雑誌のプリンス追悼特別号に対する私の印象は前回書いた通りですが、中には素晴らしい記事もありました。特に際立っていたのは、CROSSBEAT の最後の方に掲載されている、1990年に東京・六本木でプリンスが「Money Don't Matter 2 Night」等をレコーディングした時に立ち会った、エンジニアの方2人への回想インタビューです (酒井崇裕、田村誠、インタビュアー: 大久達朗、敬称略)。この日、プリンスは他にも「Strollin'」や「Willing And Able」をレコーディングしています。また、酒井氏は Facebook にもこの時の思い出を投稿をしてくれています (Facebook リンク)。

そのレコーディングの様子は、歌詞カードも譜面もなし、ドラムのマイケル・B とベースのリーヴァイへの指示は口頭、基本的に一発録り、メインボーカルも1曲につき1度しか録音しないというもので、恐ろしい緊張感だったと回想しています。酒井氏らは、「Money Don't Matter 2 Night」のレコーディングでボーカルが部分的に歪んでいることに気付き、「まずい」と焦りますが、そのテイクがそのまま公式リリースに使われているのだそうです。

「Money Don't Matter 2 Night」は、ギャンブルに明け暮れて自分の女を邪険に扱う男から始まり、後半は話が広がって石油を巡る戦争で子供を犠牲にすることの是非などが歌われる曲です (1990-1991年はイラクのクウェート侵攻や湾岸戦争が起きた年です)。メインボーカルは地声の音域で、単調な調子の中に生々しい感情が垣間見え、その独特な雰囲気に、聴いているうちに声が頭にこびり付きます。ただ、私が聴いても声の歪みは分かるような分からないような…プリンスが地声で歌う時ってこうだよなあ、という感じです。

記事で私が特に興味深く感じたのは、次の部分です。

酒井氏: いままでは、よほど高級でサウンドキャラクターのあるプリアンプとか機材を使っているのかなあ?なんて想像はしてたんですけど、普通の機材で普通に録音しただけで、あのプリンスの声になりましたね。推測の域を出ないんですけど、多分あれ、わざと声が歪むようにいつも録音してるんだと思うんです。
田村氏: その歪んだテイクをそのまま OK にしているので、1曲につき1度しか歌っていない、というのも間違いないですね。
酒井氏: なんかね、あの歪んだ歌を今 CD で聴いていると、今の時代の録音環境に関してメッセージを投げかけてる気がするんです。今の録音現場って、後から編集する前提で録音しちゃうじゃないですか。極端な言い方ですけど、そういうのはもう音楽ですらないんじゃないか?って言われてる気になるんですよね。
(現在のデジタル録音環境では、歌の透明度や歪みといった質だけではなく、音量、ピッチ (音程)、タイミング、他あらゆる処理を録音後に施すことが多い)

私は常々、プリンスの音楽は、他の一般的なポピュラーミュージックと比べると異質なものだと感じます。そう感じる理由は複雑に絡み合っていて簡単には説明できないのですが、レコーディングスタイルの違いはその一因に挙げられるのではないかと思います。ちなみに、だからどうしたという話なのですが、この記事から、私は何となく「Glam Slam」(Lovesexy 収録、1988年) を思い浮かべました。私には、「Glam Slam」のリードボーカルはもの凄く一発録りな感じに聴こえます。また、「Little Red Corvette」(1999 収録、1982年) のボーカルはあんなに声が割れてしまっている録音状態でよく OK にしたなとも思います。ひょっとしたらそれも雰囲気を出すためにあえて意図的に行ったもの…というのは深読みしすぎでしょうか。

また、スタジオに用意されていたレコーディング機器はマイナーな機種であり、当時主流の機種とは操作が異なっていたため、プリンスが誤操作に気付かず、危うく録音済みのトラックを消す寸前になった瞬間があったのだそうです。二人は慌てて出て行ってストップすると、プリンスはニコッと笑って「今あやうく全米 No.1 ソングを消すところだったよ」とジョークを言ったのだそうです。

酒井氏の Facebook の投稿では、レコーディングが終了した後、プリンスはバンドメンバーを帰らせて女性を呼び、まるで自慢げな子供のように録音したばかりの曲を聴かせたりしたことなど、他にもプリンスのお茶目な一面を語ってくれています。このような素敵な思い出を公開してくださったことに感謝します。

「Money Don't Matter 2 Night」のミュージックビデオはバージョンが2つあります。最初に YouTube に投稿され、より再生数が多いのはスパイク・リー版ですが、右スピーカーから音が出ず、「Right speaker doesn't matter today and it sure don't matter tonight (今日は右スピーカーはどうでもいい、今夜だってどうでもいい)」と微妙に歌詞をもじったコメントをされています…笑。そのうち削除されてしまうかもしれませんが、プリンスが登場するバージョンはちゃんと音が出るので、そちらをリンクします。


One more card and it's 22 / Unlucky 4 him again
もう一枚カードを引くと22 - 男はまた運がなかった
He never had respect 4 money it's true / That's why he never wins
男は金に敬意を持ったことがなかった - だから男は決して勝つことはなかった
That's why he never ever has enough 2 treat his lady right
だから男は自分の女を大切に扱えるだけの金を手にしたこともなかった
He just pushes her away in a huff
男はイラつき女を突き放して言う
And says - “Money don't matter 2night”
"今夜は金はどうでもいい"

CHORUS:
Money don't matter 2night / It sure didn't matter yesterday
今夜は金はどうでもいい - 昨日だってどうでもよかった
Just when U think U've got more than enough / That's when it all up and flies away
十分すぎるほど手にしたと思った瞬間 - どこかへ飛んでいってしまう
That's when U find out that U're better off / Makin' sure your soul's alright
そしてその方がマシだと気付く - 自分の心が保たれていることを確かめて
Cuz money didn't matter yesterday / And it sure don't matter 2night
昨日は金はどうでもよかった - きっと今夜だってどうでもいい

Look, here's a cool investment / They're tellin' him he just can't lose
おい、いい儲けのタネがあるぜ - 奴らは絶対に負けるはずがないと男をそそのかす
So he goes out and tries 2 find a partner / But all he finds are users
男はパートナーを探し回る - けれどもどいつも他人を利用しようと企む奴らばかり
All he finds are snakes in every color / Every nationality and size
男に見つけられるのは - あらゆる色、国、大きさのヘビ野郎だけ
Seems like the only thing that he can do is just roll his eyes, and say
男はなすすべもなくただ目を回し - そして言う

(CHORUS)

Hey now, maybe we can find a good reason 2 send a child off 2 war
おいちょっと子供を戦争に送り出す良い名分ができたんじゃないか
So what if we're controllin' all the oil / Is it worth a child dying 4?
すると全ての石油を支配できるのであれば - 子供の死は報われるというのか?
If long life is what we all live 4 then long life will come 2 pass
長生きのために生きるというのなら長生きもできるだろう
Anything is better than the picture of the child in a cloud of gas
ガスに覆われた子供の写真と比べたら何だってマシさ
And U think U got it bad
そして心を痛めたふりをするのさ

(CHORUS) x 2