胸に手を当てて考えてみてください。

あなたはこれまでに、贈り物やプレゼントをもらって、純粋な喜びを覚えたことはあるでしょうか? あなたがこれまでにもらった中で、一番嬉しかったものは何でしょうか?

ドレス、イヤリング、真珠の首飾り。マンション、別荘、建売りマイホーム。それとも、キャビア、フォアグラ、マツタケに数の子…。

いえ、それは「プリンプリン物語」の「世界お金持ちクラブの歌」です。

そうではなく、もっと純粋な喜しさで心が満たされるような贈り物やプレゼントをもらった記憶は心のどこかにないでしょうか? 打算的な感情が入り込む余地の一切ない、純粋な贈り物。例えば子供の頃に買ってもらった野球のグローブやバット、サッカーボール、おままごとのセット、人形やぬいぐるみなどはどうでしょうか。

残念ながら私の場合、そこまでの喜びの記憶はあるようないような。あ、今朝は娘がつぶつぶいちごポッキーを食べていて、いちごが付いていない根本の部分は自分で食べて、先っぽの部分だけを私のために集めて、どうぞ、と渡してくれました。それはちょっと嬉しかったです。

それはそうとして、私は今、人生で初めてそのような素敵な贈り物に出会えた気がしています。

言うまでもなく、それは10月29日に出版されたプリンスの回顧録「The Beautiful Ones」のことです。

この本に何を期待したらいいのか分からないと思っている人は多いのではないでしょうか。様々な紹介記事に目を通してもいまいちピンと来ませんし、出版から数日経っても、世の中の反応は異様なほど静かです。prince.org のフォーラムでさえ、今のところ具体的な内容に踏み込んで議論をするのには二の足を踏んでいる雰囲気が漂っています。

正直なところ、私も何を期待していいのか全く分からないままこの本を購入しました。手元にあるのは Kindle と Audible のみで、ハードカバーの書籍が届くのはもう少し先になります。

周知の通り、メインとなる「The Beautiful Ones」の部分は未完です。28枚の紙に手書きで綴られたプリンスの文章は、その手書きの原稿と共に、内容に改変が加えられることなくそのまま掲載されています。構想では幼少の頃から2007年のスーパーボウルまでをカバーする予定だったその原稿は、道半ばにも達しないうちに、あまりにも短く高校時代の途中でブツリと途絶えます。

しかし、そのプリンスの文章に触れて、私は……驚きました。驚いたという以外にもっと適切な言葉があればいいのですが。これは本の形をとっているけれども、そこにあるプリンスの文章は、本を通して伝えられるものを超えていました。私はこれを単純に本と呼んでいいものか躊躇する気持ちになりました。これは私にとっては、ただの本というよりも、プリンスからの贈り物というべきものでした。それも、純粋な喜びで心が満たされる、本当に素敵な贈り物でした。

この本が、実際に読んで何を感じ取るようなものであるかについては、これまでに出ている紹介記事からは掴み取ることが難しいように思います。「Part 1. The Beautiful Ones」は全体の一部でしかなく、他にも素敵な内容が色々と含まれているのですが、この本に込められている意図が分かるような箇所を少し抜き出してみます。

The Beautiful Ones はどのような本か

人は、人生を始めてから、徐々に芸術を始める。私の場合は逆で、芸術を始めてから人生を始めたような気がしている。

これは三島由紀夫の「若きサムライのために」というエッセイの書き出しの言葉です。

プリンスが自ら記した「Part 1. The Beautiful Ones」の部は、上記の言葉が具体的で温かい表現に言い換えられたような、とても素敵な始まり方をします。

My mother's eyes. That's the first thing I can remember.
母親の目。それが僕が思い出せる初めてのものだ。

そしてプリンスは、自分が思い出せる初めて聞いたものは、父親のピアノだと回想します。続いて、歌を作る人の目と耳は、いくら称賛を与えても惜しくないものだとプリンスは述べます。なぜならば、目と耳で感じたものが叙情的に歌に伝達されるとき、その歌は空間と重力を与えられるからです。

ここから始まるプリンスの文章は一貫して驚くほど具体的で、率直で、そして示唆に溢れています。これは実際に読むと本当に驚愕するはずです。プリンスは本の制作にあたり、自らが編集者として選んだダン・パイペンブリング (Dan Piepenbring) に、出版社のランダムハウスに自分の意図を明確に伝えるように言ったのだそうです。

Convince them that they need to put everything behind me. I don't want them publishing this like it's some book of poetry.
出版社には全てを隠さずに出さなければいけないと説き聞かせておいてほしい。僕はこれをポエム作品のような本として出版してほしくはないんだ。

プリンスの意図とは何だったのでしょうか。導入部分すら書きかけのような状態のまま文章は途絶えますが、プリンスは2016年の2月にダンに次のように語りました。

If I want this book to be about one overarching thing, it's freedom. And the freedom to create autonomously. Without anyone telling you what to do or how or why. Our consciousness is programmed. We see things a certain way from a young age - we're programmed to keep doing them that way. Then you have to spend adulthood learning how to overcome it, to read out the programs. Try to create. I want to tell people to create. Just start by creating your day. Then create your life.
もし僕がこの本に全体を跨ぐテーマを持たせたいとしたら、それは自由だ。何を、どのように、なぜするかの束縛を他の誰からも受けずに、自律的につくることのできる自由。僕らの意識はプログラムされたものだ。僕らは幼少の頃から一定の物の見方をするように育ち、その見方を継続するようにプログラムされている。そして大人になるとそれをどのようにして克服し、プログラムを読み解くかを学ばなければならない。つくり始めよう。僕が皆に言いたいのは、つくる、ということだ。まずは君の一日をつくることから始めればいい。そうしたら、次は君の人生をつくろう。

プリンスの音楽や人生を知っている人ならば、この言葉がどれほどの重みを持つものであるかを、きっと理解できるはずです。

バラードについて

この本は当初の構想が形を見ることのないまま出版されましたが、実に様々な内容が含まれています。その中から本当に少しだけ、「Par 1. The Beautiful Ones」の最後の章となる「7. Southside」から、印象的な言葉をひとつだけ引用します。

A good ballad should always put U in the mood 4 making love.
良いバラードとはいつも誰かと愛し合いたいというムードにさせるものだ。

これはプリンスが実際に高校時代に体験した、とても素敵なエピソードと絡めて出てくる言葉です。そのときに流れた曲は The Emotions の「Show Me How」という曲だったのだそうです。そしてプリンスは、自身が初めて作ったそういう "my jam" と呼べるバラードは、「Do Me, Baby」だと書いています。

この部分を読んで、私は未発表バージョンの「Insatiable」を思い浮かべました。「Insatiable」の未発表バージョンは極めて親密的で、それゆえにオフィシャルバージョンでは改変されたのだと思いますが、「Do Me, Baby」と少し似た感触を持っています。

そして章の最後には、個人的にさらにびっくりする話が飛び出しました。プリンスが初めてきちんと付き合ったガールフレンドの話です。その女の子の名前は Cari なのだそうです。ということは、未発表曲の「Schoolyard」に出てくる女の子は、何と実在の人物だということになります。

最後に一言

ここに書いたことは、本を読んで印象に残ったことの本当に、本当に少しだけです。もしこの本がプリンスの手で最後まで書き上げられていたら、確実に歴史上前例のないほどの偉大な作品になっていたはずです。それでも編集者のダン・パイペンブリングは、残された原稿や資料から本当に素晴らしい本を作り上げてくれました。「The Beautiful Ones」は、とても価値のある本になっています。