まだ読んでいない状態で言うのもなんですが、そして実際に読み終わるのはいつになるか分かりませんが、凄い本が出版されました。Duane Tudahl (カタカナ発音だとデュエイン・テュダール?) の「Prince and the Purple Rain Era Studio Sessions: 1983 and 1984」(amazon.com)(amazon.co.jp) です。Peach & Black ポッドキャストのインタビューを聴き、それがとても面白かったので、少しブログに書いておきます。

この本は、これまでの数あるプリンス関連書籍とは一線を画しており、極めて重要な価値のある本です。

そういえば、私はこんなふうに色々とプリンスについて書いていますが、私がプリンスについてブログを書くようになった一番の理由は、私がプリンスのファンだからではありません。その一番の理由とは、私がウエイトトレーニングについて書くのと似たようなものです。ウエイトトレーニングは、世の中では殆ど全く価値が認知されていないし、それどころか、実践している人ですら価値を十分に理解していないことが多々あります。そのように価値が見過ごされているのが勿体無いと思うのが、私がこれまでブログを書いてきた一番の理由です。これはプリンスにも同じことが言えます。

一人のアーティストとして、プリンスと同じ水準の創作活動をした人物は過去にはいませんでした。そして、そのような人物は現在もいませんし、今後も二度と現れることはないかもしれません。世の中には「誰某の方がプリンスよりも凄い」と主張する人もいるかもしれません。確かにスター・有名人という意味や、何かある一点だけを取り上げて言うのであれば、そういう人の名前はたくさん挙げることができるでしょう。しかし、「アーティスト」としてプリンスという基準を置いた場合、その基準上で同列に語ることのできる人物は誰も存在しません。

Elephant in the Room / 部屋の中の象

思えば、昨年日本で出版された様々な追悼特集号に対し、私には大きな不満がありました。プリンスの本であるにもかかわず、プリンス以外のことは饒舌に語られているのに、肝心のプリンスのことになると、どれもこれも避けられているように感じたのです。「私はプリンスのことが書かれていると思ってこれらの本を買ったつもりだったのに、プリンスをテーマにこれだけの文章が書かれていながら、肝心のプリンスのことは一体どこに書かれているのだろう?」と感じました。

明らかに重大な問題が存在しているのに、あたかもそれが存在しないかのように扱われ、誰もその問題に触れずに議論がなされる状態を、英語のイディオムでは "elephant in the room" と言います。これらの本では、プリンスという巨大な象が部屋にいるのに、まるでそれが存在しないかのように扱われていると感じました。

しかし、上にリンクしたポッドキャストは違います。プリンスをテーマにしたポッドキャストで、実際にプリンスのことが語られているのです! おかしなことを言っているように思えるかもしれませんが、プリンスのことがこれだけきちんと語られているのはかなり凄いことです。

今回出版された Duane Tudahl の本は、1983 - 1984年の2年間に渡るプリンスのスタジオセッションの記録と、それにまつわる関係者のインタビューをまとめたものです。プリンスは膨大な曲を作り続けたので、期間はたったの2年間ですが約550ページの本になります。プリンスのユニークなところは、何月何日に○○を録音した、という情報をまとめるだけで、それが単なる記録ではなく、何よりも貴重な物語になるということです。この点について、ポッドキャストでは、"re-contextualize" という表現をしています。この本は、プリンスの人生や音楽に、新たな視点を与え、それらを新たな文脈に落とし込めることのできる、貴重な本となっています。

また、この本では、プリンスの発言は太字で記され、それがいつどこでされた発言であるかのリファレンスが付いているのも素晴らしいです。

She's Always In My Hair と Sex Shooter

少し堅苦しい記事になってしまったかもしれませんが、これは肩肘を張って身構えて読むような本ではありません。ポッドキャストでひとつ個人的に面白い話があったので、それを紹介します。それは、1983年12月29日 (木曜日) のセッションです (ポッドキャストでは50分50秒頃~)。この日、プリンスは「She's Always In My Hair」を1日でレコーディングしました。プリンスであるためにシングルの B 面でさらっと発表された曲ですが、他のアーティストであれば、キャリアの代表曲として掲げられるような、素晴らしいロックソングです。

これの何が面白いかというと、スタジオセッションのワークオーダーには、この曲は「Sex Shooter」と記録されているのです。

prince-shes-always-in-my-hair

あまりにも違う曲なので、私は今までこの2曲を結び付けて考えたことがなかったのですが、指摘されてみると、確かに同じリフが使用されています。「Sex Shooter」の、あの4音からなるキャッチーなリフが、「She's Always In My Hair」の "She's always there (チャ・チャ・チャー・チャッ) tellin' me how much she cares" と、殆どそのまんま登場します。

思えばこの曲のスタジオバージョンは、どうして妙にシュイン・シュインしているのだろうと長年疑問でした。しかし、この曲が「Sex Shooter」から出来上がったというのであればそれも完全に合点がいきます。正確な事実は分かりませんが、この日、プリンスは「Sex Shooter」のリミックスを作るつもりでスタジオに入り、突然インスピレーションが湧いて、セッションが終わってみたら「She's Always In My Hair」になっていた・・・という話だったのかもしれません。

下のリンクは「Sex Shooter」です。リンクのバージョンでは、このリフは11秒ごろにスタートします。

「She's Always In My Hair」のスタジオバージョンは見つからないので、2014年の The Arsenio Hall Show に TV 出演したときのパフォーマンスです。途中だけでなく、イントロで歌に入る直前でも「Sex Shooter」のリフを使っています。

この曲で歌われている "彼女" が誰であるかについては証言がとれており、その女性とはジル・ジョーンズなのだそうです。

Whenever I feel like not 2 great at all
Whenever I'm all alone
Even if I hit the wrong notes
She's always in my boat
She's always there tellin' me how much she cares
She's always in my hair
上手くいっていないと感じる時も
すっかり独りぼっちだと感じる時も
音を外してしまった (= まずいことをした) 時でさえ
彼女は僕の舟に乗っていてくれる (= 苦しい時なども一緒にいてくれる)
彼女はいつも側にいて、どれだけ僕のことを思っているか教えてくれる
彼女はいつも僕の髮の中にいる

She's always in my hair, my hair
Maybe I'll marry her, maybe I won't
彼女はいつも僕の髮の中にいる - 僕の髮に
たぶん彼女と結婚するかも - でもしないかも

プリンスは、何かの謝罪のしるしにジル・ジョーンズにこの曲のカセットを贈ったのだそうですが、逆にジル・ジョーンズはヘソを曲げてしまいます。プリンスは、"きっと君はこの曲を気に入ってくれると思ったんだけど" と真摯な様子でジルに言ったらしいのですが、"たぶん君と結婚するかも、でもしないかも" だなんて、ずいぶん非道い贈り物だなあと思います (笑)。

おまけに、Purple Rain の頃はモジャモジャだった髪の毛も、この曲がリリースされる Around The World In A Day の頃にはすっきり短くカットしてしまいます。元が「Sex Shooter」から出来たということも併せて、もうプリンスは色々と非道いです。この曲に対する印象がすっかり変わってしまいました (笑)。