今回は、私がプリンスの新作を追うのをやめた話をします。あまりワクワク感のない、少し気難しい話になるかもしれません。ついでにベックやディアンジェロなど、プリンスとの比較でよく名前が挙がるアーティストに対し、私が個人的に思うことを少し書きます。

私がプリンスに惹かれた理由

私は、2006年のアルバム「3121」でプリンスの新作を追うのをやめています。日本にいながらプリンスをずっと聴き続けるというのは、情報の得づらさ、まともな評論家の不在、それに作品のディストリビューションの問題など、様々な要因で大変なことなので、多くのファンが大体どこかでこのような状況を経験していると思います。私にそれが起きたのは、「3121」というタイミングでした。「3121」の話をする前に、元々私がなぜプリンスを聴き続けていたかについて、少し触れておきます。

元々私がプリンスに惹きつけられ、プリンスの音楽を聴いてきた大きな理由は、プリンスのつくる音楽に、"他の音楽には決して存在しない特別なもの" を感じたからです。

断っておくと、これはスターやアイドルに熱狂するのとは違うものです。また、ある意味でプリンスは、日本におけるウエイトトレーニングに似ており、多くの人にとって、ネガティブなイメージや間違った情報が植え付けられた状態がスタートラインになります。その反動のためか、プリンスに対して何か言及すると、何でも "プリンス愛" という言葉で片付けられてしまいがちです。しかし、私がここで言っているのは、"プリンス愛" とは全く違うものです。

この感覚を表現する適切な言葉は思い付かないのですが、これが "プリンス愛" とは違うことをはっきりさせるため、とりあえず、"おそろしさ" とでも言っておきます。この言葉は三島由紀夫の「文弱の徒」というエッセイから借りたものです。そのエッセイでは、一流と二流の文学の違いについて、次のような面白い洞察がなされています。

一人の人間をより高い精神に向って鼓舞するようにつくられていて、希望や気力、慰めを与えてくれる文学。三島は、世に溢れるこういった文学は二流品であると断定します。それに対して一流の文学とは如何なるものかというと、それは、おそろしく、危険なものであると語ります。一番おそろしい崖っぷちへ連れていってくれて、そこで置きざりにしてくれるのが「良い文学」である、と言います。しかも、それは、お化け屋敷の見せもののように、人をおどかすおそろしいトリックを使うのではなく、世にも美しい文章や、心をとろかすような魅惑に満ちた描写を通して、人を断崖絶壁へと導くのです。

プリンスの音楽は文学ではないので、この主張をそのまま重ね合わせるのは適切ではないのでしょうが、少なくともはっきり言えるのは、私がプリンスに惹かれた一番の理由は、"プリンス愛" とは全く違うものである、ということです。また、この感覚は、「この作品を聴けば分かる」というものではなく、プリンスという一人のアーティストについてより多くのことを知り、様々な知識や体験を積み重ねることにより作り上げられるものです。そして、これと同じ感覚は、他のアーティストからは決して得ることができません。たとえそれがどんなに素晴らしい歌唱や演奏であっても、どんなに素晴らしい楽曲であっても、です。

また、そもそもの話として、プリンスの音楽には、楽曲そのものに他のアーティストにはない特別な特徴があります。これについては別の機会に書くことにします。

そして「3121」でそれが消えた話

話を「3121」に戻します。音楽作品としての鋭さという点では、「3121」は2000年代の作品の中でも出色の出来です。これが優れた作品であることに間違いはありません。

しかし当時、私は徐々にプリンスの作品から "おそろしさ" が薄れてきていると感じていました。それまでもその傾向は感じていましたが、このアルバムはその決定打となりました。「3121」という作品に、私は全く "おそろしさ" を感じることがなかったのです。確かに「3121」は、音楽そのものは冴え渡っています。しかし、あくまで音楽作品の枠に収まっており、プリンスの作品には通常あるはずの、音楽というジャンルを越えた何かが欠落していると感じました。

この印象は、2004年の「Musicology」以降のプリンスの変化をもっと知っていれば、大きく変わったものと思います。例えば、円熟味を増したライブパフォーマンスなどを知っていれば、「これがプリンスが選択し、辿った道なのだ」ということをもっと感じ取ることができただろうと思います。そういえば前回の記事で、後期のプリンスの音楽が軽く薄いものに変化したことについて、「軽さ=優しさ」のように感じられる、と内部コメントをくださった方がいました。私も同じように感じます。今になって、全体のキャリアを俯瞰したうえで後期のプリンスを聴くと、その "軽さ" が何とも言えない感動を呼び起こします。

