モーリス・デイと David Ritz 著「On Time: A Princely Life In Funk」を Kindle と Audible で購入しました (Amazon.comAmazon.co.jp)。これは興味があれば絶対に買って損はない本です。6時間11分の Audible をながら聴きで一通り聴き終えたところで、印象に残ったことをいくつか書き残しておきます。

この本では、ハードカバー224ページ相当の文章に、モーリスの生まれや幼少の頃の話、キタ高 (North High) に通うモーリスがナカ高 (Central High) のランチルームで初めてプリンスを見たときのこと、The Time の話、Purple Rain、Graffiti Bridge、Rave/Musicology/3121 の時期の話、そして今に至るまでが要領良くまとめられています。また、これまで世に知られていなかったことも書かれています。例えばプリンスがワーナーとの契約を結ぶにあたって使ったデモテープはプリンス単独のものではなく Grand Central のテープだったこと、当初モーリスはビデオ撮影も担当しており、ローリング・ストーンズの前座事件もモーリスはその場にいてビデオ撮影をしていたことや、その他、面白い話、それに聴くのが少し辛い話、色々なことが書かれています。

この本は普通の自叙伝とは少し趣が変わっていて、モーリス・デイの一人語りではなく、ちょくちょくプリンスが登場させられて二人が会話をしながら話が進んでいきます。しかもさらにもう一人、映画のスクリーンで見せるエゴイスティックな性格を持つ MD というモーリスの別人格も出てきます。

また、Audible のナレーションはモーリス本人ではなく別の人が行っています。マイテの本のように本人がナレーションしてくれていたらとんでもなく素晴らしいオーディオブックになっていただろうと思う一方、そうなるとプリンスのセリフをモーリスが喋らなければいけないのでそれはちょっと難しいかもしれないなとも思います。また、ナレーションではプリンスはソフトな口調、MD は調子づいた口調と一応の語り分けはされていますが、はっきりと声色が変わるわけではないので、注意を払わないと誰が話しているのか分かりづらいです。ただし、ナレーション自体はとても聴き取りやすいです。


プリンスが登場するというのはどんな感じなのか、序章から一例を翻訳します。

モーリス: 俺に初めて「When Doves Cry」を聴かせた時のことを覚えてるかい?

プリンス: ああ、もちろんだよ。君はこう言ったね。
「俺に聴かせるならファンキーなやつ以外はよしてくれよ。それとそのハトの歌、もし出すつもりでいるなら、ベースを入れとけよ」

モーリス: そうさ。俺はお前に媚びへつらうことはしなかった。他の奴等はそうだったかもしれないが、俺は違った。

プリンス: 確かに君は僕に媚びへつらうことはしなかったね。だけどあのハトの歌、僕の最初のナンバーワンポップシングルになったけどね。

モーリス: 関係ないね。俺は今でもあれにはベースが必要だと思ってる。

周知の通り、「When Doves Cry」はプリンスの最初のナンバーワンヒットであるばかりか、1984年の年間最大のヒットシングルです。同時に常識を大きく逸脱した奇妙な曲であることも確かなのですが、こんなことを言ってのけられるのはモーリスくらいのものだなと思います。


その他、印象に残ったことを少しだけ紹介します。

1989年、「Corporate World」プロジェクトのためモーリスは初めてペイズリーパークを訪れ、プリンスと再会します。その中でマイケル・ジャクソンの話になり、マイケルからの「Bad」の共演依頼を断ったことに話が及びます。

俺は尋ねたよ。「何で共演を断ったんだ?」って。
「マイクがあの曲の最初の歌詞を見せてね、『Your butt is mine / お前のケツは俺のモノさ』ってやつ。マイクがあの歌詞を僕に歌うつもりだったのか、僕にあの歌詞を歌わせるつもりだったのか、わざわざ訊こうとも思わなかったけどね。どっちにしたって、あれはナシだよ。それに実際のところ僕は必要なかったんだ。あの曲は僕なしでもモンスターヒットになったからね」
「それで関係が悪くならないのかい?」
「なんで関係が悪くならきゃいけないんだい? ライバル意識もないしね (There is no rivalry)」
俺が眉をひそめるとプリンスは言った。
「眉を下げてくれよ。僕は、健全な競争とライバル関係の間にははっきり線を引いているんだ」
「その線引きはどこなんだい?」
誰かをライバルだと思うのは、自分が必要とし欲するものを、その誰かが持ってる場合だけなんだよ。僕は、自分が必要とし欲するものは全て自分で持ってる。羨む気持ちもない。あるのはただの称賛の念さ (No envy, just admiration)

プリンスがマイケルからの共演依頼を断った話については、過去にスーザン・ロジャースの回想インタビューをブログ記事にしています。


結局「Corporate World」プロジェクトは取り下げられ、The Time は替わりに「Pandemonium」で再結成を果たしますが、それも1プロジェクト限りでバンドは瓦解してしまいます。その一方で、プリンスは新バンド The New Power Generation の結成や、「Diamonds And Pearls」の制作と、相変わらずの異常なハイペースでどんどん次のフェーズに進んでいきました。その言及の中で、モーリスは「New Power Generation」の曲でドラムを叩かせてくれたことに対し、プリンスに感謝の言葉を述べています。私はあの曲のドラムがモーリスだとは知らなかったこともあり、この箇所はとても印象に残りました。

ちなみに、vault archivist の Michael Howe によると、「New Power Generation」の原型のような、おそらく当初は The Time のために書かれた「Bold Generation」なる曲が「1999 Super Deluxe Edition」に収録されるということです。今からリリースが楽しみです。


最後に驚いたことをもうひとつ書きます。「Purple Rain」と同じ1984年に発表された The Time のアルバム「Ice Cream Castle」、そのタイトルがジョニ・ミッチェルの「Both Sides, Now」の歌詞から取られていることを、モーリスは何と35年後の今になるまで知らなかったのだそうです (笑)。

Rows and flows of angel hair
And ice cream castles in the air
幾筋にも流れる天使の髮の毛
空に浮かぶアイスクリームの城

面白い話ではありますが、同時にいかに The Time というバンドの決定権をプリンス一人が握っており、モーリスはじめバンドメンバーはプリンスに従うしかない存在であったかを示す話でもあると思います。ちなみにもちろん想像通り、ジミー・ジャムとテリー・ルイスの解雇は本意ではなかったとモーリスは語っています。

以上、簡単な紹介文ですが、この本の面白さを感じ取ってもらえたらと思います。