先日、NHK で『アナザーストーリーズ「We Are The World 奇跡の10時間」』が放送されました。番組の目玉は何と言ってもシーラ・Eにより明かされた、プリンスが We Are The World レコーディングに欠席した経緯に関する新事実だと思います。私はこの番組を見ていないのですが、ありがたいことに内容は伺い知ることができます。プロジェクト側はシーラ・Eにソロパートを与えるという口約束をしてプリンスを呼ぶことを画策したものの、プリンスは自分達が騙されていることを悟り、やはり欠席を貫いたということなのだそうです。

少し強い言い方になりますが、マイケル・ジャクソンやクインシー・ジョーンズには、常にプリンスを利用してやろう、あるいは、プリンスを引きずり下ろしてプリンスの築いたポジションを自分達が奪ってやろうという腹積もりがあった、という印象を私は持っています。あくまで私の印象ですが。そして、その試みは一定の成功を収めました。「We Are The World」のレコーディングでは、プリンスは参加と不参加のどちらを選んでも不利を被る状況に立たされました。そして、このイベントに付随して発生したアクシデントにより、プリンスはその後のキャリアに響く大きなダメージを負いました。

プリンスとマイケルの二人の関係を象徴する出来事に、「We Are The World」、「Bad」で持ち上がったデュエットの話、そして遡って1983年、二人がステージに上ったジェームス・ブラウンのコンサートがあります。これらの出来事についてスーザン・ロジャースが言及しているインタビューを紹介します。2017年1月の Prince Podcast でのインタビューで、1:54:43 〜 2:00:40 頃の会話です。

Michael Dean (インタビュアー): 80年代、我々の間では、自分達がプリンスファンなのか、マイケルファンなのか、それとも両方のファンなのかという話が常にありました。しかし、プリンス自身はマイケルについて話をすることはあったのでしょうか?競争とは言わないまでも、互いに意識し合うことはあったのでしょうか?

Susan Rogers: ええ、ありましたとも。2016年の夏に、苗字は失念してしまいましたがクリスさんという人からインタビューを受けました。プリンスとマイケル・ジャクソンのライバル関係についてのドキュメンタリーフィルム制作のためということで、それを楽しみにしているところです。それで、はい、二人は大いに意識し合っていました。

そういえば、ある同僚がボブ・ディランについてこんなことを言っていました。その、ビートルズやストーンズ、ジミ・ヘンドリックスは皆、ボブ・ディランになりたがっていたと。一方でボブ・ディランはその誰にもなりたいとは思っていなかったと。

Michael: (笑)

Susan: それで、これについては少し思い切ったことを言わせてもらいます。私はプリンスのもとで働いた後、次の仕事でジャクソンズのレコードを手掛けました。それで3ヶ月間、ジャクソン・ファミリーの住むヘイヴンハーストやカリフォルニア周辺で過ごす機会がありました。当時マイケルはツアーで離れており、またネバーランドの建設中でもありましたが、ジャッキーやジャーマインや、とても素晴らしい人達と一緒に過ごすことができました。それで、私達は、プリンスとマイケル・ジャクソンについて色々な情報交換をしたんです。なので、あえて思い切ったことを言います。

プリンスはマイケルになりたいとは思っていませんでしたが、マイケルはプリンスになりたがっていました。

Michael: それは分かる気がします。

Susan: そうですね。プリンスはマイケルの偉大さを十分に知っていました。プリンスは実際に私に言いました。マイケルがいかに強い競争心を持ってるかということを。クインシー・ジョーンズがプリンスに「We Are The World」への参加を求めた時、プリンスはそれを断りました。私は電話の向こうにいるクインシーの声を聞くことはできませんでしたが、プリンスの言葉は聞くことができました。私はプリンスと一緒にコントロール・ルームにいて、プリンスの隣に立っていましたから。

プリンスは「いや、僕は参加しない、参加したくないんだ。でもシーラを送ることはできるよ」と言い、それで話はつきました。それで全て話はついたはずでした。しかし翌日の新聞でプリンスは散々に批判されました。といってもそれはプリンスに非があったわけでなく、カメラマンがプリンスの乗った車に突然入り込んできたからで、まあそれは別な話ですけれども。とにかく、プリンスはそのままの自分でいて焦りを覚えることはなく、マイケルとのライバル関係を好ましく思っていました。プリンスはマイケルの存在を脅威だとは全く感じていなかったはずです。

