前回からの続きです。前回は、プリンスの音楽をきちんと聴くためにはヘッドホンやイヤホンがほぼ必須アイテムであり、また、この点においてプリンスと比較できるアーティストは他に誰もいない、ということを書きました。今回は、その具体的な例として次の2曲を取り上げます。この2曲を一緒に取り上げる理由は、「Thunder」は「When Doves Cry」の焼き直しと批判されることがあるためです。

  • 「When Doves Cry」 (1984年、Purple Rain)
  • 「Thunder」 (1991年、Diamonds And Pearls)

唐突ですが、昔、学校の古文で出てきた徒然草の「仁和寺 (にんなじ) にある法師」という話を覚えているでしょうか。仁和寺のある僧侶が、岩清水八幡宮を拝もうと旅行したが、付属の神社などを本体と勘違いし、本体である岩清水八幡宮には参拝しないまま帰ってきてしまった、という話です。

個人的に、「Thunder」は「When Doves Cry」の焼き直しという批判は、この話と似ていると思います。 プリンスの音楽を聴いてそのような批評しか出てこないというのは、とても残念なことです。まるで、山の上に岩清水八幡宮の本体があることを知らず、ふもとの神社だけを見て「ありがたや、ありがたや」とお参りして帰ってくるようなものです。

「仁和寺にある法師」では、教訓として、話は次の言葉で締め括られます。プリンスの音楽を聴いていても、これは身に沁みる言葉だと思います。

すこしのことにも、先達 (せんだち) はあらまほしき事なり
(ちょっとしたことにも、その道の指導者・案内者はあってほしいものだ)

When Doves Cry

「When Doves Cry」は言わずと知れた「Purple Rain」からの大ヒット曲で、1984年の Billboard 年間1位になったシングル曲です。荒涼としたマルチトラックボーカルが印象的で、巧妙にベースラインが取り除かれている見事な曲です。しかし、パッと聴いた感じでは、サウンドにはすき間が目立ち、曲は単調なメロディの繰り返しでしかないようにも感じられます。プリンスを知らない人が聴けば、「大ヒットしたという割にはずいぶんシンプルな曲だな、プリンスってこんなものか」という感想を抱くかもしれません。

しかし、この曲をまともなヘッドホンで聴くと、その感想は一変するはずです。

Dig if u will the picture / Of U and I engaged in a kiss
想像してごらん / 君と僕がキスに夢中になっているところを

最初に歌われるこのラインの後、注意深く聴くと「パッチン」と指を鳴らす音がします。この「パッチン」という音は、曲の中でこの一回しか出てきません。

また次の歌詞では、それぞれのラインの区切り毎に、プリンスは、仔犬が甘えるときのような声を出して懇願します。プリンスがこんな声を出すのも曲の中でこのときだけです。ちなみに、歌詞はこの後、お腹の蝶々が云々…と続きますが、これは別にお腹が空いているのではなく、英語では苦しい恋心を訴えるようなニュアンスの表現になります。

Touch if U will my stomach
僕のお腹を触ってごらん
Feel how it trembles inside
中で震えているのを感じるだろう

普通に聴いたのではあまり目立たないバランスで挿入されているこれらの仕掛けは、なんだそんなことか、と思うような小さなものかもしれません。しかし、ヘッドホンで聴いた場合、これらの仕掛けは突如として存在感を増して響き出します。思いがけずドキッとさせられ、曲はより印象深いものへと変化します。

実のところ、表面的に聴くとシンプルで単調に感じられるこの曲は、フルでは6分近くの長尺曲であるにもかかわらず、同じものが繰り返されることは一度たりともありません。印象的なシンセのエンディングに向かって、最初から最後までずっと変化を続けながら曲は展開していきます。この曲をヘッドホンで聴くと、シンプルで単調な曲という印象がとんでもない勘違いであることを思い知らされます。実際、これほど「複雑」なポップソングというのは、他にはまずないのではないでしょうか。

