「Clouds」は、2014年のアルバム「Art Official Age」の2番目の曲です。既に前回の記事で軽く感想を書いていますが、歌詞全体を和訳して改めて取り上げることにします。

その前に「プリンスって何が凄いの?」について少し

と、その前に少し別なことを書きます。前の記事で、「Clouds」はシンプルなようでシンプルでなく、「プリンス以外に作れる人がいない」タイプの曲だと書きました。この点について個人的に思うことを少し書きます。

まず、プリンスを知らない人がプリンスを聴いたときにありがちな反応って、こういうものだと思います。

プリンスって凄いアーティストだと言われているけど、曲が単調で大したことない。実際に聴いてみても何が凄いのか分からない

この印象は的外れも良いところなのですが、実際、多くの人にとって、プリンスを聴き始めたときの出発点にはこんな気持ちが多少なりとも混ざっているものだと思います。何を隠そう、隠すことでもありませんが、私も最初はこのような感想を抱きました。このように感じてしまう理由は色々ありますが、とりあえず三つ挙げると、一つには注意深く聴かないと「単調ではない」ことに気付かないこと、二つ目として曲の構成の違い、三つ目として歌詞が分からないと表現されている世界の面白さに気付かないことがあると思います。これらの点についてもう少し詳しく書きます。

まず一点目は、注意深く聴かないと「単調ではない」ことに気付かないことです。実のところ、プリンスほど「単調ではない」音楽を作るアーティストは他にいません。「複雑」という言葉はしっくりこないので、「単調ではない」としておきます。この点に関しては、プリンスの比較対象になりうるアーティストは本当に他に誰も存在しない、と断定的に言い切って良いと個人的には思います。これはプリンスの音楽を語るうえで絶対外せない前提条件のようなものなのですが、他に類似するアーティストがいないために、逆に気付きにくいことかもしれません。そして、これは今回取り上げる「Clouds」にも当てはまります。「Clouds」を注意深く聴くと、曲の展開やサウンドの組み合わせが次々と移り変わり、特定のタイミングにしか出現しないサウンドもあり、何度繰り返し聴いてもその度に新しい何かを感じ取れるのではないか、と思えてきます。これは私にとってはプリンスと他のアーティストを分ける決定的な違いの一つです。

しかしながら、これほど決定的な違いであるにもかかわらず、不思議なことにこの視点でプリンスが語られることは殆どないように思います。例えば、(日本の) 音楽批評家は、私の印象では「それしかできないのか?」というくらいよく他のアーティストを引き合いにしてプリンスを語ります。深く考えずに名前を挙げると、ジェームス・ブラウン、スライ、ジミ・ヘンドリックス、カルロス・サンタナ、ジョニ・ミッチェルといったように。しかし、私はそういう批評は少し違うと感じるのです。なぜならば、たとえこれらの音楽を全て融合させたとしても、決してプリンスの音楽にはならないからです。誰の名前を出そうとも、ここで挙げた「単調ではない」音楽を作るというプリンスの特徴に関しては、比較対象になりうるアーティスト自体が存在しないのですから。それに、特定のアーティストの名前を出してその影響に話を限定すると、それと比較してプリンスがいかに特異な形態に変性したアーティストであるかを意識せずにはいられません。こういった点には全く触れず、他のアーティストの名前を出すだけて終わってしまうような批評を読んでも、「ふーん、それで、プリンスの批評はどこに書いてあるの?」という印象が私には残ります (一応断っておくと、これは誰が一番凄いかという議論ではなく、プリンスがそれだけ他者とは違うという話です)。

二点目は、曲の構成の違いです。プリンスの音楽を単調に感じてしまう理由としては、それが典型的な邦楽ポップスの構成に従っていないため日本人にはピンと来ないというのもあると思います。典型的な邦楽ポップスとは、私のイメージでは次のような構成で、サビの出来具合で善し悪しが判断されるような曲のことです。

1番: Aメロ - Bメロ - サビ
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2番: Aメロ - Bメロ - サビ (1番と同パターンの繰返し)
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場合によりブリッジ
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サビ繰返し (一部音階を変えるアドリブを添えて)

「いつ凄いサビが来るんだろう」といった待ち方をして聴くと、プリンスにはそういう展開にならない曲が多いために「凄いサビを待っていたのに期待と違う。プリンスって大したことない」となってしまいます。プリンスには、邦楽ポップスの「Aメロ - Bメロ - サビ」、あるいは洋楽ロックや R&B で言う「ヴァース - コーラス - ヴァース - コーラス」の展開を作らないことでグルーヴを作り出す曲が数多く存在します。また、「ヴァース - コーラス」の構成を取っていても、ヴァースとコーラスでメロディが一緒、という曲も多いです (これはプリンスを聴き始めたときに「なんでこの構成で曲が成立しているのだろう」と驚嘆する点でもあります)。

