アルバム「Prince」(1979年) のレビューです。個人的に、このアルバムは一般に認識されているよりも価値のある作品だと思っています。

はじめに

「Prince」(1979年) は、セルフタイトルを冠したプリンスのセカンドアルバムです。ファーストアルバム「For You」の心地良いソウルアーティスト路線を推し進めた作品で、商業的にも成功しました。音楽的にはデビューからここまででひと区切りついた形です。

…と、アルバム「Prince」は、このような簡単な紹介で片付けられてしまいやすい作品です。プリンスはこの後「Dirty Mind」(1980年) で大胆なブレークスルーを見せ、「Controversy」(1981年) でさらなる発展を遂げることになるため、大人しめな雰囲気の「Prince」は、これらの過激なインパクトを持った作品の影に隠れてしまいがちです。また、プリンス本人も "The second album was pretty contrived" と、「自分のためというよりラジオのためのアルバムで、コマーシャルヒットが欲しかったから作ってみた」といった旨の発言をしています。そんな背景も手伝ってか、一般的にこのアルバムはあまり重要視されていません。しかし私は、そのような評価はこのアルバムの価値を見落としていると思います。私は、アルバム「Prince」は、他のどのアーティストとも違うプリンスの音楽を初めて打ち出した、記念碑的な作品だと思っています。

「他のどのアーティストとも違う」というのは抽象的な表現なので、より具体的な説明を試みたいと思いますが、その前にこのアルバムの制作経緯について触れておきます。

1977年、プリンスはワーナー・ブラザーズと契約を結びます。ワーナーからアルバム3枚分の制作予算として $180,000 を与えられたプリンスは、ファーストアルバム「For You」のレコーディングに力を入れすぎて $170,000 費やすという、何とも微笑ましいことをやってのけます。いきなりトラブルを抱えてしまったプリンスは、この状況を挽回する必要に迫られます。そうして今度は6週間と、極端に短縮したレコーディング期間で、このセカンドアルバム「Prince」を完成させます。作品は見事ヒットし、プリンスは逆境を脱します。そして、短期間で作品を完成させる制作スタイルは、ここでプリンスに定着することになります。これ以降のプリンスは、歴史が示す通り、常軌を逸した異常なハイペースでひたすら音楽を作り続けていくことになります。

ちなみに、このためか、時間をかけて丁寧に制作されたファーストアルバム「For You」は、プリンスの作品全体の中で浮いた存在という印象を受けます。「For You」は非常に上質に仕上がった作品ですが、その反面でプリンスの本当の魅力が隠されてしまった感もあります。他の一般ポピュラーミュージックのように「表面がピカピカに加工された売り物」という感じがして、ちょっと面白いです。

とにかく、「Prince」以降のプリンスの音楽は、私にとっては他のどのアーティストとも違うものに聴こえます。その違いは感覚的にしか説明できないのですが、無理やり言語化するとこうです。

「シンプルであっても緻密、ラフであっても繊細」

こんなことを感じるアーティストは、私にとっては世界中にプリンスただ一人です。普通であれば、シンプルなものを緻密だと感じることはありませんし、ラフなものを繊細だと感じることもありません。そもそもこれらは相反する性質なので、言葉として矛盾しています。また、この感覚は「For You」を聴いても得られないので、この特徴は「Prince」以降、時間をかけずにレコーディングするようになってから出てきたものだと思います。しかし、単純にそれを真似たとしても、他のアーティストではこうはならないと思います。私には、この特徴を出せる人はプリンス以外に誰もいないように思われます。

ちなみに、少し前に取り上げた「Money Don't Matter 2 Night」のレコーディングの話も、このような背景から私にはとても興味深く感じられました。

