「Musicology」「3121」「Planet Earth」の再発を受けて、先日「rockinon.com 洋楽ブログ」に紹介記事が掲載されました。この記事の内容について何か言いたくなった人は多いと思います。結構な雑文になってしまいましたが、私も少し書き残しておきます。

上の記事で、まず私が気になったのはそのタイトルです。こういうのは真に受けずに流すのが大人というものなのかもしれません。「そこに突っ込むか?」という箇所かもしれませんが、あえて突っ込みます。

プリンスを語るのに「徹底解明」ほど場違いな言葉はありません!

「徹底」という言葉を三省堂国語辞典で引いてみます。

てってい [徹底]

  • (中途はんぱではなく) もっとも深い程度まで行くこと。

ちなみにネットで無料の2大辞書、大辞林と大辞泉では、「徹底」はそれぞれ「思想・態度などが一貫していること」、「中途半端でなく一貫していること」と定義されています。これで問題ないケースもありますが、「徹底解明」の用例に対してはしっくりきません。ここでも三省堂国語辞典が役に立ちました。

とにかく、うーん。ブツブツ。記事の内容にいきます。


記事の内容については色々ありすぎるのですが、とりあえず私はプリンスの音楽性に対して「攻撃的」という言葉が使われているのが気になりました。

1999年の『レイヴ・アン2・ザ・ジョイ・ファスタスティック』などは以前のプリンスの攻撃的な音楽性を打ち出したものだったが

記事の中で「攻撃的」という言葉は二度使われています。記事の執筆者にとってはそれがプリンスのイメージであり、また、「大胆不敵」のような肯定的なニュアンスでこの言葉を使っているのだと思いますが、私にはどこからともなく「プリンスは Fighter じゃないよ、プリンスは Lover だよ」と囁く声が聴こえてきます。

インタビュアー: Hopothetically, who would win in a fist fitht, you or Michael Jackson?
もしもあなたとマイケル・ジャクソンが殴り合いのケンカをしたら、どちらが勝つと思いますか?

プリンス: Michael's not a fighter, he's a lover.
マイケルは戦う人じゃないよ、彼は愛する人だよ。
(マイケルはそもそもケンカなんかしない人だよ、という意)

ここで名前が出ている「Rave Un2 The Joy Fantastic」は一言で形容するのが非常に難しいアルバムなので、いずれ、昨年末に途中まで進めていた「Around The World In A Day」の曲に戻った後、マイテの話とともにいくつか曲をピックアップしたいと考えています。


記事の中で気になった箇所をもう一つだけ挙げます。

とにかく衝撃的だったのはオープナーでタイトル曲の"Musicology"で、ジェイムス・ブラウンばりのレア・グルーヴ・サウンドにどこまでもファンキィなボーカルをぶちかましていくプリンスのパフォーマンスがあまりにもしびれるものだった。特にプリンスは10年近く、こうした激しい演奏をあまり披露してこなかったので、これはとてつもなく嬉しい復活劇だったのだ。

人によってはこういう感想になるのか、という感じなのですが、「Musicology」ってそんなに激しくファンキーにぶちかました曲でしょうか? こういう紹介のされ方だと、実際にプリンスをジェームス・ブラウンと聴き比べた人が、「これならサウンドもボーカルもジェームス・ブラウンの方がずっと激しくファンキーじゃないか。『衝撃的』だとか『あまりにもしびれる』だとか歯の浮くようなお世辞を言っているけれど、筆者は内心そうは思っていないんじゃないか」という感想を抱くのではないかと思います。

確かに「Musicology」は基本的にはファンキーな曲です。しかし、この曲に対しては、私は激しさよりも余裕と円熟味を強く感じます。それまで一人で誰にも真似のできない道を突っ走ってきたプリンスが、偉人たちの音楽を礎にして、自身が本物のミュージシャンを代表する立場にあると堂々と表明したところにこの曲の感慨深さがあると思います。

プリンスに対するこのようなズレた批評は今に始まったことではありません。音楽雑誌は昔から一貫してずっとこんな調子だったと思います。ふと、高校時代、どこで聞き齧ったのか「プリンスってジェームス・ブラウンの二番煎じだから、わざわざプリンスを聴く価値はないよね」と言った友人を思い出しました。

また、「復活劇」というあたかもキャリアの浮き沈みを示唆する言葉が気になった人もいると思います。ただ、私の場合これについては特に違和感はありません。実際、若い世代にプリンスはあまり知られていません。日本ではもちろんのこと、アメリカでさえもそうだと思います。

現状がこうなってしまっているのは、過去の積み重ねでもう仕方のないことです。それよりも記事で私が問題だと思うのは、肝心の音楽への批評でプリンスの価値が十分に説明できていないことです。

話は飛びますが、このロッキン・オンの記事と同じくらいに、Twitter のタイムラインでもう一つプリンスの記事を目にしました。「マイケルも好きだったけど、音楽家としてはやはりプリンスに軍配が上がるかな」といったことが書かれていました。いくら1980年代の回想の話だとしても、2019年の記事でこれはちょっと・・・うーん。確かに昔はよくこう比較がされていましたが、これって両者に失礼な気がします。

