「プリンス論」(西寺郷太著、新潮新書、240ページ、2015年9月15日) を読んで気になった点です。といってもこの記事は話の本題ではなく、どちらかというと、ある2つの曲について触れるための前振りです。

と、その前に、私はこの本そのものには悪い印象を持っていないので、全体的な本の感想から書きます。「プリンス論」は、プリンスについて新書サイズで読みやすく書かれた、手軽な良い本だと私は思っています。

この本の良い所は、プリンスを知らない人でも楽しんで読める本になっていることです。例えば、テンポ (BPM) について言及された部分では、世界的に大ヒットした二つの曲、ファレル・ウィリアムス (Pharrel Williams) の「Happy」(2014年にヒット) と、マーク・ロンソンとブルーノ・マーズ (Mark Ronson ft. Bruno Mars) の「Uptown Funk」(2015年にヒット) を比較しています。「Happy」が速めの BPM 160 なのに対し、「Uptown Funk」が緩い BPM 116 なので、多くの日本人にとってはテンポの速い前者の方が気持ち良く感じられると指摘し、さらには AKB48 まで登場して、このグループのヒット曲とそれぞれの BPM を挙げ、音楽の作り手の立場から日本人が好むポピュラー音楽の傾向について話をします。アルバム「Purple Rain」から派生してこんな話題が出てくるのですが、随所に挟まれるこのような話や著者の思い出話は、プリンスに馴染みを持ってもらいたいという、著者の読者への心遣いだと思います。

とはいえ、これが評価が分かれる本であることは確かです。特に大きな批判として、内容とタイトルが釣り合っていないことが挙げられます。もしそのまま英訳して海外に発表したら総叩きにあうようなタイトルです (もっとも英語に「〜論」に直接相当する言葉ってあるんでしょうか)。ただ、これは平気で内容を表さないタイトルを付ける、出版業界の悪習の責任であり、著者にどうこうできることではなかったのかもしれません。いずれにせよ、タイトルはともかく、新書サイズの手軽なプリンス本というコンセプト自体は妥当だと思います。

全体の感想についてはここまでで、次に気になった点にいきます。

私が特に気になったのは、アフリカ飢餓救済プロジェクトである USA for Africa での、ウィー・アー・ザ・ワールド事件 (1985年) についての記述です。著者は、この件に関してはなぜかプリンス側の視点を無視し、ゴシップニュースと同レベルの議論を展開します。例えば、著者は、プリンスがこの曲の録音に参加しなかったことを「ドタキャン」と呼び、その理由を「プリンスは背が低かったから」という酷く矮小なものに歪めて記述しています。さらに悪いことに、著者はプリンスを「人生の師」と仰いだ上、プロジェクトの中心人物の一人であるライオネル・リッチーにインタビューを行い、「<ウィー・アー・ザ・ワールド>研究は、僕のライフワークのひとつなんです」とまで言い切っているので、知らない人であればこれで納得してしまう恐れがあるのがいけません。

この件についてのプリンス側の関係者による情報は、例えば、「Let's Go Crazy: Prince and the Making of Purple Rain」(Alan Light 著、2014年12月9日) などから得られます。ちなみにこの本は、「パープル・レイン プリンスが仕掛けた映画と音楽の融合(仮)」として日本語の翻訳版が2017年1月20日に発売される予定です。Alan Light の本などを含め様々な情報を元に判断すれば、「プリンス論」の記述とはかなり違った印象を抱くことになるはずです。

さらに大きな問題もあります。この件に関連して、プリンスは素晴らしい曲を2つ作っています。真摯にイエス・キリストについて歌った「4 The Tears In Your Eyes」と、プリンス自身の言葉で事件を歌った「Hello」です (ライオネル・リッチーのヒット曲ではありません。念の為)。しかしながら、本では前者がどんな曲か全く触れられておらず、後者に至っては曲名すら出てきません。よく知らない人にとってはこの感覚は分からないかもしれませんが、「ウィー・アー・ザ・ワールド」について熱く語っておきながらこの2曲を説明しないというのは、プリンスに関する書籍としては極めて異常なことです。厳しいことを言うと、この件に関する記述のみで「プリンス論」というタイトルを取り下げるのに十分たる理由になります。

また、この事件についてこれだけページを割くのであれば、個人的には1995年の「ウィー・アー・ザ・ワールド」10周年記念のパフォーマンスにも触れてほしかったところです。今度はプリンスも参加を避けられない状況で催されたこのパフォーマンスで、大胆にも、プリンスはロリポップを持ち、一人だけ歌うことを拒否してステージに立ちます。クインシー・ジョーンズがマイクを差し出しても、代わりにクインシーにロリポップを差し出して応えます。クインシーが身を乗り出して口を近付けると、サッとロリポップを引いて自分の口に戻してしまいます…笑

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他には、エホバの証人に関する話題で突っ走っている記述なども気になりましたが、「現代思想」の酷い記事と比べれば大したものではありません。ちなみに、表立ってあれを批判する人はあまりいないようですが、私にとっては、プリンスについて書かれたあらゆる出版物の中で、「現代思想」は最低・最悪です (「現代思想」のタチが悪いのは、プリンスをよく知らない人が読むとどうやら納得するような論評集になっている所です。)

一応繰り返しておくと、私はこの本に対して悪い印象は持っていません。また、最初に書いた通り、話の本題はこの記事ではなく、「ウィー・アー・ザ・ワールド」の件に関係して書かれた2つの曲の方です。続きの記事で、これらの2つの曲について触れたいと思います。