プリンスの TV インタビューの動画などを見るにつけ、プリンスは公の場でとても美しい振る舞いをするなあ、とつくづく思います。穏やか、優美、上品、ユーモラス、そしてお茶目でチャーミング……しかも他人には真似することのできない唯一無二の存在感を持っています。

ところで前回は、1999年に放送された、プリンスのラリー・キング・ライブへの TV 出演を取り上げました。その番組の中で、プリンスは、不当な世評を作り上げるメディアに対して、戦うことも、怒りをぶつけることもせず、それで気にならないという旨の発言をしていました。普通、世間から不当な評価を受ければ怒りやストレスを感じるものです。そして、何とか誤解を解いて不評を払拭しようと考えるものです。しかし、プリンスは、そのような積極的な抵抗はせず、平然として不当な世評をあるがままに放置する、という選択をする人でした。

これに少々関連して、私には、長年疑問に思っていることがあります。

怒りやストレスを溜め込んで我慢するのは良くない。だから、怒りは吐き出さなればいけないし、ストレスは発散しなければいけない。

世の中ではよくこう言われます。しかし、これって嘘ではないか?と私は思うのです。といってもこの主張の前半はその通りです。確かに怒りやストレスを溜め込んで我慢するのは良くないと思います。しかし、後半は本当に正しいのでしょうか?怒りを吐き出すのは良いことなのでしょうか?ストレスを発散するのは良いことなのでしょうか?

ジャーナリストの David McRaney という人のブログ「You Are Not So Smart」に、Catharsis (カタルシス) というタイトルの記事があります。カタルシスとは、ここでは溜まった負の感情を何らかの代替手段で発散させる、というような意味です。例を挙げると、ジムに行ってサンドバッグを叩く、枕に顔をうずめて思いっ切り叫ぶ、といった行為のことです。また、世の中には皿を割ってストレス発散を促してくれるようなサービスもあるようですが、これもカタルシスと言えます。

このように積極的に感情を吐き出す行為は、一般には怒りやストレスの解消に役立つものだと思われています。しかし、David によると、心理学の実験ではこれは逆効果であることが実証されているのだそうです。David はこれをカタルシスにまつわる誤解 (誤り) と真実として、次のように纏めています。

The Misconception (誤り)
Venting your anger is an effective way to reduce stress and prevent lashing out at friends and family.
怒りを発散することは、ストレスの軽減や、友達や家族に矛先を向けてしまうのを防止するのに効果的である

The Truth (真実)
Venting increases aggressive behavior over time.
怒りの発散は、攻撃的な行動を増長させる

また、実験によると、運動でストレスを発散するというのも誤った考え方なのだそうです。怒りを原動力に運動をすると、怒りの感情は維持され、興奮レベルも高まり、結果的により攻撃的になる恐れがあるのだそうです。これも常識に反する考え方かもしれません。ただ、個人的には、この主張はとてもしっくりきます。

このブログからもう少し引用します。

If you get into an argument, or someone cuts you off in traffic, or you get called an awful name, venting will not dissipate the negative energy. It will, however, feel great.
他人と口論をしたり、運転で割り込まれたり、悪態をつかれたりした時、怒りを吐き出すのはネガティブな感情を解消させることには繋がらない。ただし、気分は良くなる。

That's the thing. Catharsis will make you feel good, but it’s an emotional hamster wheel. The emotion which led you to catharsis will still be there afterward, and if it made you feel good, you’ll seek it out again in the future.
しかし、それが問題なのだ。カタルシスは気分を良くしてくれるが、それは感情におけるハムスターの回し車だ。カタルシスの源となったその感情はその後も残存し続ける。そして、もしカタルシスで気分が良くなったならば、今後もまたそれを求めることになるだろう。

......

Smashing plates or kicking doors after a fight with a roommate, spouse or lover doesn’t redirect your fury, it perpetuates your rancor.
ルームメイト、配偶者や恋人と喧嘩をした後に、皿を叩き割ったり、ドアを蹴ったりしても怒りの矛先を変えることにはならない。それはあなたの憎しみを持続させるだけだ。

If you spank your children while infuriated, remember you are reinforcing something inside yourself.
怒りの感情を持ちながら子供を叩いてしまったら、それはあなたの内にあるものを強化しているのだと心に留めておくこと。

Common sense says venting is an important way to ease tension, but common sense is wrong. Venting - catharsis - is pouring fuel into a fire.
常識では怒りの発散は張り詰めた感情を柔らげるのに重要な方法だということになっているが、その常識は誤りである。怒りの発散 - カタルシス - とは、炎に燃料を注ぐことである。

ちなみに、このブログは書籍にもなっており、日本語の翻訳も出版されているようです。タイトルは変えられていますが、原著は同じです。


さて、常識に反して、怒りを発散するのはストレス解消の適切な解決策ではない、というのは分かりました。とはいえ、怒りやストレスを溜め込んでしまうのも避けなければいけないことです。そうなると残った解は、単に怒りやストレスを感じる状況に陥らないようにすれば良い、ということなります。これは簡単に思えて簡単ではないことかもしれません。

ここでもう一度プリンスがどんな人だったか思い出してみます。プリンスは、メディアの相手をすることよりも、ミュージシャンとして音楽を作り演奏し続けることを遥かに大切にする人でした。両者を天秤にかけたとき、音楽と向き合うことの大切さの前では、プリンスはメディアが作り上げる不当な世評と戦うことに価値を見出さなかったのだと思います。

抽象的な表現になりますが、怒りやストレスを溜め込んでしまう状況を避けるためにすべきこととは、人生でより大切なものと向き合うことなのだろう、と思います。そうすれば、何か良くないことが起きたとしても、怒りやストレスを感じる価値などない場合が沢山あることに気付くのではないかと思います。