ぱっと見何の話なのか分からない記事タイトルですが、これはプリンスの言葉です。その意味は記事の中で説明します。ちなみに英語でホームベースというと、野球のホームベースだけでなく、自分の家がある (心地の良い) 場所、あるいは本拠地、といった意味もあります。


このところ、私が個人的に選ぶプリンスの曲を少しずつ挙げていっています。その中で最も特別な曲となると、それは長年変わらずに「Goodbye」と「Condition Of The Heart」の2曲になります。プリンスは他にも素晴らしい曲を沢山書いているし、プリンス以外にだって世の中には素晴らしい音楽は沢山あります。しかし、この2曲は私にとって単なる好きな曲という枠組みを超えた場所にあります。どんな名曲と称されるものを持って来られても、この2曲が他と置き換えられることはないと思います。

また、これまであまり考えたことはなかったのですが、プリンスについてブログに書くようになってから、この2曲以外にも選ぶとしたら何になるのだろうと考えることになりました。そうして最初に思い浮かんだのは、「With You」、「Sweet Baby」、それに未発表曲ですが「The Grand Progression」といった選曲になりました (ただ、これらは上述の2曲にさらに輪をかけて珍しい選曲なので、順位は控え目にしました)。

どうしてこれらの曲が自分の中で大きな存在を占めるのかというのは、自分の言葉では上手く説明できません。しかし、他ならぬプリンスの言葉にとてもしっくりくる表現がありました。それがこの記事タイトルです。日本では、「ストリート/通り」は住所の基準になる要素ではないため少々感覚が異なるのかもしれませんが、なるほどと思った言葉です。

私がこの言葉を知ったのは、2016年12月にスーザン・ロジャースが行った、Red Bull Music Academy でのレクチャーです。スーザンは、1983年から1988年にかけてプリンスの元でレコーディングエンジニアを務めた、プリンスファンにはお馴染みの人物です。リンク先のページには、話した内容のスクリプトも付いています。

このレクチャーから、記事タイトルに関連する部分 (動画では5分50秒〜15分34秒) を多少意訳しつつ紹介します。なお、全体のレクチャーは2時間を超える動画で、ここで紹介する内容はカバーされているトピックのほんの一部でしかありません。とても興味深いレクチャーなのでいつか全体の感想をブログにでも、と思っていたのですが、後回しにして既に半年過ぎてしまっている状態です。ちなみに、せっかくスーザンが様々なことを語っているのに、インタビュアーはただ聞くだけで全く切り込むことをせずに進行していくので、「何でそこを突っ込まずに流してしまうの?」という箇所があったりして、その点だけは少し勿体ないです。また、スーザンは意外と大胆でファンキーなことを言う人だな、とも思いました (ここで紹介した部分で言うと、ビートルズに対して一歩引いた発言をしています。これはこの人の世代的に結構大胆な発言のような気がします)。

トーステン・シュミット: アイズレー・ブラザーズ (The Isley Brothers) の「For the Love of You」(1975年) は、あなたにとってどんな意味を持った曲ですか?

スーザン・ロジャース: ああ、とても素敵な曲よ。皆さんはご存知ですか? アイズレー・ブラザーズの「For the Love of You」。プリンスはよく、自分の住むストリート (the street you live on) という言い方をしていました。その意味するところは、自分にとってホームベースとなる音楽、自分にとって最も正しいと感じる音楽、ということです。それは自分と同じ仲間に呼ばれるようなもので、その声を聴くだけで、それが自分の仲間だということがはっきりと分かるものです。理屈抜きにぴったり正しいと感じるんです。

(中略)

それが何であるのか、生理学的に何がどうして起こっているかまでは知ったことではありませんが、ご質問にお答えすると、「For the Love of You」は、とにかく気持ち良いんです。リードラインに、あの歌声に、ただやられてしまうんです。その気持ちがどこから来るのかというと、それは生まれ持ったものである、としか言い表せないと思うんです。
「ホームベース。それは自分が住むストリートのことなんだ (Home base. It's the street where you live)」
プリンスは、その大切さに気付いていたからこのように言っていたんだと思います。

また、そのうえでプリンスは、ホームベースではない別の区域を訪ねてみたり、他の音楽を楽しんだりしても構わないと考えていました。そしてこの考え方は、ある種の真実を含むものなんだと思います。サルサでもジャズでも、あるいはフォークロックでも何でも構いません。時には別のストリートに出掛けて楽しむのです。しかし、あなたのホームベースは、いつだってあなたが最も愛する何かを持っているのです。

(中略)

スーザン: 心理学的な側面から少し脱線させてもらうと、なぜ女性はファルセットで歌う男性に惹かれるのかという話があります。エディー・ケンドリックストミー・ジョーダン (スーザンがプロデューサーとして関わった Geggy Tah というバンドのボーカル) など、非常に高い音域で歌うことができる人達のように。それは何を物語っているのでしょうか? きちんと検証されていることではありませんが、ひとつの答えとして、高音域で歌うことができる男性は「僕は親しみやすくて、怖くない人なんだよ。僕は低く粗暴な声を持った男とは違うんだよ」という含みを持っている、ということがあります。確かに研究室の実験では、女性は低く男性的な声の方を好みます。低い声は男性ホルモンの象徴であり、女性はそういった男らしさを好みます。しかしその一方で、高音のファルセットで歌う男性の声を聴くと、それはもうたまらなく魅力的に聴こえるんです。