何だかくだらないことを書いてるような気もしてきましたが、ここで挙げた二点目の理由は、実際私がプリンスを聴き始めた頃に戸惑ったことです。私の場合、予め「Purple Rain」や「When Doves Cry」は聴いたことがありましたが、これらの曲を良さを感じ取ることはできませんでした。「なんだ、プリンスって有名らしいけど "パーポーレイン、パーポレイン♪" ってサビが弱いな、というか "ビートに抱かれて" に至ってはサビがないじゃないか」という感想で、歌詞も分からないので曲の根底にあるストーリーや曲に込められている感情も当然理解できるはずもなく……1991年の「Diamonds And Pearls」を中学三年の時に聴いて、私は初めてプリンスに惹かれました。

ただし、この点に関して言えば、「Clouds」の場合は前半部分だけを切り出せば一応普通のエレクトロな R&B といった感じで、コーラス (サビ) は明確に存在しています。といってもコーラスは曲の主役ではなく全体の構成要素の一つといった感じで、ヴァースも一回きりしか登場しません。「凄いサビを作って他はサビに至るまでの引き立て役」という感覚では曲を作っていないのだと思います。

ちなみに、この曲ではヴァースとコーラスがかなり明確に分かれて存在している印象を受けると思いますが、そこがまたこの曲の素晴らしいところです。それがなぜ素晴らしいかを理解するには歌詞を知る必要があるので、これについては後述します。

三点目は、歌詞が分からないと表現されている世界の面白さに気付かないことです。ノーベル賞を取るタイプの歌詞ではないかもしれませんが (苦笑)、面白さで言えばプリンスは世の中で最も素晴らしい歌詞を書くアーティストの一人です。プリンスは曲が無数にあるため例を絞って挙げるのは難しいのですが、今回の「Clouds」も含め、このブログでわざわざ歌詞を和訳しつつ曲を取り上げているのはこれが理由になります。

「Clouds」の歌詞について少し

さて、「Clouds」の歌詞を見ていくことにします。「Clouds」という曲のタイトルは、言うまでもなくクラウドコンピューティングなどのテクノロジーの進歩によりもたらされた、"Artifical (人工的)" な現代社会の変化を意識したものだと思われます。また、アルバムの内パッケージに雲の写真があるように、文字通り空に浮かぶフワフワボンヤリ (blurry) した雲をイメージしている部分もあると思います。

この曲のヴァース部分では、その「Clouds」のテーマに沿った内容が歌われます。かつて、スターと呼ばれる人物は人々を魅了する特別な存在であったのに対し、現在ではテレビのリアリティ番組で素人出演者がスターのように注目を浴びたり、インターネットのステージに立てば誰もが世の中に情報を発信したりすることができるようになりました ("All of our life's a stage / Everybody stars, reality so blurry")。また、タトゥーを入れるのはかつては特別なことだったのかもしれませんが、今では特別なことではないし、別にわざわざタトゥーなんて入れなくても良いよ、といった考えをチラリと覗かせます ("Tattoo-less and proud")。

一方で、コーラス部分は歌詞がガラリと変化します。コーラスでは「Clouds」のテーマとは一見無関係に、恋人との親密なひとときが歌われます。ヴァースとコーラスでは歌の内容が分断されており、サウンドの方も、ヴァースの少しネトッと粘るようなサウンドに対して、コーラスは一転してまるで小鳥のさえずりのような可愛らしいものになります。個人的に、この変化はこの曲の素晴らしい点の一つだと思います。要するに、この曲は「Clouds」とタイトルが付けられていますが、クラウドの "Artificial" な時代になっても、本当に大切なものは恋人との親密な繋がりだよ、ということを歌っているのです。そして、プリンスは恋人が一人シャワーで歌っているのに気付いたら、Lovesexy のカバーアートの花を持って一緒にシャワーをするのです。

また、この曲は後半の展開も面白いです。この曲のもう一人のヴォーカリストでもある Lianne La Havas が、プリンスに対して語りかけるのですが、プリンスが仮死状態に置かれた期間を明かす場面 (「Well, in fact, about 45 years / 具体的には、45年ほど」) で、声にエコーがかかります。目覚めたばかりでまだ朦朧としてるプリンスが、事実を知ってガーンとショックを受けているように思えて面白いです。

