前回の「D.M.S.R」では、Vanity 6 を連想させる内容とともに、Jamie Starr という人物が歌詞に出てきました。

Jamie Starr's a thief
ジェイミー・スターは泥棒さ

ここで泥棒と称されている Jamie Starr とは偽名であり、その正体はプリンス本人です。1981年から1983、1984年にかけて、プリンスは The Time や Vanity 6 などの作曲やプロデュースのクレジットに Jamie Starr や The Starr Company という偽名を当て、自身の関与を隠しながら活動の幅を広げていきました。

今回は、プリンスがこのような偽名を使って活動したことについて、その意味を考えることにします。そして次回以降、ここから派生 (?) して、いくつか曲を取り上げるつもりでいます。それが終わったら「Around The World In A Day」に戻って、そこからマイテの本や「Rave Un2 The Joy Fantastic」のいくつかの曲について書こうと思っています。

プリンスという「点」とミネアポリスという「シーン」

これまでも何度か紹介していますが、リンク動画は 2016年12月に行われた Red Bull Music Academy 主催のスーザン・ロジャースのレクチャーです。45分12秒頃からの発言を引用します。

Torsten Schmidt: This band that you mentioned, The Time, how on the radar do you think they are on a scale from zero to ten?

あなたが先ほど言及した The Time というバンドは、レーダーでは0から10の目盛のどの辺りに位置するのでしょうか?

Susan Rogers: The Time is Prince. Prince wrote all those songs and performed all the instruments on the record. He'd have Jesse do a guitar solo. Prince would sing a guide vocal and then Morris would come in and just copy Prince's lead. The Time is just another one of Prince's musical personalities. Music is an expression of life, but it's not 100% of an artist's output. Music is only a part of Prince's life and Prince music was only a part of the music of Prince's life. There was The Time music, there was Sheila E and there was Vanity 6. They were his musical alter egos.
So, to answer your question, The Time was just another version of Prince. The public didn't know at the time, because Prince didn't want it to know. He didn't want it know that it was him.

The Time とはプリンスです。プリンスが全ての曲を書き、ジェシーにギターソロをさせたりもしましたが、プリンスがレコードの全ての楽器を演奏しました。そしてプリンスはガイドボーカルを歌い、モーリスはプリンスのリードをコピーするだけでした。The Time とは、プリンスが複数持つ音楽的人格のひとつにしか過ぎなかったのです。音楽はその人を表現するものであっても、アーティストの100%をアウトプットするものではありません。音楽はプリンスという存在の一部でしかなく、その中で「プリンス」の音楽は、「プリンスという存在」の音楽における一部でしかありません。プリンスには「The Time」の音楽、「Sheila E.」の音楽、「Vanity 6」の音楽があり、それらは皆プリンスの別人格というべきものでした。
ですので質問にお答えすると、The Time とは単に別バージョンのプリンスだったのです。ただし、当時世の人々はそれを知りませんでした。プリンスはそれを知られることを望まず、The Time が自分であると知られたくなかったのです。

なぜプリンスは、The Time や Vanity 6 がプリンス自身によって作られていたことを隠したのでしょうか? 続けてスーザンは、それが意味するところを説明します。

Prince created his own competition for the purpose of making... he's the first artist as far as I know to ever do that. Who does that, create your own competition so that you can get the record buying public to think that coming out of this town, Minneapolis, Minnesota is a scene, not just one genius guy. He created The Time to be his competition and then he wrote this movie to play them as the competition and the prize they were fighting for was Vanity 6, which is anther one of Prince's alter egos.

プリンスは自分に対抗する競争相手を、それそのものを目的として自ら作り出したのです。私が知る限り、プリンスはそのようなことをやってのけた最初のアーティストです。いったい他の誰にこんなことができるでしょうか? プリンスは自分に対抗する競争相手を作り出したことで、それが単にたったひとりの天才の仕業ではなく、ミネソタのミネアポリスという街がひとつの音楽シーンである、とレコードの購入者たちに思い込ませたのです。
プリンスは自身の競争相手として The Time を作り出しました。そして The Time を自分の競合関係に置き、これまたプリンスの別人格である Vanity 6 を巡って争う、という映画の脚本を書いたのです。

