トレーニングには、実は誤りだけれども根拠がないままに正しいものとして広まってしまった俗説が数多くあります。長年トレーニングをしている人ならば、普通に誤りだと知っているものも多いのですが、あまり指摘されることがないものもあります。そのような、あまり指摘されることのない誤りだけれども、個人的には気になるものに「ラットプルダウンで肩甲骨を寄せる」というのがあります。今回はこれについて書こうと思います。

スクワットで膝を出してはいけない教

あまりアクセス数の多くないこのブログですが、その中でそれなりにコンスタントにアクセスのある記事に「スクワットで膝を出してはいけない教」があります。これは2009年の記事なのですが、実を言うと、これを公開するにあたっては多少の思い切りが必要でした。

2015年の現在ではネットを検索すると「スクワットで膝を出してはいけない」という教えに疑問を呈する日本語のサイトもちらほらヒットするようですが、当時はこれを指摘するウェブサイトは日本語では見つけられませんでした。そのため、「誰も言っていないけど、これって言っていいことなのかなあ」という疑問がありましたし、それに、たかがブログに書くだけとはいえ、お金を取って人をモノを教えるトレーナーまでもが自信満々で指導していることに対してダメ出しするのは悪いなあという気持ちもあり、少々複雑な思いがありました。

そんな折、たまたま本屋で手に取ったトレーニング雑誌で、初めて日本語ではっきりとこのおかしさを指摘した記事を目にし、「ま、いっか」となってあのブログ記事を公開した次第です。

ちなみに当時は、日本のネットでは同様の指摘をする人が見つからないことばかりが気になって、英語圏ではどうだろうというのは調べた記憶があまりないのですが、今検索してみたらたくさんのサイトがヒットしました。例えば Google で「"squat" "knees over * toes" "myth"」とすると 107,000 件ヒットします (myth とは誤った俗説という意味です)。また、結構限定されたキーワードですが、期間指定をして2009年以前としても、一応結果が返ってきます。

ラットプルダウンで肩甲骨を寄せるという誤解

えーと、この記事の本題はスクワットではなく、タイトルにあるようにラットプルダウンの話です。当初はこれをネタに記事を書くつもりでしたが、広背筋を鍛えるために肩甲骨を寄せるのがなぜ間違いなのかを説明しようと思ったら思ったよりも長文になってしまい、とりあえず別の記事に分けて「背中のトレーニングの基本」を書いたのですが、そしたら今度はこの記事で説明することがなくなってしまいました。検索でこのページに飛んできた方は、そちらの方も読んでもらえたらと思います。

こちらに何も書かないのもアレなので一応簡単におさらいします。一般的なラットプルダウンのメインターゲットは広背筋ですが、肩甲骨を寄せるという動作は広背筋の役割ではありません。広背筋の停止(稼働しやすい方の付着点)が肩甲骨ではなく上腕骨であることを考えたら、広背筋を働かせるために肩甲骨を寄せるという発想のおかしさに気付くと思います。肩甲骨を寄せる動きを入れても本来は広背筋を鍛えるのに特に貢献はしませんし (*1)、他人のトレーニングを見ると、むしろ肩甲骨を寄せてしまっているせいで軌道が脱線して広背筋から逃げるような形になってしまっていることの方が多いように思います。

説明としてはこれだけなのですが、実際にこれを誤解している人がどれくらいいるのか興味があります。ひょっとしたらこれは「スクワットで膝を出してはいけない」以上に広まってしまっている誤解かもしれません。

私は以前、ゴールドジムに加えてある大手スポーツクラブの会員だったことがあったのですが、そのスポーツクラブが教えるラットプルダウンはビハインドネックで肩甲骨を寄せるフォームひとつのみでした。その結果、見るからに広背筋にフォーカスできていないと思われるフォームで微妙な反応をしながらラットプルダウンをする人達が量産されていました。

その一方で、これを誤っていると指摘する声はあまり大きくないようです。

例えば Google で「"pulldown" "shoulder blades together"」と検索すると、「pull/squeeze/pinch/bring/retract your shoulder blades together」というように、プルダウンと肩甲骨の寄せに言及するウェブサイトが数多くヒットしますが、どれもこれもラットプルダウンで肩甲骨を寄せることは重要だと説くものばかりで、それをおかしいと指摘するサイトは出てきません。本来、肩甲骨は広背筋を鍛えるにあたって注意するポイントではないので、良い情報源では、広背筋を鍛えるという文脈で肩甲骨という言葉は普通出てきません。このため検索するときにキーワードに肩甲骨と入れてしまうと、良い情報にはなかなか辿り着くことができません。

このような状況なので、「ラットプルダウンで広背筋を鍛えるために肩甲骨を寄せる」というのは、私にとってはある意味「スクワットで膝を出さない」よりも気になる誤解です。スクワットと膝のことは多くの人に誤りが認知されていると思われるのですが、ラットプルダウンと肩甲骨についてはどれくらいの人が誤りであると理解しているのか疑問に思います。

前回と今回は背中のトレーニングについて書きましたが、基本の説明や誤りの指摘だけの内容なので、これを実際のトレーニングにどう活かしたらいいのか分からないという方もいると思います。そんな方の参考に、基本を理解しつつ正しく背中のトレーニングをすると実際どのようになるのか、次回もうひとつ記事を書こうと思います。

追記: 次の記事です。


*1) わざわざ「本来は」と断りを入れたのは、記事を書くにあたってネットを検索したら、トレーニングを経験したことがない人を対象にした実験で、シーテドロウで肩甲骨を寄せると背中内側の活動が増えるだけなく(これは当然ですよね)、広背筋の活動も一緒に増えたという論文があったからです。被験者はラットプルダウンも行っていますが、ラットプルダウンでは肩甲骨を寄せる指導はされておらず比較データはありません。既に背中のトレーニングがきちんとできている人にとってはあまり参考にならなそうに思える論文ですが、一応リンクしておきます。
Lehman GJ et al. Variations in muscle activation levels during traditional latissimus dorsi weight training exercises: An experimental study. Dyn Med. 2004 Jun 30;3(1):4.