前回の記事では「Love... Thy Will Be Done」を取り上げました。簡単な曲の紹介と歌詞の和訳で、これが美しい曲であることは伝えられたと思いますが、なぜこれをこの世で最も美しい歌詞を持つ曲のひとつだと私が思うのか、その理由までは十分な説明をしませんでした。それは曲を単体で聴くだけでは分からないものであり、一つの記事にまとめると話が発散してしまうので、追記の記事を書くことにします。

今回はまず DETAILS という雑誌の1991年11月号の記事を紹介します。この記事は Chris Heath という英国の記者が、新アルバム「Diamonds And Pearls」を発売前に聴かせてもらいにペイズリーパークを訪れたときの出来事をまとめたものです。また、この記事は過去にも別の話題で紹介しています。

時代感を掴むための参考に、作品リリースの時系列情報です。

  • 1990年08月 - アルバム「Graffiti Bridge」発売
  • 1990年11月 - 映画「Graffiti Bridge」公開
  • 1991年08月 - アルバム「Martika's Kitchen」、シングル「Love... Thy Will Be Done」発売
  • 1991年10月 - アルバム「Diamonds And Pearls」発売

この記事から、筆者が「Graffiti Bridge」について訊ねるところを引用します。流れとしては、プリンスの話が、かつてスティーヴィー・ワンダーやジョニ・ミッチェルが批評家達の期待に沿わない作品を発表した時に一斉に批判を浴びせられせたことに及んだのを受けてのやり取りです。

It seems appropriate to mention Graffiti Bridge. He is not the slightest bit defensive.
そろそろ言及しても良さそうな頃合いかと思い、私は「Graffiti Bridge」について訊ねた。プリンスは言い訳がましいそぶりを微塵も見せることなく、平然と答えた。

"Some people got it," he counters. "Martika saw it six times."
「『Graffiti Bridge』を気に入ってくれた人もいたよ。マルティカは6回観たと言ってたしね」

His own mention of Martika leads him into a rapturous appreciation of the young Cuban pop singer. She is clearly the type of person he wishes all his audience, all the world, might be. "She is," he says, "like a flower unfolding."
プリンスはマルティカへの言及は、キューバ出身の両親を持つこの若い歌手への熱烈な称賛へと続いた。彼女は明らかに、プリンスが自身の全リスナーや全世界にこうなってほしいと願うタイプの人だった。プリンスは言う。
「マルティカは、まるでつぼみから咲き開こうとしている花なんだ」

"That's nice," says Martika when I speak to her a few days later. "I feel the same way about him. Though he's sort of unfolded already, I guess." Martika had been thinking about calling Prince for months. When she saw Graffiti Bridge (she says it's true, she has seen it six times) she noticed that a lot of the words were about the same things she had been jotting in her notebooks. So last December she flew out to Minneapolis to be with Prince. They sat down and she showed him her notebooks. He was impressed. She visited several times, taking four tracks they worked on together away to New York to finish on her own. She flew back to play him the whole LP and the video for their hit collaboration, "Love... Thy Will Be Done." When he watched the video, he was moved.
数日後、マルティカにこのことを話すと彼女は言った。
「それは嬉しいわ。私もプリンスに対して同じように感じるの。もっともプリンスの場合、既に花が咲いているとは思うけれどね」
マルティカは何ヶ月もの間プリンスに電話しようと考えていた。彼女は「Graffiti Bridge」を観て (6回観たのは本当なのだそうだ)、その多くの言葉が自分がノートに書き溜めたことと同じことを言っているのに気付いた。昨年の12月にマルティカはプリンスに会いにミネアポリスを訪れ、彼女のノートを見たプリンスは感銘を受けた。彼女はさらに数回ミネアポリスを訪れて共同制作した4曲を持ち帰り (注)、ニューヨークでレコーディングを完成させた。彼女は完成したアルバムと二人のコラボレーション「Love... Thy Will Be Done」のビデオを持って、プリンスの元を再び訪れた。プリンスはビデオを観て感動してくれたのだいう。