プリンスは、私たちが生まれた時代において、世界最高のアーティストと言って過言ではありません。それも、比較対象が誰もいないほどの人物です。プリンスの音楽は単なる娯楽ではありません。別の言い方をすると、プリンスの音楽は、時代の移り変わりによって廃れて流行りの娯楽に置き換えられる性質のものではありません。人間がこの世界に存在する限り、真実として不変の価値を保ち続けるものです。プリンスは、このまま「よく分からないけれど昔活躍したらしい有名ミュージシャンのひとり」になっていい存在ではありません。

そうはいっても、これはプリンスを単なる好き嫌いの観点で語るのが駄目だということではありません。特にプリンスを知ると、プリンスを愛さずにはいられないので「プリンス愛」を語るのは避けられることではありません。例えばハイヒールを履いてファルセットで歌いながら、同時に溢れんばかりの男性らしさを醸し出す・・・文字にすると矛盾しかないのに、その矛盾を破壊する強烈な力。

もちろん私にもそういった「プリンス愛」のような気持ちはあります。ですが、それよりも、私はプリンスの芸術の価値を知っている世代の一人として、その価値を少しでも言葉にできればと思います。


プリンスとジェームス・ブラウンについて、もう少し話を続けます。私はジェームス・ブラウンはまともに聴き込んだことがなく、曲もあまり知らないのですが、そういう人間の意見であることを予めお断りしておきます。

まず、プリンスはジェームス・ブラウンから大きな影響を受けており、音楽やパフォーマンスの面で様々な影響を見てとることができます。それで、えーと・・・一般に、批評はここで止まってしまいます。音楽雑誌などではだいたいこれ以上深く語られることはないように思います。なので私の高校時代の友人のように「プリンスなんてジェームス・ブラウンの真似でしかないから・・・」という勘違いをする人が出てきます。ロッキン・オンの記事の執筆者も、本心ではおそらくそう思っていそうな雰囲気を感じます。

ですが、ここではもう一歩踏み込んで語ることにします。

私の場合、ジェームス・ブラウンっぽいとされるプリンスの曲を聴くと、「似てる」というよりも「違う」という感情が強く湧きます。上手く説明するのは難しいのですが、とにかくそう感じます。

違うと感じることを一つ挙げると、例えばプリンスがジェームス・ブラウンっぽいことをすると、私にはなぜかユーモラスで面白いと感じます。一方で、ジェームス・ブラウンはどこまでもカッコいいままです。ジェームス・ブラウンの場合、たとえおどけたパフォーマンスをしてもそのカッコよさは消えません。これはどちらが優れているということではなくて、質の違いの話です。プリンスの場合、ジェームス・ブラウンそのままのカッコよさは出ない代わりに、心をくすぐられる何かが生じます。

それが何であるかというのは・・・

hokuto-it-is-love-1
hokuto-it-is-love-2

・・・いや、やっぱり上手く説明ができません。

この質の違いについては何とも上手く説明できないのですが、それとは別に、ひとつ「これは決定的に違う」と言い切れることがあります。それは、歌詞の深さです。ジェームス・ブラウンは「ヘイ! ホットパーンツ!」とか「イェーイ! ポップコーン!」と歌うだけでその世界が成立しますが、プリンスの歌詞には・・・もっと内容があります。

この点を踏まえ、私が「凄くジェームス・ブラウンだ!」と感じるプリンスの曲を紹介します。それは「Gotta Shake This Feeling」と呼ばれる曲です。初めて目にする曲名でしょうか? ちょっと実際に聴いてみてください。実はこれは、プリンスを知っていれば誰でも知っている曲です。

もったいぶった紹介をしましたが、聴けば即座に分かるように、実はこれは「Purple Rain」です。リンクの説明ではスティーヴィー・ニックスに作詞の依頼をしたときのオリジナルデモだと記されていますが、それはおそらくアップロードした人の勘違いで、実際は1984年6月7日の First Avenue でのコンサートに向けて行われたリハーサルの音源です。

ここで演奏されている曲のサウンドは紛れもなく「Purple Rain」ですが、歌詞は全くの別物になっています。「Purple Rain」の歌詞は一切登場せず、プリンスは次のフレーズをひたすら繰り返します (笑)

I gotta shake this feeling, baby
I gotta shake it now

どうでしょう。ちょっと感覚が変だと思われるかもれませんが、私はこの潔さに「ヘイ! ホットパーンツ!」や「イェーイ! ポップコーン!」のファンキーな世界を凄く感じます。

他には "I gotta shake this feeling, baby / Cuz I love U, and how" とも歌っています。また、3分31秒には "Remember the time we swam naked in your father's pool? / 君のお父さんのプールで一緒に裸で泳いだのを覚えてる?" とも言っています。さすがにこのラインはプリンスっぽいです (笑)

プリンスはスティーヴィー・ニックスに作詞依頼をしたときはどのような音源を渡したのでしょうか。彼女は、渡された曲があまりにも素晴らしかったために、「すごく圧倒されたわ、10分の曲なんて……私にはできないわ。できたらいいとは思うけど。私の手には負えないもの」と作詞を断ったと語っています。ですが、もしもその音源がこのような内容だったら、詞を考えるにも「こんなもんに詞なんて付けられるかー!」とちゃぶ台を引っくり返したくなったのではないかと思います。

最後に、今回の再販された3作について素晴らしくまとめられた記事をリンクします。