このブログの主な話題はウエイトトレーニングやダイエットですが、ちょっと路線を外れてプリンスというアメリカのミュージシャンのことについても少し書きたいと思います。私は音楽の知識を持っておらず、また、プリンスについてもそれほど詳しいわけではないので、深く語ることはできないのですが、私なりに思うことを書いていきます。

プリンスは有名な曲を幾つか聴けば良さが分かるといったタイプのアーティストではありません。それだけではパズルのピースは埋まらず、スカスカの状態にしかならないのです。とはいえ、日本ではそういった曲さえもあまり知られていないのが実情なので、とりあえずプリンスの最も有名な曲ということで、最も商業的に成功した1984年のアルバム「Purple Rain」から2曲、「When Doves Cry」とタイトルトラックの「Purple Rain」について記事を分けて書きます。


まずは「When Doves Cry」です。これはプリンス最大のヒット曲で、アメリカでは1984年に年間1位となったシングル曲です。しかし、知らない人がこれを「へぇ、ヒット曲なのね」と思って聴くと、おそらく拍子抜けするのではないかと思います。また、「具体的にどことは言えないが、何かがおかしい」あるいは「心地良くない」と感じるはずです。

現在ではこの違和感の正体は殆どこの曲とセットで語られることなので、既知の人にとっては今さらな話なのですが、当時は多くの人が違和感を覚えながらもその理由に気付くことができませんでした。西寺郷太氏の「プリンス論」から引用します (この本、賛否あるようですが私は良い本だと思いました)。

実はこの曲、イントロとアウトロだけにしかギターが登場しないのだ。(中略) 耳を凝らして聴けば、「登場する楽器、異常に少ない!」ということがすぐにわかるはずだ。
(中略) 日本でプロの作曲家が (中略) このような構成の曲を依頼主に送ったら、「デモとはいえ、ちゃんと真面目に作って下さい、やる気ないんですか?」と100パーセント返却されるレベル。

というのは前振りで、この曲に違和感をもたらしている一番の要因はこれです。

なんとこの曲には、全編を通じて「ベース」が存在しない。

普段あまり深く考えずに音楽を聴いていると、これがどれほどの異常事態であるかは俄かには理解できないかもしれません。しかし、90年代頃から流行し出したヒップホップを始めとして、黒人音楽におけるベースラインとは、それが欠落してしまったらもはや作品として成立しなくなってしまうほどの重要な構成要素です。

通常の黒人音楽のファンクネスの肝である「踊りやすさ」は、ドラムとベースのリフレインを主軸に成り立っている。例えばマイケル・ジャクソンの<BAD><スリラー><スムース・クリミナル> (中略) <ビリー・ジーン> (中略) むしろこれらマイケルの代表曲には「ベースラインだけしかない」といっても過言ではない。

プリンスはこの曲で、黒人のダンス音楽で欠落させてはいけないはずのベースラインを外すという、極めて特殊なことをしているのです。


なぜプリンスはこの曲にベースラインを付けて心地良く踊れる曲にはしなかったのでしょうか。しかもこの曲には制作過程ではベースラインが入っており、周囲の心配をよそに独断でベースラインを抜いてしまったという逸話があります。それを紐解くにはこの曲の歌詞を知る必要があります。洋楽の常のようなもので、検索しても誤訳をされたものが主にヒットしてしまうので、拙いですが説明します。

アルバム「Purple Rain」は映画のサウンドトラックでもあります。映画「Purple Rain」は、プリンスの出身地である、アメリカ中西部の北に位置するミネアポリスという都市を舞台にしており、現実と虚構が混じり合ってプリンスの半自叙伝的な雰囲気が醸し出された映画になっています。プリンスは現実さながら The Revolution というバンドを率い、キッドという青年を演じます。そしてストーリーになぞらえてアルバムの曲が展開されます。

そんなアルバムの中で「When Doves Cry」は、プリンス演じるキッドとヒロインのアポロニアの関係について書かれた曲です。二人は惹かれ合い恋に落ちますが、成功を夢見るアポロニアは、キッドと敵対関係にあるバンド The Time を率いるモーリス・デイの元でシンガーになる道を選びます。キッドの悲壮な思いは両親の不和と重ねられます。

Dig if U will the picture / Of U and I engaged in a kiss
想像してごらん - 君と僕がキスに夢中になっている姿を
The sweat of your body covers me / Can U my darling Can U picture this?
君の体から汗が伝わり僕を包む - 想像してごらんダーリン、想像できるかい?

Dream if U can a courtyard / An ocean of violets in bloom
想像してごらん - スミレが一面に咲き渡る庭を
Animals strike curious poses / They feel the heat / The heat between me and U
動物たちが不思議そうに見つめる - 熱を感じているんだ - 僕と君との熱を

How can U just leave me standing / Alone in a world that's so cold?
なぜ僕を置き去りにできるの - この冷たい世界にひとり
Maybe I'm just 2 demanding / Maybe I'm just like my father - 2 bold
僕は求めすぎているのかもしれない - 父さんのように傲慢すぎるのかもしれない
Maybe U're just like my mother / She's never satisfied
そして君は僕の母さんのよう - 決して満足しない
Why do we scream at each other? / This is what it sounds like when doves cry
なぜ僕たちは喚き合ってしまうのだろう - まるで鳩が叫び泣くように

Touch if U will my stomach / Feel how it trembles inside
僕のお腹を触ってごらん - 中で震えているのが分かるだろう
U've got the butterflies all tied up / Don't make me chase U / Even doves have pride
君は蝶々たちを縛り上げてしまった - 君を追い駆けさせないで - 鳩にだってプライドがあるのだから

How could U just leave me standing / Alone in a world so cold?
なぜ僕を置き去りにできるの - この冷たい世界にひとり
Maybe I'm just 2 demanding / Maybe I'm just like my father - 2 bold
僕は求めすぎているのかもしれない - 父さんのように傲慢すぎるのかもしれない
Maybe U're just like my mother / She's never satisfied
そして君は僕の母さんのよう - 決して満足しない
Why do we scream at each other? / This is what it sounds like when doves cry
なぜ僕たちは喚き合ってしまうのだろう - まるで鳩が叫び泣くように

歌詞で出てくるお腹と蝶々の箇所は「have butterflies in one's stomach」という英語のイディオムをもじったもので、恋人に心を乱され胸が締め付けられていることを詩的に表現したものです。日本語とは感覚が異なり、英語では不安などで心が落ち着かなかったり心が乱されたりすることを「お腹に蝶々がいる」と表現します。

また、これも日本人には誤解を招きやすいところなのですが、この曲で出てくる鳩 (Dove) とは、公園で見る灰色の大きな鳩 (Pigeon) ではなく、シャンプーの名前になっている方の小さくて白い鳥のことです。白い鳩は愛と平和を象徴する小さな鳥です。プリンスはそれを自分に重ね、悲しみと苦しみを歌っているのす。

「When Doves Cry」はおおよそヒット曲の概念からは外れた曲ですが、結果的にプリンスの最大のヒット曲になりました。ただ、楽器構成だけでなく歌詞も含めて中身を知ると、表現されている悲壮感が理解でき、特別な曲であることが感じられると思います。