実際の映画制作ではヴァニティは役を降り、タイプの異なるアポロニアが代役に抜擢されましたが、若い女性が成功を夢見てひとりミネアポリスを訪れるという脚本も、ミネアポリスという街が一大音楽シーンであるというイメージを植え付けるのに成功しています。しかし、実はその全てはプリンスというたったひとりの天才に集約されるものでした。プリンスは The Time、Vanity 6、そして映画「Purple Rain」を通して、実体はプリンスという「点」であったにもかかわらず、幾多の才能がひしめく「シーン」を作り出すという、後にも先にも誰にも真似のできないことをやっていたのです。

現在では、これらの関連アーティストの楽曲を作っていたのはプリンスであり、演奏まで全てプリンスが行っていたのは周知の事実ですが、リアルタイムでは世の人々はそれがプリンスひとりの仕業であることを知りませんでした。そして、それぞれに魅力的なパフォーマーたちの中にあって、ひときわ輝きを見せるプリンスという存在。プリンスが成したことのスケールの大きさに、改めて驚愕せずにはいられません。

The Original 7ven (The Time) と fDeluxe (The Family)

The Time と、モーリスが去った後にポール・ピーターソンとスザンナ・メルヴォワンらを据えて作られた The Family は、現在はそれぞれ The Original 7ven、fDeluxe と名前を変えて活動しています。このふたつのバンドが名前を変えた理由は、オリジナルの名前での活動をプリンスが許さなかったためです。

私がこの改名にまつわる話を知ったとき、最初は正直なところ「名前くらい使わせてあげたらいいのに」と少し複雑な気分になりました。しかし、現在はその考えは変わりました。The Time や The Family の核となる人格はプリンスそのものであり、これらのバンドが単に別バージョンのプリンスであるのなら、プリンスの考えは至極真っ当ではないかと思うようになりました。The Time も The Family もその本質はプリンスなのですから、本質が消えて別のものに変わるのであれば、名前が変わるのもごく自然なことでしょう。

最初は「プリンスったら一体どうしちゃったの!」と困惑するも、何年も後になってから「やっぱり間違っていたのは自分で、正しいのはプリンスだった」となる、いつものパターンでした。


The Family の「Nothing Compares 2 U」と、2018年に公開された、プリンスが The Family のためにガイドボーカルを入れた「Nothing Compare 2 U」を改めて聴いてみます。リードボーカルのポールは、プリンスのガイドボーカルをそのまま撫ぞるように歌っていることが分かります。ちなみに、このポールのボーカルは、私は絶品だと思います。この曲を有名にしたのはシンプルなメロディと表現に書き変えられたシネイド・オコナーのカバーバージョンですが、非常に個人的な意見ですが、あれはオリジナルバージョンに求められるボーカル能力が尋常ではないためにあのように曲が単純化されたのではないか、と私は思っています。

それはそうとして、この曲に関しては、個人的に昔からずっと気になっていたことがあります。The Family のアルバムでは、プリンスの他の曲はどれもバンドの別の人が作者としてクレジットされているのに、唯一「Nothing Compares 2 U」だけは作者を偽らずにプリンスの名前がクレジットされているのです。

プリンスは、自身にとってパーソナルな意味合いが深い曲は、真の意味を人々に容易に悟られないように、あまり目立たない形で発表することがありました。曝け出した自身の内面を、誰にでも簡単に覗き込める場所には置きたくなかったのだと思います。そして、「Nothing Compares 2 U」も、そのような大切な曲のひとつだったのではないかと私は思うのです。だからこそ、1990年に曲の存在が世に知られるまでは自身がこの曲を歌うことはなかったのではないかと思います。そして、世に知られた「Nothing Compares 2 U」が本物ではなかったために、プリンスはこの曲を自ら歌うようになったという面もあったのではないかと想像します。

この曲については、当時プリンスのもとでハウスキーパーとして働いていた Sandy Scipioni という女性が、家庭の事情で去ってしまったことがインスピレーションになったのではないか、という話をスーザン・ロジャースが明かしています。

The Family のオリジナルバージョンの「Nothing Compares 2 U」です。

プリンスのガイドボーカルによる「Nothing Compares 2 U」です。