(注: 前回のマルティカのインタビューによると、プリンスとの直接のやりとりはノートのコピーのみで、歌詞やテープはファックスや郵送で受け取り、実際にはプリンスと一切会わずにレコーディングを完成させたとのことなので、この部分は記事の筆者が勘違いしたものと思われます。)

「Graffiti Bridge」という映画は、リアルタイムで正当な評価を受けるにはあまりにぎこちなく、またナイーブな作品でした。この作品は離れた場所から物事を見下す批評家達の格好の餌食となり、今も私達の多くがその呪縛にとらわれています。

しかしマルティカは違いました。皆が斜に構え、この映画がいかに酷い失敗作であるかを語る中、マルティカは周囲の雑音に惑わされず、正面から「Graffiti Bridge」の世界に向き合っていました。

映画の中で、キッドは疑問を投げかけます。

Are there really angels?
Or are they just in our mind?
It all comes out in the wash... in time.
天使は本当に存在するのだろうか。
それとも頭の中の妄想でしかないのだろうか。
いつか、全てが明らかになる時が訪れる……

そして、人は天使の言葉に触れたとき、その言葉を受け入れることができるのか

映画のストーリーでは、プリンス演じるキッドは時代遅れの神と愛の歌を歌い、流行りの音楽スタイルを取り入れないために仲間からも度々文句を言われます。ラッパーでありながら一度もラップをさせてもらえない T.C. Ellis もキッドへの不満を募らせます。キッドは人々から呆れられ、見放されたかのような状況に陥ります。

しかしヒロインのオーラはキッドを信じていました。オーラはキッドにこう伝えます。

オーラ:
Kid, you can't fight fire with fire.
When a man screams, you must learn to whisper.
You're gonna win, Kid.
Don't give up.
Don't ever give up.
キッド、火では火は消せないわ。
相手が叫び声を上げる時こそ囁かなくてはならないの。
あなたは勝てるわ、キッド。
諦めないで。
決して諦めないで。

キッドは天使の言葉に自分の心を委ねました。オーラの死に突き動かされ、キッドは「Still Would Stand All Time」を歌います。そして皆の心が一つになり、争いは終結します。物語は、キッドから延々と無視され続ける役を演じたラッパーの T.C. Ellis もびっくりのエンディングを迎えます。

T.C. Ellis: Man, can you believe it? The Kid won. And with a ballad. Damn!
おい、信じられるか? キッドが勝っちまったよ。しかもバラードで。何てこった!

ちなみに彼の願いは、物語が終わってエンドクレジットが流れる中で遂に叶えられます。誰もいない場所で一人ラップをする T.C. Ellis の姿は、まるで何かの罰ゲームのようで哀愁を誘います。

それはさておき、上のオーラの言葉は、「Love... Thy Will Done」のメッセージと重なることに気付きましたでしょうか。

Love... Thy will be done
I can no longer hide, I can no longer run
No longer can I resist Your guiding light
That gives me the power to keep up the fight
愛よ・・・あなたの御心のままに
私はもう隠れはしない、私はもう逃げはしない
私はもうあなたの導きの光を拒みはしない
あなたの光が私に戦い続ける力を与えてくれる

「Graffiti Bridge」は当時の批評家達からは見向きもされませんでした。いかにプリンスといえども一人の力では限界がありました。しかし、マルティカという瑞々しく若い、「つぼみから咲き開こうとしている花」を通して、そのメッセージは姿を変え、「Love... Thy Will Be Done」という一つの曲に昇華されることになりました。この曲は二人の共作であることに意味があります。プリンス単独の作品ではなく、あの当時に「Graffiti Bridge」を理解したマルティカからインスピレーションを得て生まれたからこそ特別な美しさがあります。「Love... Thy Will Be Done」は、単に美しいという以上の作品なのです。