各曲コメント

アルバム「Prince」は、全体的に穏やかで大人しい雰囲気があるものの、中身はソウルの枠を思いっ切り飛び越えて、ポップ、ロック、ファンク、カントリーからハードロックまで幅広いジャンルが混ぜこぜになっている型破りな作品です。よくよく聴いてみると優れた楽曲が満載で、特に「I Wanna Be Your Lover」「Why You Wanna Treat Me So Bad」「Sexy Dancer」「Bambi」「I Feel For You」あたりは、個人的には初期のプリンス・クラシックと呼びたいです。

また、このアルバムは素直に響く歌詞も特徴的です。曲タイトルが主語付きでひとつの完全なセンテンスになっているものは、曲タイトルの時点で既に心に響きます。「僕は君の恋人になりたい」「どうして君は僕にそんなに酷い仕打ちをするの?」「君に肉感的に惹かれて感じてしまうよ (上手く訳せません)」「ここは寂しくなってしまうよ」といった具合に。アルバムはランダムにラブソングを詰め込んだ形になっていて、全体に若さが溢れています。一部に直接的すぎて引用が憚られる表現もありますが、それを含めても不思議と爽やかな感じがします。各曲について簡単にコメントします。

1) I Wanna Be Your Lover

プリンス最初のスマッシュヒット。理屈なしで良いと思える素敵な曲です。別途ブログ記事を書いています。

2) Why You Wanna Treat Me So Bad

「どうして君は僕にそんなに酷い仕打ちをするの?」と、ひたすらヴァルナラブル (何だか気取った表現ですが、vulnerable にぴったりはまる日本語が思い浮かびません) で、少し内向きすぎる歌ですが、このアルバムのプリンスならそれもまあアリかな?という気になります。初期のオシャレなポップ・ロックの傑作。

3) Sexy Dancer

歯切れ良くリズムを刻むファンクギターが初めて登場するという意味で、プリンス初のファンク曲。ファンクとはこんなにオシャレに演奏することもできるのか、と感心するような曲です。こんなにオシャレならスーパーの西友の BGM あたりにでも使えそうだと思いきや、1分30秒頃に「ハァハァ」と場を凍らせる演出が入るので、公共の場で流すのには適さない曲です。

4) When We're Dancing Close And Slow

官能的なスロージャムです。

When we're dancing close and slow
僕らが近接してゆっくりと踊る時
I never want to let you go, no, no
僕は決して君を離したくなくなる

When we're kissing long and hard
僕らが長く強くキスをする時
I can almost taste the thoughts within your mind
僕は君が心の中で思っていることまで舌で感じられそうになる

歌詞は段々とエスカレートしていき、この先は少々ダイレクトな性表現になります。

また、この曲は基本的にはスローな雰囲気ですが、後半一時的にドラムが前に出てノリが良くなり、飽きさせない工夫がなされています。また、シュイン、シュイン、シュインと何を意味しているのか分からない効果音が入ります。プリンスが初めて大々的に効果音サービスを披露してくれる、記念すべき (?) 曲です。

5) With You

平凡かもしれませんが、個人的には特別に好きな曲です。別途ブログ記事を書いています。

I guess my eyes can only see as far as U
どうやら僕の目は君がいる範囲までしか見ることができない
I only want 2 be with U
僕はただ君と一緒にいたい

6) Bambi

後々に至るまでライブで何度も演奏されていおり、プリンス本人もお気に入りだったと思われる曲。強烈なハードロックリフがあり、ライブで化ける曲でもあります。

But you were untrue
だけど君は誠実ではなかったんだ
You had another lover and she looked just like you
君には見た目が君にそっくりな恋人がいたんだ

All your lovers - they look just like you
君の恋人たちは全員君にそっくりな見た目をしている
But they can only do the things that you do
だけどその恋人たちは君と同じことしかできない

歌詞はこのような感じで、一応ユーモラスに女性の同性愛を歌った曲です。

7) Still Waiting

ちょっとカントリーっぽくもある、アルバムでは目立たない曲。しかし何気に曲自体は素晴らしく、Peach & Black Podcast のレビューでは、ライオネル・リッチーやスモーキー・ロビンソンあたりが激しく嫉妬しそうな曲だと評していました。