また、語りの最後に Lianne が「And we are here to help U / 私たちはあなたの助力になろうとしているのです」と言うところでは、なぜか声が変質して不気味な雰囲気になります。聴く方としては「えっ、助けてくれるって言うけど本当なの? どっちなの?」と戸惑うのですが、すぐさまコーラスのフレーズが流れて、あたかも何事もなかったように曲が展開していきます。

この語りの部分、私は可笑しくって笑いそうになるのですが、こんな聴き方で良いのでしょうか? 後になって何か深い意味が込められているのを知ってショックを受けるかもしれません。そういえば、プリンスは2009〜2010年頃に股関節手術を受けたと言われているので、だとするとその時におそらく全身麻酔を経験していることになります。その経験がこの語りのインスピレーションになっているのかな、と思ったりはしますが、それ以上の推測をする気にはならず、私にはただただユーモラスで可笑しく感じます。

この曲は YouTube に見つからないので歌詞だけ載せますが、「Clouds」は個人的にアルバムの中でも特に印象の強い曲の一つです。


Chorus:
U should never underestimate the power of
A kiss on the neck, when she doesn't expect
A kiss on the neck, when she doesn't expect
A kiss on the neck
彼女に不意にしてあげる首筋へのキスの力を決して軽く思わないで
彼女に不意にしてあげる首筋へのキス
首筋へのキス

And every time U catch her singin' in the shower
U should go and get a flower
Don't matter what the hour
Just rub it on her back, rub it on her back
rub it on her back
彼女がシャワーで歌っているのを見つけたら
それが何時であっても毎回お花を取りに行って
それで背中を流してあげて、背中を流してあげて
背中を流してあげて

In this brand new age
We do everything quick, fast, in a hurry
この新しい時代では
人々は何事も早く急いで済ませてしまう
All of our life's a stage
Everybody stars, reality so blurry
人生は全てステージと化し
皆がスターになり現実は曖昧になる
If U screamed out loud
The top of your voice wouldn't be higher than the crowd
たとえ精一杯叫んだとしても
その声は集団の中に埋もれてしまう
Tattoo-less and proud
We're getting high on something that doesn't require clouds
We don't need no clouds
タトゥーを入れずに誇りを示す
クラウドを必要とせずにハイになろう
クラウドを必要とせずに

Chorus

All over me

I wanna give U something, baby
But I wonder does it really even matter if it ain't on a stage
君にあげたい物があるんだ
だけどそれがステージの上でなければ意味があるのだろうか
If it ain't on a stage
I don't really think it matters in this brand new age
それがステージの上でなければ
この新しい時代では意味がないように思えてしまう

When life's a stage in this brand new age
How do we engage?
この新しい時代、人生がステージならば
人はどのようにして契りを交すことができるのだろう
Bullying just for fun, no wonder there's so many guns
Maybe we're better off in space
ただ楽しむために弱い者いじめをする、たくさんの銃が溢れるのも無理はない
それなら宇宙空間にいた方がましなのかもしれない

Mr. Nelson, Mr.Nelson, can U hear my voice?
ネルソンさん、ネルソンさん、私の声が聴こえますか?
Sir, we know U're a little bit groggy
ネルソンさん、少し意識が朦朧としていますね
And U're probably going to find it hard to speak
そして言葉を上手く発せられないと思います
But don't try to talk or process too much now
でも今はまだ頑張って話したり思考を働かせたりはしないでください
We just want to let U know that the medication U were given
実は私たちの投与した薬剤により
Has put U in a suspended animation for quite some time
あなたはかなりの時間に渡って仮死状態に置かれていました
Well, in fact, about 45 years
具体的には、45年ほど
But where U are now
Is a place that does not require time
しかし今、あなたは時間を必要としない場所にいます
That being said, U are completely safe
その上で、あなたは完全に安全な状況にいることをお伝えします
And we are here to help U
私たちはあなたの助力になろうとしているのです

U should never underestimate the power of
A kiss on the neck, when she doesn't expect
A kiss on the neck, when she doesn't expect
A kiss on the neck
彼女に不意にしてあげる首筋へのキスの力を決して軽く思わないで
彼女に不意にしてあげる首筋へのキス
首筋へのキス

It's in my power to love U
It's in my power to love U up
It's in my power to love U
それは君を愛する私の力の中に
それは君に愛を注ぐ私の力の中に
それは君を愛する私の力の中に

It's in my power to love U up
それは君に愛を注ぐ私の力の中に
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