Thunder

続いて「Thunder」です。個人的な話で恐縮ですが、1991年のアルバム「Diamonds And Pearls」のオープニングを飾るこの曲は、私にとってプリンスの原体験ともいえる曲です。このアルバムからプリンスを聴き出した私は、それまで聴いたことのない、ぶ厚いマルチトラックのボーカルや、たった1曲の中で、まるで魔法のように次から次へと目まぐるしく湧き出てくる大量のメロディに、「なんてとんでもない音楽なんだ」と驚かされました。ちなみに、「When Doves Cry」はその前に聴いたことがありましたが、英語が分からず「鳩が…あの公園にいるくすんだ灰色の鳩が…鳴くとき?ポッポ?」という理解力だったのと、「ビートに抱かれて」という邦題のせいで、まさかあんなに深い曲だとは思いもよらず、プリンスに特別な印象を抱くことはありませんでした。

それにしても、当時、アルバム「Diamonds And Pearls」は音楽評論家からずいぶんと酷評を受けました。特に「Thunder」は、日本ではファンの間でもプリンスの歴代ワーストソングか、というくらい悪い評価を受けているイメージが私にはあります。

まあその話は置いといて、この曲に関しては、Peach & Black Podcast のレビューを紹介したいと思います。レビュアーが変われば評価も変わるということで、このポッドキャストでは、 4人の意見は満場一致で、「Thunder」はグレイト・ソングという評価でまとめられています。その中でも Captain という人のレビューが特に傑作なので、発言を少し切り取りながら紹介します。内容もさることながら、話しぶりが興奮気味で面白いので、英語が分からなくても一聴の価値があります。紹介しているのは5分9秒頃からの部分です。

Captain: それはそうとして、この曲については話すことが沢山あるよね。それを語るのは僕はやぶさかではないけどね。もちろんこの曲は、あのプリンスならではのマルチトラックボーカルで始まる。多分アルバム全体においても、プリンスのマルチトラックボーカルの凄さが最もよく分かる部分だと思う。もしもプリンスのマルチトラックボーカルの凄さを知らなかったとしたら、この曲を聴くといいよ。まさにこの1曲目で惜しみなく披露してくれているからね。続いてぶっといベースがあって、トライアングルが鳴って・・・

Toejam: トライアングル!

Captain: トライアングルね。これ鳴らすのスキル要るからね。そして25秒のところで、僕のお気に入りのパートになる。あの、「Partyman」のミックスのひとつで出てくるのと同じぶっといギターサウンドね。Musical Portrait って TV ドキュメンタリーで、「Partyman」に合わせてプリンスがベースギターを演奏しているのを見たことがあれば、それと同じやつだよ。同じやつ。

MC: へぇ、それは確認しなきゃ。

Captain: ああ、この曲は延々と語ってしまいそうだよ。続いて "Yeah, yeah, yeah" があって、あの "Ding, ding-ding-ding-ding-ding, ding, ding, ding" っていうメインリフになる。だけど、そのバックグラウンドでは別のシンセのリフが重なるんだ。

Toejam: ああ、そうだよね。

Captain: それも全く別のメロディでね。"Du-du-du-du-du-du-du-du..." って。これが凄く良いんだ。あ、僕は歌上手くないからね。それは指摘しなくていいよ。そして第1ヴァースでは、ウッドブロックみたいな音が出てくる。これはカウベルではなくってウッドブロックだと思う。

Toejam: ウッドブロック!

