私には小さな娘がいます。娘はハッピーな歌が大好きです。でもその一方、かっこ良くても少々キツく感じられる曲や、美しくても暗い曲をかけると「このうたきらい!」といって拗ねてしまいます。そんな娘は、車でこの曲が流れるとコーラスで歌い出します。

きー、ぶれきみー、だーうん、だーうん、だーうん♪

また、「Last December」など似たような雰囲気のイントロが流れると、「これ、だうんだうんのうた?」と聞いてきたりします。「だうんだうんのうた」は、未発表曲「びーまいみらー」と並んで我が家の2大ハッピーソングです。

「Breakdown」は不思議な曲です。"This could be the saddest story ever been told / これまでのどんな話よりも悲しい話かもしれない" と歌われ、途中胸を引き裂かれるようなボーカルもありながら、その雰囲気は悲しみ一色ではありません。サウンド面では、コーラスのボーカルは「だーうん、だーうん、だーうん♪」と下がっていく反面、伴奏は逆に上がっていきます。レーザービームのような奇妙な効果音も相俟って、曲全体の雰囲気は下がるどころか不思議な高揚感に包まれています。常識の範疇で考えると、この高揚感のある音楽は、かつてないほどの悲しい話とは全く釣り合っていません。

カルチャー・クラブの Karma Chameleon (カーマは気まぐれ)

プリンスはどうして「Breakdown」をこんな不思議な曲にしたのでしょうか。個人的にそのヒントを教えてくれると思った話を、スーザン・ロジャースがしていたので紹介します。下のリンクは、プリンスが好んで聴いていた曲をスーザンが取り上げて解説をしてくれたものです。その中で、32分50秒頃から始まるカルチャー・クラブの「Karma Chameleon」とスーザンの解説を聴いてみます。

HEADPHONE HIGHLIGHTS - Dr Susan Rogers: Songs Prince Listened To - 2nd May 2017

続いて聴くのはカルチャー・クラブの「Karma Chameleon」です。80年代初期、音楽界にニューウェイヴのブームが興りました。そのルーツには芸術界からの影響がありましたが、その芸術性は主にアーティストの外見や見た目に反映されました。シンディ・ローパーやボーイ・ジョージなどのように。彼女や彼らは見た目こそは大胆でしたが、そのモダン・ハッピー・ポップな音楽は至ってシンプルなものでした。

このようなハッピーでポップな感触を持つ音楽を作るのは、想像するよりも遥かに難しいものです。悲劇を作るのは喜劇を作るよりも簡単です。バラードや切ない曲を作るのは、ハッピーな曲を作るよりも簡単なのです。なぜならば、悲しみは言うならば崩すだけで得られるものですが、ハッピーな感覚は、ニュートラルな位置からエネルギーを積み上げて、上昇を重ねてやっと得られるものだからです。今聴いている「Karma Chameleon」という曲は、言葉の選択も秀逸で、アレンジも秀逸で、抗うことができないハッピーな感覚を持っています。パープルレインの時期、「Karma Chameleon」はプリンスのお気に入りで、プリンスはこの曲を繰り返しかけていました。

プリンスのディスコグラフィーを振り返ると、あれだけバラエティーに富んだ曲が無数にありながら、気持ちを沈ませるような悲しい曲は異常とも言えるほど少ないことに気付きます。実際、そのような曲をひとつでも良いのでぱっと具体的に挙げることができるでしょうか? 結構難しいのではないかと思います。

プリンスほどの能力があれば、悲しいバラードを作ってヒットさせるのは難しいことではなかったはずです。しかしプリンスはそういうことはしませんでした。プリンスはそのような行為を意図的に避けていたのだろうということが、私は今になってようやく分かってきました。

ここで紹介されている曲のリストは以下になります。プリンスもごくごく普通の音楽を好んで聴いていた、というのがとても興味深く面白いです。

  1. Joni Mitchell - A Case Of You
  2. Sylvester - (You Make Me Feel) Mighty Real
  3. Funkadelic - Let's Take It To The Stage
  4. James Brown - Mother Popcorn
  5. Kate Bush - Running Up That Hill
  6. Santana - Jungle Strut
  7. Culture Club - Karma Chameleon
  8. The Cars - Drive
  9. Whitney Houston - You Give Good Love
  10. Sly & The Family Stone - Dance To The Music
  11. Scritti Politti - Wood Beez
  12. Joni Mitchell - Help Me

Nothing Compares 2 U (プリンスのオリジナルバージョン)

最近、プリンスがガイドボーカルをとった「Nothing Compares 2 U」が公開されました。The Family プロジェクトのデモはこの曲を除いて以前から全て流出していたので、てっきりプリンスのオリジナルバージョンの「Nothing Compares 2 U」はもうこの世に存在しないのかと思っていたところ、これは嬉しいサプライズでした。

しかし何よりも嬉しかったのはその中身です。この曲のオリジナルバージョンは、シネイド・オコナーのカバーで知られるようなストレートな悲しみを表現した曲ではありませんでした。プリンスのオリジナルバージョンは、それとは正反対に、聴くと抑えようもなく嬉しい気持ちが湧き上がるような、温かみを持った素敵な曲だったのです。エリック・リーズのサックスから、個人的には「Wally」も思い出しました。

ところで、この曲には長年個人的に引っ掛かっている部分がありました。以下の部分など、純粋なラブソングとしては少し違和感を覚える歌詞が混ざっているように思えたのです。ちなみにシネイドバージョンでは "living with YOU" と歌詞が変更されていますが、オリジナルの歌詞は "living with ME" です。

All the flowers that U planted, mama, in the backyard
All died when U went away
I know that living with me baby was sometimes hard
But I'm willing 2 give it another try
君が裏庭に植えた花は
君が去ってから全て枯れてしまった
君にとって僕と暮らすのは楽ではなかったことは分かっている
でも僕はもう一度やり直したい

一般にはこれまで、この曲はスザンナ・メルヴォワンに捧げられたという話が知られていました (ただしスザンナ自身はプリンスから直接そのようなことを言われたことがないため深い言及を避けています)。このため歌詞の背景についてはあまり深くは考えたことがなかったのですが、Duane Tudahl の本を読むといくつかの関連話が書かれています。特にスーザン・ロジャースの話は興味深く、長年の個人的な疑問が解ける思いでした。スーザンによると、当時ハウスキーパーとして働いていた Sandy Scipioni という女性が、家庭の事情でプリンスの元を去ってしまったことがこの曲のインスピレーションになっているという話です。何だかクリックベイトみたいなタイトルが付けられていますが、この話は日本語でも読むことができます。

また、ジェローム・ベントンは自身の私生活がこの曲のインスピレーションになったのではないかと考えているそうです。ジェロームはプリンスに私生活の相談をよくしており、当時、恋人との婚約が遠距離生活で破棄になってしまったことからこの曲の歌詞ができたのではないかと話しています。

この曲が生まれた切っ掛けについては色々な話がありますが、歌詞の意味深さからトリビュートで演奏されることも多く、今では「Nothing Compares 2 U」は「Purple Rain」などと並んで数えられるようなプリンスの代表曲となっています。