「Nothing Compares 2 U」については、これまで主に書いたのは The Family (fDeluxe) のバージョンで、プリンス自身もこの曲をコンサートで演奏していることに関してはきちんと言及していませんでした。ここではプリンスのライブバージョンについて触れることにします。

この曲は、シネイド・オコナー (Sinead O'Connor) によるカバーがヒットしてから、プリンス自身もコンサートで演奏しています。プリンスは、この曲をフルで演奏する場合、よく実力派の女性歌手とデュエットします。特に知られているものには、The Hits / The B-Sides (1993年) に収録されている、ロージー・ゲインズ (Rosie Gains) とのデュエットなどがあります。しかし、デュエットではプリンスはいつも円熟したパフォーマンスを見せてくれるものの、そこには何か拭いきれない違和感があります。

「これってこういう曲だっけ?」

確かにもの凄く上手いことは上手いのですが、まるで「今宵はようこそ。それでは素敵なおしゃべりと歌をお楽しみください」といわんばかりのパフォーマンスで、何となく大御所歌手のディナーショーに連れてこられたような気分になります。ちなみに、2011年7月3日 に UK で行われた Hop Farm Music Festival では、Shelby J とのデュエットでこの曲を歌い終えた後、次のような面白いやり取りがあります (該当 YouTube が見つからなく記憶で書いているので、正確な言葉ではないかもしれません)。

(「Nothing Compares 2 U」を終え、歓声の中で)
プリンス: That wasn't my song. That was Sinead's song.
(今やったのは僕の曲じゃないんだ。シネイドの曲だよ。)

(冗談を飛ばすプリンスに、観客の歓声がブーイングに変わります。プリンスはおどけて言います)
プリンス: Aww, come on, I bought me a house with that song!
(おいおいやめてくれよー、僕はこの曲のおかげで家を建てたんだよ!)

このやり取りまでは含まれていないのですが、このときの演奏はこれです。「Tell me, England, where did Prince go wrong? (教えてよイングランド、プリンスはどこで間違っちゃったんだい?)」とおふざけを混じえながらのパフォーマンスです。

この曲は「愛する人が去って7時間と13日。昼と夜の感覚はおかしくなり、何をしても気持ちが晴れず、医者に行っても何も良くならない。庭に植えた花たちは全て枯れてしまった」という、本来はひたすら悲しい歌なんですけど…プリンスさん、これはあなたが自分でそう書いた歌なんですけど…


本来は悲しい曲であるはずの「Nothing Compares 2 U」は、デュエットで歌われるライブではいつも意図的に悲しみが取り除かれたようなアレンジで演奏されます。最初、私はこれをとても残念に感じました。しかし、ある時から別の見方をするようになって、これもプリンスのコンサートに対する哲学のようなものなのかな、と思うようになりました。

その哲学とは、プリンスは、コンサートではただ悲しくなってしまうだけの曲は意図的に演奏を避けているのだろう、ということです。よくよく考えると、プリンスには悲しい曲が沢山あるような気がするのに、ライブを聴いて悲しいと感じることは殆どないように思えます。

「コンサートに来た人を、悲しい気持ちにさせることなく、ただひたすら楽しい思いをさせて喜ばせたい」

悲しみが感じられないデュエットの「Nothing Compares 2 U」を聴くと、プリンスのそんな思いを私は感じます。


それにしても、プリンスの「Nothing Compares 2 U」はいつもこんな感じなのでしょうか?もっと歌の本来の心情に迫るようなパフォーマンスはないのでしょうか?

あります。

それは1990年の Nude ツアーです。削ぎ落とされた簡素なステージセットで行われたこのツアーは、演奏自体も他のツアーとは異なる独特の生々しさを感じるものでした。そして多く公演ではセットリストにこの曲が入っていました。「Nothing Compares 2 U」は、このツアーではプリンスが一人でエモーショナルに歌い上げるバージョンで演奏されます。

とりあえず、以下の Podcast をリンクします。この Podcast の冒頭で流れるのが Nude ツアーの「Nothing Compares 2 U」で、これはリハーサルの音源です。プリンスの生々しくエモーショナルなボーカルは、「Another Lonely Christmas」(「I Would Die 4 U」の B 面、1984年) を彷彿とさせます。The Family のオリジナルバージョンのプリンスによるデモは世に出回っていないのですが、もし存在するとすれば、おそらくこのようなボーカルスタイルで歌われていたのではないかと想像されます。
The Dr Funk Podcast - E02 The Prince Tribute

本番のツアーの演奏では、私が知っている中からひとつ挙げると、1990年8月4日のベルギーのコンサートが印象的です。これはオーディエンス録音されたもので、観客に歌わせている部分もちゃんと音が録れていて、素晴らしく一体感のあるバージョンです。ちなみに、プリンスは「Nothing compares, nothing compares 2 U♪」のところは自分では歌わず観客に歌わせます。本当は「2 U」の部分は「ハッピーバースデー、トゥーユー」の「トゥーユー」のように素直に伸ばすのに、そんなことを知る由もない観客は、シネイドの「トゥユゥゥゥ」みたいにグシャッと潰して歌います…笑。また、「no-thing compares, no-THI-ng compares, トゥユゥゥゥ」と第2音節を強調して歌ったりします。観客の乗りも良くて感動的なのですが、プリンスが歌うパートと観客の歌うシネイド風メロディに全然調和性がないのが可笑しいです。

Nude ツアーのコンサートは、YouTube には東京の1990年8月31日がよくアップロードされるのですが、残念ながらこの日は「Nothing Compares 2 U」はやっていません。

ツアー外になりますが、翌年1991年1月18日深夜~19日にリオデジャネイロで行われたコンサートがあったのでリンクします。プリンスの歌い方は、Nude ツアーよりも少し遊びが入ったものになっています。また、公演場所はブラジルですが、曲が始まる少し前にロージー・ゲインズが日本語で「ありがと」と言っているので、そこが入るように5分20秒からスタートするようにリンクしました。プリンスの歌い出しは5分36秒頃からです。プリンスはピアノの上で悶え、踊りながらステージを駆け上がり、最後はハート型のベッドに一人もたれかかると、ベッドが沈んでいき照明が落ちます。

いやぁ、動くプリンスって、本当に良いものですね。

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