Captain: それが (ヘッドホンで聴くと) 右に左に散りばめられている。そして第2ヴァースでは、ヘッドホンで聴くと分かるんだけど、巨大なシンセ音が右に左にうねるように鳴り響く。そして90年代クラシックな歯切れいいピアノが鳴る。そしてこの曲のギターワーク。この曲のギターワークは、これまた素晴らしくキレが良いんだ。

それと、MC も言っていた "Only the children born out of me will remain" のところね。あそこは凄くクールなんだよ。なぜならば、意図的なのかどうかは分からないんだけど、プリンスはバックボーカルで、"will remain" を凄く短く歌うんだ。だけど、メインボーカルでは、ここを長く伸ばして歌ってるんだよ。聴くと分かるんだけど。意図的にやったのか、たまたまこんなトリッキーなことになったのかは分からないんだけど。

そして、3分41秒頃に大きなブレイクダウンがあって、ボーカルがバシッと決まる。そういえばプリンスは自分の声で、楽器としてベース音を出してるよね。"Hmmm" っていう低音が通して使われている。それも凄く格好良い。4分36秒からはギターソロで、リードシンセも重なって、それにバックグラウンドのシンセラインも良いよね。5分26秒からはパワーコードが始まって、頭がぶっとばされるような勢いになって、曲は終わる。グレイト・ソングだよね

「Partyman」に合わせてベースギターを演奏するシーンというのは、1989年の Musical Portrait という TV ドキュメンタリーのことです。このドキュメンタリーには、プリンスがスタジオでベースギターを演奏する、短いけれども超絶に格好良いシーンがあります。下のリンクで2分54秒頃からです。

また、ポッドキャストでは、この前にまず MC という人がレビューをしており、この曲を喩えて「万華鏡 (kaleidoscope)」のようだ、と評しています。この人は、プリンスが作る複雑なサウンドを指してこの言葉をよく使います。「Thunder」において、サウンドが目まぐるしく色を変える様子は、まさに「万華鏡」という表現がぴったりだと思います。

しかも恐るべきことに、これだけのものをプリンスはたった一人で作り上げているのです。「When Doves Cry」も「Thunder」も、ボーカルや演奏は全てプリンスによるものです。

おわりに

今回、プリンスの音楽をヘッドホンで聴くとどうなるかの具体的な例として、「Thunder」と「When Doves Cry」の2曲を取り上げました。両者は似ていると言われることがありますが、実際にこれらをヘッドホンで聴いた場合、そのような感想を抱く余地はなかなか出てこないのではないかと思います。

一方で、上記で紹介したポッドキャストでは、この後、「Thieves In The Temple」、「Thunder」、「7」の3曲はまとめて三部作みたいだよね、という議論が出てきます。個人的には、こちらの組み合わせはかなりしっくりきます。アラビア風だったりエジプト風だったり、オリエンタルな雰囲気を持っているのと、マルチトラックのボーカルが繋がりを感じさせます。

少し余談になるのですが、マイテの本「The Most Beautiful」の第3章に、こんなやり取りが出てきます。それはマイテが初めてプリンスのコンサートに行ったときのことです。本当はその日は別なことをする計画もあったのですが、プリンスのコンサートが Nude Tour という名前であることを知ったマイテのお母さんの即決により、家族はプリンスのコンサートに行く方を選びます。そして、そのバルセロナの地でのコンサートで、プリンスは「Thieves In The Temple」を演奏します。これを聴いてマイテのお父さんは興奮し、マイテの腕を掴んでこう言います。

Mayte, do you hear that? It's Arabic - this music - this is your music!
マイテ、聴こえるか? これはアラビックだ - この音楽 - これはお前の音楽だよ!

マイテのお母さんも一緒になってマイテを急き立てるので、マイテは苦笑いをする、というエピソードです。

このときはただのオーディエンスでしかなかったマイテは、後にプリンスと出会い、そしてわずか2年ほどの時を経て、「7」のミュージックビデオに登場し、プリンセス役としてプリンスと一緒に踊ることになります。「Thieves In The Temple」、「Thunder」、「7」の3曲はまとめて三部作と言われると、個人的にはこのマイテのエピソードを思い出します。

これでプリンスとヘッドホンについてはお終いかと思いきや、もうちょっとだけ続きを書くつもりでいます。