私の言っていることに頷けますか? またこれは女性の歌声についても同じことが言えます。女性が吐息が漏れるような抑えた声 (breathy voice) で歌う時、「私は子供を優しく育むことができるし、子供にいつも怒鳴りつけるようなことはしない。私は家庭に平和をもたらす」というシグナルを男性は感じます。そして、高音のファルセットで歌う男性もまた、「僕は威嚇的な怖い男ではない」というシグナルを発します。しかしそれだけではありません。それは同時に大きなパワーを持っていることをも象徴するのです。男性は自然に歌おうとすると低い胸声が出ます。なので、男性が高い頭声を出すと思いがけない良さを引き出すんです。それはその人が一段上のギアを持っていることを示します。同じように、自然に歌うと高い頭声が出る女性が声を落として胸声を歌うと、それもまた魅力的に響きます。それはその人が並の歌手以上の能力を持っていることを示します。

(中略)

そしてソウルミュージックにはとても得意なことがあります。それは「動かないこと」によってテンションを生み出せることです。一方で、ロックミュージックには大きなダイナミクスがあります。ヴァース↓ コーラス↑ ヴァース↓ コーラス↑ (この部分、ソウルミュージックとの対比を強調するためか、スーザンは少し茶化したような面白いしゃべり方をします)、その後は展開を変えてブリッジを入れ、またコーラスをするかブレークダウンを入れる、といったように、押すのと引くのを繰り返すダイナミクスがあります。しかし、ソウルミュージックでは、テンションはその場に留まり続けることから生み出されます。動かずにただその場に留まり続けるんです。プリンスがリハーサルで指示を出す時にいつも言っていた言葉があります。プリンスは、グルーヴがスイートスポットに入るとこう言うんです。
「Don't move. Don't move. / 動かないで。動かないで」
これはとても気持ち良いものなんです。そして、アイズレー・ブラザーズの「For the Love of You」は正にそれを完璧にやっているんです。

(中略/「For the Love of You」のどこが素晴らしいのか、具体的なポイントの解説など)

トーステン: 初めて「ああ、これが私の求めていたものだわ。これが私がやりたいことだわ」と感じた時のことを覚えていますか?

スーザン: そうですね。それは「これは私の求めていたものではないわ」と気付いた時だったかもしれません。そして、それはビートルズでした。当時私は7才で、ビートルズは凄い人気でした。初めてビートルズのレコードを手にした時のことを思い出すんですけど、それで感じたのは、「これって… 分からないわ。どうもこれは私にはグッとこない」ということだったんです。でもそれを口に出して言うことはしませんでした。なぜなら私はまだ7才で、よりによって私が聴いていたのはビートルズだったんですから。まだ小学2年生なのに村八分にはなりたくないでしょう? でも私は思ったんです。「私は音楽を聴くのが好き。だけどこの音楽は、他の人たちが言うようには私に訴えてこない」と。そしてその後、私はラジオでスライ・ストーンを聴いて「これよ。私が言いたかったのはこれなのよ」っていう体験をしたんです。こちらの方が私にはより合っているように感じられたんです。

(中略)

だから私たちは、子供の頃から自分がどういう人間なのかを知っているんです。大人は大抵その邪魔をします。社会や世間のプレッシャーも邪魔をします。そうして私たちは、あれやこれやと特定の音楽を好むように押し付けられ、形づけられます。私たちは、言うことを聞く良い子供でいたいと思います。しかし、音楽的な意味での、自分が住むストリートというものは、実はその向こう側にあったりするものです。本当は、私たちは幼い頃からこのことを知っているのではないかと思うんです。

ほんの一部を抜き出しただけでも、個人的には興味深いことを言っていると思います。ここで語られている4つの点を抜き出しておきます。

  • 音楽における「ホームベース - 自分が住むストリート」という意識。これが複雑な生い立ちや社会環境の元で育ったプリンスの言葉だというのがまた興味深いです。
  • 自然には低い胸声が出る男性がファルセットで歌うこと、また、自然に高い頭声が出る女性が声を抑えて歌うこと、それぞれの魅力。
  • ソウルミュージックの「動かないこと」によってテンションを生み出すという、洋楽ロックにはない特徴。また、これは私が子供の頃から慣れ親しんだ邦楽ヒットチャートの音楽とは完全に対極にある特徴なので、私は最初、「動かない」タイプのプリンスの曲を聴いて不思議に感じたのを覚えています。
  • 「ホームベース - 自分が住むストリート」を知ることについて、スーザンが子供の頃に体験したこと。そして子供の感性を尊重するということ。

この話から、私のホームベースって何だろう? と考えたのですが、私には音楽の素養がないためか、音楽ジャンルとしてこれだ、というものは私にはないように思います。ただ、冒頭で挙げた5曲がなぜ私にとって特別なのかということについては、自分の中で答えが得られたように思います。これらの曲が具体的にどんな共通点を持っているかについては上手く説明できませんが、私の中で、これらは理屈を超えたところでぴったり正しいものだと感じます。これらの曲は、自分のホームベースに存在する曲なんだと思います。

ちなみに、スーザンの紹介したアイズレー・ブラザーズの「For the Love of You」とはこんな曲です。