーチャーしたロック色の強い「Plectrumelectrum」も一緒にリリースされました。

実を言うと、私はこのアルバムは一応購入したもののずっと放置していて、去年の夏ぐらいになってやっと封を開けました。まだ主に、殆ど乗らない車の中でしか聴いていないのですが、いざ聴いてみて「56歳にしてこんなアルバムを作ってしまうなんて!」と驚愕しました。私が「Art Official Age」から受けた印象は、上の Rolling Stone のインタビューで語られているような明るい未来です。今の所、ファーストインプレッションから感想はあまり変わっていません。

いくつか曲をピックアップして、簡単に感想を書きます。

1. Art Official Cage

最高のアルバムオープナーです。何せプリンスの第一声が、教室で先生が生徒に語るようにこう来るのです。

Welcome home, class / U've come a long way
よく来たね、みんな / 長い道のりだったね

「Let's Go Crazy」や「The Sacrifice Of Victor」などで冒頭に聴衆や門徒に対して語り掛けをする展開というのは過去にもありましたが、再びこんなことをやってくれるとは想像していませんでした。

曲の方は僅か3分40秒程の中に3つか4つの音楽ジャンルを混ぜこぜにしたとんでもない構成で、おまけになぜか水責めの拷問まで受けるというカオスっぷりです。さらにはカミール声みたいなものまで登場します。カオスを凝縮したような曲といえば、私が咄嗟に思い付くものとしては例えば「Dream Factory」などがありますが、こんな曲は80年代にだってなかったと思います。

2. Clouds

個人的にかなり好きな曲です。セクシー、タイト、クール、ファンキー、様々なフィーリングが複合していて、一言でこの曲を的確に形容できる言葉は存在しません。一聴した感じシンプルな曲という印象を受けるものの、繰り返し聴く内に最初の印象が完全な誤りであり、実は全くシンプルな曲ではないことに気付くという、プリンスらしい、というか「プリンス以外に作れる人はいない」と感じさせるタイプの曲です。前半の歌部分のセクシーなコーラスにエレクトリックなサウンド、後半の Lianne La Havas の品のある語り掛けのバックで演奏されるピアノ、目立たないけどいつのまにか出現して良い雰囲気を醸し出すアコースティックギター、終盤のエレキギターソロなどバラエティーに富んだ構成とサウンドです。歌詞はクラウドという言葉も含めて全体的に様々な意味が込められている感じがしますが、コーラス部分だけを見るとシンプルで胸がキュンとする歌詞です。

U should never underestimate the power of
A kiss on the neck, when she doesn't expect
A kiss on the neck, when she doesn't expect
A kiss on the neck
彼女に不意にしてあげる首筋へのキスの力を決して軽く思わないで
彼女に不意にしてあげる首筋へのキス
首筋へのキス

And every time U catch her singin' in the shower
U should go and get a flower
Don't matter what the hour
Just rub it on her back
Rub it on her back
Rub it on her back
彼女がシャワーで歌っているのを見つけたら
それが何時であっても毎回お花を取りに行って
それで背中を流してあげて
それで背中を流してあげて
それで背中を流してあげて

後半の Lianne La Havas による語り掛けにより、このアルバムの設定では、プリンスは45年間の仮死状態から目が醒めた状態であることが判明します。アルバム単位で音楽を聴くことが少なくなっている昨今、この曲をアルバムから切り離して聴いた時に、この突拍子のない展開がどれだけ奇妙に聴こえるかを想像すると可笑しくなります。

ちなみに、Peach & Black Podcast のレビューで知ったのですが、この曲には2回だけクラシックなリンドラムサウンドが鳴る瞬間があります (2分19秒と2分40秒頃)。これは私みたいに流し聴きをするような聴き方をしていると中々気付かないと思います。ただし、このレビューを聴いたために「プリンスが彼女の背中を洗うのに使ったのは Lovesexy のカバーアートの花だよ」とか、余計なイメージも擦り込まれてしまいました。これを読んだ人に同じイメージが植え付けられるように、文字を強調しておきます。

3. Breakdown

あなたは初めて「Gett Off」のオープニングを聴いたときのことを覚えていますか?

私はもう忘れてしまいましたが、「Gett Off」のオープニングの叫び声ですらこの曲ほどの衝撃は受けなかったかもしれません。これほど場の空気を微妙にする悶え声を出す56歳は、プリンスの他に誰がいるでしょうか (いやいません)。ここで私が言っているのはもちろん2分55秒〜3分15分頃のプリンスのボーカルのことです。車の中などでボリュームを高めにして聴くと、切り裂くような悶え声が出現する突然の展開に、場の空気が微妙になること受け合いです。

4. The Gold Standard

こういう曲はプリンスならいくらでも作れそう、とちょっと思ったりもしますが、オープニングの "Bob George" 声には「おお!」と思います。

10. Way Back Home

「56歳にしてこんな曲を作るなんて」

これしか言えないのか?と突っ込まれそうですが、私にとってこのアルバムは、「56歳にしてこんな曲を作るなんて」の連続です。

13. Affirmation III

アルバムの最終曲です。「Way Back Home」のビートとバッキングボーカルが流れる中、再び Liana がプリンスに語り掛けます。

U've probably felt many years in your former life
U were separate from not only others, but even yourself
Now U can see that was never the case
U are actually everything and anything that U can think of
All of it is U

Remember there really is only one destination
And that place is U
All of it, everything is U

「貴方は他人だけではなく、貴方自身からも切り離されていました」
「貴方は実は全てであり貴方が思考できるあらゆるものです。その全てが貴方です」
「目的地はたったひとつしかありません。その場所は貴方です。その全て、全てが貴方です」

「Way Back Home」もそうですが、解釈の幅が広い詩です。ただ、私はこのアルバムから受ける「現在、未来、そしてそこに至るまでの過去」という印象を素直に受け取っています。「Clouds」の説明にある仮死状態にされた45年というのは、普通に考えると未来の45年後という意味なのかもしれませんが、個人的には過去との繋がりをイメージします。56歳から45年を引くと11歳です。1999年の Larry King のインタビューで、プリンスはミュージシャンを職業にして生きていくことを12歳頃に考えるようになったと言っていますが、その頃に近い年齢になります。

この曲は、一時期改名して再びプリンスに名前を戻したことや、遂にワーナー時代のマスターの所有権を得たこと、さらにはミュージシャンとして生きていくことを考え始めた子供の頃も含め、昔の様々な過去から遡って現在に繋がったプリンスの今の心境を表現したのだと思っています。