マイケルがプリンスに「Bad」の曲でデュエットを持ち掛けたときも、プリンスは断りました。プリンスはこう言いました。
「僕は歌わないよ。"お前のケツはオレのもの" だなんて他の男に歌わせるわけがないしょ?」
でも私は言いました。
「どうして? 素敵なことじゃない? あなた達二人が一緒のレコードでデュエットしたらファンはきっと喜ぶでしょう」
でもプリンスは「いや、僕はそういうのはやらない」と言いました。
そして私は無知なことに続けました。
「あなた達は友達だと思われたくないの? あなた達が友達だって人々に知ってほしくないの?」

私はその時のプリンスの表情を決して忘れることはないでしょう (笑)
コントロール・ルームで私の目の前に座っていたプリンスは、くるっと振り返って言ったんです。

「知・ら・な・い・コぶらないでよ (Don't be naiiiive)! マイケルが話を持ち掛けたのは僕に友達になってほしいからじゃない。マイケルは勝負を持ち掛けて僕を嵌めようとしてるんだ。勘づかないのかい?」

当時の私は勘づくことができませんでした。しかし今なら分かります。プリンスは、マイケルが何をたくらんでいるのかちゃんと知っていました。

「ほら、僕と腕相撲をしようよ。ただし、僕んちの庭にある備え付けのテーブルでね。僕に有利な仕掛けになっているけど」

なので、二人にライバル関係はありました。ただ、プリンスはマイケルを脅威に思うことは特にありませんでした。80年代中頃には。しかし80年代初期になると話は変わります。世に流れたあのジェームス・ブラウンのコンサートの映像があります。プリンスがステージに上り、照明のポールを倒してしまい、ヘマをしてバツの悪い姿を晒したコンサートです。

実を言うと、私がプリンスのもとにいた頃、プリンスはあのビデオテープを見ることがありました。

Michael: そうなんですか。

Susan: そうなんです。プリンスは自分がヘマをしたことをはっきり分かっていました。後でジェシー・ジョンソンから教えてもらいました。あのコンサートの後、プリンスはザ・タイムやプリンスのバンドメンバー何人かと一緒の場にいて、それがリムジンの中だったかバックステージだったかは覚えていませんが、その場で皆に向かって言ったのです。
「あれはダメだったね。酷いヘマだっただろ。失敗したよ」
そうしたらその場の全員が口々に言ったのです。
「全然そんなことなかったよ! 良かったよ! 凄く良かったよ!」

Michael: ワオ・・・

Susan: ジェシーが教えてくれました。ジェシーはミネアポリスではなくイリノイのイーストセントルイス出身で、新しいメンバーだったこともあって、ジェシーは何も言いませんでした。しかし、ジェシーはその時、プリンスの表情を見て瞬時に悟りました。プリンスは自分の仲間には誰も真実を告げる人間がいないことを分かっていたのだと。

Michael: 興味深い・・・

Susan: ええ。とても寂しいことです。とても孤独なことです。親友やバンドメンバーに「ダメだっただろ?」と問いかけて、「そんなことないよ、凄く良かったよ!」と偽りの言葉を返されるのは。

雑論・・・のつもりでしたが、話があちこち飛ぶのも何なので、この辺で終わりにします。ちなみにもうひとつ頭の中にあったのは、St. ポール・ピーターソンがいかに凄いミュージシャンかということです (スーザン・ロジャースは上のポッドキャストで56分過ぎに「過小評価されているけど、ポール・ピーターソンはモンスターミュージシャンだ」と言っています)。

私はトリビュート関係のイベントはあまり積極的にチェックしていません。プリンスの規格に合わせると、世の中のどんなに優れたアーティストでもプリンスとは大きな落差が生じてしまい、プリンスの不在感を強く感じるだけになってしまうからです。今回の NHK の番組も見る気になりませんでしたし、今年の3月に NPG がせっかく東京に来てくれたときも、個人的には時期が早過ぎてどうしてもコンサートに行く気になりませんでした。しかし2016年9月の fDeluxe のコンサートには行きましたし、素晴らしい体験をしました。

それにしても、プリンスとマイケルの二人の関係や、それぞれの出来事に対するプリンスの対応は、とても面白く魅力的です。