「Breakdown」は、2014年のアルバム「Art Official Age」に収録されている曲です。

この曲には特別感があります。プリンスを長く聴いている人であれば、誰もがこの曲に特別な感情を抱くものだと思います。実際、プリンス自身もこの曲をお気に入りとして言及しています。プリンスは、アルバムの製作中に出演した Arsenio Hall Show で、ホストのアーセニオに最近のお気に入りの曲を訊かれた際にこの曲の名前を挙げています。そして、この曲に合うようなアルバムを作り上げるために、残りの曲を急がずゆっくり準備している、といったことを当時のプリンスは答えています。

しかし、それだけではこの曲の特別さを十分には説明しきれていないのではないでしょうか。「Breakdown」は表面的に感じるシンプルさとは裏腹に、曲そのものに色々と引っ掛かるところがあり、ただの音楽として聴くにはあまりにも複雑な思いが去来します。その思いを上手く言葉するのは難しいのですが、この曲を和訳する前にいくつか余談を挟みたいと思います。


私は2000年代後半からプリンスから遠ざかっており、「Art Official Age」は購入こそしていたものの、アルバムの封を開けたのは2016年を過ぎてからのことでした。車の CD プレイヤーに封を開けたばかりの CD を入れ、何の予備知識も持たずにこのアルバムを聴き始めました。そして「Breakdown」が流れ、穏やかな曲だなと思いながら聴いていたところ、途中、プリンスのボーカルがこれまで聴いたこともないような尋常ではない声になり、私の目は点になりました。プリンスのバラードには後半何かしらのサプライズがあることが多いものですが、これには長年プリンスを聴いてきた私も一瞬思考が止まりました。

プリンスはどうしてあんな聴いたこともないような声を出したのだろう・・・「Breakdown」の歌詞を確認すると、確かにどこかが普通でないと感じます。しかし、それが何であるのかがよく分かりません。プリンスの作品を初めて聴くときにはよくあることですが、これが凄い曲なのか、そうでないのかすらよく分かりません。いや、ボーカルパフォーマンスからして凄い曲であることは間違いないのですが、とにかくよく分かりません。

いずれにせよ、「Breakdown」は人によって様々な思いが交錯し、聴き手に解釈を委ねられる曲です。この曲についてはいくつか余談を書こうと思いますが、まずは私がこの曲の冒頭の歌詞から真っ先に頭に浮かんだことについて書くことにします。

隆慶一郎 「花と火の帝」

「Breakdown」は次の歌詞から始まります。

Listen 2 me closely as the story unfolds
This could be the saddest story ever been told
これから僕が話す物語をきちんと心を傾けて聴いてほしい
これまでに語られたどんな話よりも悲しい話かもしれないから

最初からいきなり引っ掛かる歌詞です。皆さんはこの歌詞をどう思うでしょうか? 世の中には沢山の恵まれない人々がいます。プリンスのような成功者に、かつてないほどの悲しい話を語る資格などない、と批判的な思いを抱くかもしれません

しかし、私は全くそうは思いません。

知らない方が多いと思うので恐縮ですが、ここで私が思い出すのは隆慶一郎の小説「花と火の帝」の一節です。「花と火の帝」は、天皇の隠密となる岩介を主人公として、後水尾天皇と江戸幕府との暗闘を描いた伝奇的な時代小説です。そして私が思い出す一節とは、主人公の岩介が、後に後水尾天皇となる少年・三宮政仁親王と初めて出会う場面です。