しかし2006年当時、プリンスが何をしているかもよく知らないまま、遠く離れた日本でアルバムだけを聴いていた私は、この作品を最後にプリンスの新作から離れることになりました。後に2007年のアルバム「Planet Earth」からの「Chelsea Rogers」や「The One U Wanna C」がゴールドジムでのトレーニング中に流れることがありましたが、やはりそこに "おそろしさ" はありませんでした。

また、これとは別に、「3121」にはもうひとつ困ったことがありました。当時の私は音楽を主に車の中で聴くようになっていたのですが、「3121」のサウンドは私の車のステレオとは相性が悪く、サウンドがシャープすぎて耳障りがする曲が多かったのです。悪いのはプリンスではなく私の音楽再生環境なのですが、例えば「3121」、「Lolita」、「Black Sweat」、「Love」、「Fury」などは特に不快に聴こえてしまい、プリンスに興味のない人が同乗するときは流せないので、それで聴くのを控えるようになったのも影響しています。

ちなみに、当時こういった耳障りの問題を感じず、曲自体も好きだったのは「The Word」です。ただ、曲は紛れもなくプリンスのものなのに、なぜかあっさりした曲に聴こえ、まるでプリンスでない何か別の音楽を聴いているような不思議な感じがしました。また、「The Word」の歌詞は思わせぶりで注意を惹くのですが、エホバのせいなのか何なのか、個人的にはなぜか響いてきません。

Who's gonna save us when them spiders get next 2 U?
Spinning their sticky webs around what U do?
(We gotta) safeguard against forked tongue and the treachery of the wicked 1
Get up, come on let's do something
あの蜘蛛たちが迫ってきた時に誰が僕らを救ってくれるのか?
粘る糸で巣を張り巡らし君の行いの邪魔をする
偽りの言葉と邪悪な者の裏切りから身を護らねばならない
さあ立ち上がり、何かを始めよう

ちなみに、"Get up, come on let's do something" と繰り返されるこの曲で私が思うのは、「お父さんは心配症」の次のコマです。

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ベック、ディアンジェロとプリンス

世の中には、ベックやディアンジェロなど、プリンスの影響を受けている、と言われるアーティストもいます。そういった人達ではプリンスの替わりにならないのか? という疑問が湧くと思います。結論としては「プリンスの替わりなど誰もいない」となりますが、個別の記事に書きたいと思うような話ではないし、ちょうど「3121」も少し関係する (?) ので、ここに少し書いておきます。

Amazon.com の「3121」のページに、傑作な作品紹介があるのをご存知でしょうか。

Prince is the black Beck.
プリンスは黒いベックだ。

凄い破壊力で思わずコーヒーを吹き出しそうになります。ちなみに、ベックはプリンスよりも12歳若い1970年生まれで、デビューもプリンスの15年あとの1993年であり、後進世代のアーティストです。

私の場合、ベックといえば、プリンスが1999年に「Rave Un2 The Joy Fantastic」をリリースしたときのことを思い出します。リリース当時、「Rave」はファンの間で大不評で、当時あったプリンスのファン掲示板は失望の書き込み一色になったように記憶しています。そんな中、今やプリンスは終わった、同時期にリリースされたベックの「Midnite Vultures」の方がプリンスよりもずっと凄い、という話が盛り上がりました。

あまりのベタ褒めされように、私もベックに興味を持ち、「Midnite Vultures」を買ってみました。そして実際に聴いてみて、なるほど「Rave」よりもずっと凄い、と言いたくなる気持ちは私にも分かりました。しかし同時に、これはプリンスとは全然違うとも感じました。ちなみに、このアルバムには、よくプリンスの「Adore」のオマージュと呼ばれる「Debra」という曲があります。個人的には、「これってプリンスとは全然違うじゃないか」と思います。

違うアルバムの曲ですが、ベックには、"I ain't got no soul! / I ain't got no soul! / No no no no!" と叫ぶ、プリンスだったら絶対に書かないような曲があったりします。私の感覚では、そもそもプリンスとベックは根本的なところで全く立ち位置が違うアーティストです。両者の良さはそれぞれ違います。

また、ディアンジェロの「Untitled (How Does It Feel)」もプリンスのバラードのオマージュとしてよく名前が挙がる曲だと思います。個人的には、これも「プリンスとは全然違うじゃないか」と思います。これはプリンスと比較してしまうと誰でもそうなってしまうので仕方がないのですが、ディアンジェロは行っていることの幅が狭すぎると感じます。ただ、それが独特の雰囲気に繋がっていて、それがこの人の良さでもあると思います。なのでプリンスと比較さえしなければ良いのですが、いざ比較をしてしまうと、どうしても能力の幅の狭さを雰囲気で誤魔化しているアーティスト、という印象になってしまいます。プリンスの場合、漫然と聴くとシンプルで何も特別なことは行っていないように感じられる曲でも、注意深く聴くととんでもなく色々なことをやっていたりします。