一部抜き出しただけでは十分伝わらないかもしれませんが、曲にぴったりの素敵な歌詞です。

It ain't like my life is ended
それは僕の人生が終わったというんじゃなく
But more like it never started
僕の人生はまだ始まってもいないんだ

People say that I'm too young
皆は僕はまだ若すぎるって言う
Too young to fall in love
恋をするにはまだ若すぎるって
But they don't know, they really don't know
だけど皆には分からないんだ
That's all that I've been dreaming of
恋をすることが僕の夢の全てなんだって

Still waiting - I'm waiting for that love
ずっと待ち続けてる - 僕の恋を待ち続けてる
Still waiting - I wish on every star above
ずっと待ち続けてる - 頭上の全ての星に願いをかける
Still waiting - Waiting for the love to come around
ずっと待ち続けてる - 僕の恋が訪れる時を

プリンスは、「Sister」(Dirty Mind 収録、1980年) や「Schoolyard」(未発表、Diamonds And Pearls アウトテイク) で、"I was only 16♪" として早熟な世界を歌っているので、「Still Waiting」は14か15歳くらいかな、と勝手に思っています。

8) I Feel For You

1984年にチャカ・カーンがカバーしたバージョンが大ヒットしたことで知られる曲。チャカ・カーンのカバーは、チャカの名前を連呼するラップやスティービー・ワンダーなど豪華サポート陣の相乗効果で、もしリアルタイムで知っていれば1980年中頃にタイムトラベルできそうな楽しい曲です。

一方、このアルバムに収録されているオリジナルのプリンスバージョンは、穏やかな親密さを感じる曲です。両者はそれぞれに別な良さがあります。ボソッと本音を言ってしまうと、チャカ・カーンのカバーは、ヒット性と引き換えにプリンスバージョンの良い所を全て塗り潰してしまった曲だと感じます。

I wouldn't lie to you, baby
君に嘘はつかないよ
It's mainly a physical thing
主に肉体的なコトなんだ

I wouldn't lie to you, baby
君に嘘はつかないよ
I'm physically attracted to you
僕は肉体的に君に惹かれているんだ

ちなみに、後年のライブでは、"physical" は "spiritual" と言葉を入れ替えて歌われるようになります。

9) It's Gonna Be Lonely

個人的に、この曲は「プリンス印」が付いた最初のバラードだと思っています。後に作られる数々の名バラードを予感させる、ちょっとした傑作です。私にとっては少し感傷的になってしまう曲でもあります。別途ブログ記事を書いています。

Without you by my side
君が傍にいてくれないと
Don't you know that I could die, baby
分からないの - 僕は死んでしまうよ?

他アーティストのカバー

このアルバムの曲で、私にぱっと思い付くカバーは3曲あります。コリーヌ・ベイリー・レイの「I Wanna Be Your Lover」、ジル・ジョーンズの「With You」、そして大ヒットしたチャカ・カーンの「I Feel For You」です。

これらはどれも良いカバーで、プリンスのオリジナルよりもカバーの方が良いという人も沢山いると思います。しかし私は、これらのカバーを聴くと、前述した「プリンスは他のどのアーティストとも違う」ということを強く思い知らされる気がします。これらのカバーは、プリンスにはある複雑さや繊細さが失なわれており、私にはプリンスの音楽とは別物のように感じられます。

そういえば、世の中には、プリンスのカバーだけでなく、「プリンスみたい」と評される別なアーティストの曲も色々とあります。確かに実際に聴いてみると、そう言えなくもないかな、と思えるものも中にはあります。しかし、私は内心、プリンスのカバーですらプリンスにならないのに、どうして「プリンスみたい」と言えるのか、と思ったりもします。別に「だからプリンスは凄い」と声高に言いたいのではなくって、ただ、プリンスの代わりはいないんだな、と思います。

Corinne Bailey Rae - I Wanna Be Your Lover
Jill Jones - With You
Chaka Khan - I Feel for You