今、無事に馬を降り立った少年の前に坐って凝視を続けるうちに、その怒りの種々相が漸く見えて来た。そしてどの怒りも、その背後に深い悲しみを隠していることを知った。(中略) 絶えず激烈な、それだけに危険な動きに身を委ねていなければ、悲しさが心を破ってしまいそうになる。それほど少年は不倖せだった。
<まだ十四やないか>
岩介は正確に少年の齢を読んだ。
<たった十四でそないに不倖せなんか>
どんなに貧しい家の子でも、或いは肉親を持たぬ浮浪児でも、これほどの不倖せの中にはいまい。岩介はそう感じた。天皇の御子として生れて来なければ、遥かに安楽で自由な青春がこの少年を待っていた筈である。
<素晴しい>
気の毒に、などと岩介は思わない。大いなる不幸は屡々大いなる栄光を呼ぶことを、岩介は知っていた。
だが同時に、大いなる不幸はまた大いなる破滅をも呼ぶ。
大いなる栄光を呼ぶか、大いなる破滅を呼ぶか、それは全く本人の志の高さと、時の運による。
どちらも岩介の思い通りになることではなかった。岩介に云わせれば、だからこそ面白い。意のままになることにしか関ずらわない人生など、何が面白かろう。力の限りを尽して、尚且つ成り行きの不明なことにこそ、生涯を賭けて悔いない悦びがあるのではないか。
<このお方に賭けた>
ほとんど一瞬のうちに、岩介はそう決意していた。

無想転生

ここから先は・・・まあ個人的にどうしても思い出してしまうことなので仕方がありません。もう一度、最初の歌詞に注目します。

Listen 2 me closely as the story unfolds
This could be the saddest story ever been told
これから僕が話す物語をきちんと心を傾けて聴いてほしい
これまでに語られたどんな話よりも悲しい話かもしれないから

何か見えてこないでしょうか? かつてないほどの悲しみ・・・悲しみを知り、悲しみを背負った人間のみに成しうるもの・・・そうです。北斗神拳の無想転生です。

無想転生とは言わずと知れた北斗神拳の究極奥義です。漫画「北斗の拳」では、北斗神拳の伝承者が末弟のケンシロウに決定すると、長兄ラオウは己の野望のために門を出る意思を固めます。先代の伝承者であるリュウケンは、北斗神拳一子相伝の掟に従いラオウの拳を封じようとしますが、逆にラオウに返り討ちに合います。

ラオウ: わが師リュウケン 最後にひとつきこう / 北斗神拳に無想転生という究極奥義があるときく / それはどんな奥義だ

リュウケン: フ……それはわしにも教えることができぬ / なぜならば北斗二千年の歴史の中で それを体得したものはおらぬ

ラオウ: なにィ!!

リュウケン: この世で最強のものは無… その無より転じて生を拾う / それが無想転生
ラ…ラオウ うぬがいいかに強大になろうとも この奥義だけはつかぬ!!
な…なぜならば うぬは… / あまりに強大な その野望ゆえに… 哀しみを知らぬ
そ…それは哀しみを背負った人間のみがなしうる…

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聖帝サウザーと聖帝十字陵

続いての歌詞はこうなります。

I used 2 want the house with the biggest pool
Reminiscing now, I just feel like a fool
昔の僕は、巨大なプール付きの家が欲しかった
今振り返ると、なんて愚かだったのかと思う

巨大なプール付きの家・・・最初歌詞を確認したとき、なぜ続いてこのような言葉が出てくるのか不思議でなりませんでした。私にはプリンスが豪華な別荘などに強いこだわりを持っているイメージがありませんでしたし、かつてないほど悲しい話、という前置きからいきなりこんな歌詞になるのも何かおかしな感じがしました。どのように話を繋げたらいいのか分かりませんが、私は聖帝サウザーの聖帝十字陵を思い出しました。

南斗六聖拳の聖帝サウザーは漫画「北斗の拳」の登場人物です。サウザーは自身の権威を誇示するために聖帝十字陵を建立しますが、北斗神拳伝承者ケンシロウに敗れます。誰よりも愛深きゆえに愛を捨てたサウザーは、最後に敬愛する偉大なる師オウガイの遺体に寄り添い、息絶えます。そして聖帝十字陵はサウザーと共に崩れ落ちるのでした。

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breakdown-souther-2
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とりあえず今回はここまでです。余談はもう少し続きます。