「名曲」

この言葉から連想するものは何でしょうか?私にとって、この言葉から最初に連想するものは、The Family の「Nothing Compares 2 U」です。

私は1976年生まれで、少し遅れて生まれた世代のプリンスファンです。私がはっきりとファンになったのは1991年秋の「Diamonds and Pearls」からで、中学3年でした。シネイド・オコナー (Sinead O'Connor) による「Nothing Compares 2 U」のカバーがヒットしたのは1990年の前半なので、この時点でこの曲は既に有名だったはずなのですが、私はラジオなどでもこれを聴いたことがありませんでした。私が初めて聴いたこの曲は、The Family のオリジナルバージョンです。

当時、プリンスファンになったばかりの私は、雑誌のプリンス特集で、プリンスのサイドプロジェクトに The Family というものがあり、その名義でアルバムが1枚リリースされていることを知りました。その短い紹介文には、『名曲「Nothing Compares 2 U」のオリジナル収録』といったことが書かれていました。ヒット曲、佳曲、良曲、楽曲を褒める言い方は色々ありますが、その特集で名曲という評価で紹介されていたのは「Nothing Compares 2 U」だけだったので、私はいつかこの曲を聴いてみたいと切望しました。

その願いは思いのほかすぐに成就しました。丁度良く、プリンスが他人に提供した楽曲を紹介する特集がラジオで放送され、そのプレイリストに The Family の「Nothing Compares 2 U」が含まれていたのです。

ちなみに、そのラジオ番組は、シネイドのバージョンではなく The Family バージョンをピックアップするところからして、ちゃんとプリンスを知っている人が選曲したものであることが窺われ、かなりツボを押さえた選曲でした。正確には覚えていないのですが、チャカ・カーンの「Sticky Wicked」や「Eternity」、ノナ・ヘンドリックスの「Baby Go Go」、パティ・ラベルの「I Hear Your Voice」などが流れたように覚えています。特にファンキーな「Sticky Wicked」は私の好きな曲です。また、締めは爽やかにバングルスの「Manic Monday」でした。とにかく、遂に私は「Nothing Compares 2 U」を聴く機会を得ました。

それは予想外の曲でした。

まず、ドラムがない曲であるということを全く予想していませんでした。そして無視しないわけにはいかないのが、一区切り毎に、リードボーカルのポール (St. Paul Peterson) に加え、スザンナ (Susannah Melvoin) も一緒になって「Ohh Oh Oh Oh Oh」と歌うところです。

「意味は分からないが、とにかくすごい自信だ!」

思えば、キン肉マンで有名なこの言葉が、人生で初めてしっくりくる状況に出会った瞬間だったかもしれません。

とにかく予想外すぎる曲でしたが、異質ではあるものの疑いようもなく大曲であると私には感じられました。また、このような、シングルヒットを狙ったとは思えない曲であっても、優れていればきちんと評価されて売れるなんて、さすが洋楽だなあ…とも思いました。後にそれは勘違いであることを知るわけですが。


その後、この曲を気に入った私は、運良くまだ廃盤でなかった The Family のアルバムも買いました。そして、どうしてもシネイドのバージョンも聴きたくなって、私はレコード屋に行ってシネイドの CD シングルを注文しました。ちなみに当時、この人は日本ではシンニード・オコナーという表記でした。

私: CD シングルの、シンニード・オコナーの「愛の哀しみ」を取り寄せてもらえますか?
店員さん: 分かりました。(用紙に記入しながら) シンニード・オコナーの「愛の悲しみ」ですね。
私: あ、そこ、「悲」じゃなくて「哀」です。

そうです。この曲の邦題は「愛の哀しみ」です。「悲」ではなくて「哀」です。私の年代では、一部の人にとってはこれは北斗の拳を意味します。

北斗の拳では、ラオウ (拳王) はケンシロウとの決戦の前に、南斗五車星の一人、山のフドウと闘うことを決意します。幼かった頃のユリアから愛を教わり善の心を持つようになったフドウですが、実は「母も知らぬ!父も知らぬ!ゆえに命も知らぬ!!」という鬼の血が流れており、過去には青年期のラオウすら恐怖で動けぬほどの男でした。ラオウは、フドウを倒すことで自身の奥底に潜む恐怖を拭い去り、完全な強さを求めようとしたのです。

時は流れ、既に最強となったラオウの前に、フドウは敵ではありませんでした。しかし、ラオウはどれほどのダメージを与えてもフドウを倒すことができません。困惑を見せつつもその理由に気付くことができないラオウに、フドウは言います。

フドウ: やはりなにもわかっておらぬ!!
(このセリフは、歌では医者のことをやるせない思いで「But he's a fool」と言う場面に相当します。)

フドウに諭され遂に真の理由に気付いたラオウは、愛の哀しみに恐怖し、なす術もなく後退りします。それはラオウ敗北の瞬間でした。

hokuto

結局、フドウは拳王軍に幾本もの矢を撃たれ倒れます。ついでにフドウに矢を放った拳王の部下たちも、怒り狂う拳王さまにゲンコツで殴られて一緒に死んでしまいます。

「愛とは…哀しみとは - 知るすべはひとつ!!」
もはやケンシロウとの勝負しか見えなくなったラオウは、自分の元にいるユリアの命を奪うという狂気の決意を固めます。


ええと、何の話でしたっけ。

そんな成り行きで、待ちに待ったシネイド・オコナーの「愛の哀しみ」が届きました。「やっとあの有名なカバーバージョンが聴ける」と期待に胸を膨らませ、私は CD を再生しました。

その感想はというと…元曲の面影を感じないほど大胆に変更された予想外なアレンジに、私は再びショックを受けました。端的に言うと、後にスザンナがインタビューで語った「fxxx, that doesn't sound like ours! (ちょっと!私たちのと全然違うじゃない!)」に似た驚きでしたが、その驚きは単にアレンジが違うことだけによるものではありませんでした。このバージョンは称賛の雨あられで、一般にはオリジナル越えという評価を得ていることを承知で書きますが、私にとっていちばんショックだったのは、私には全く心が感じられない曲になっていたことです。正直に言って、私にはこれが良い歌だとは感じられませんでした。

私はこの人のことはあまりよく知ろうという気が起きないのですが、最近もアーセニオ・ホールとプリンスに対し悪意のある中傷をして訴えられたというニュースがありましたし、シネイド・オコナーは人格に相当な問題がある人間だという印象が私にはあります。初めて歌を聴いたときには当然そこまではっきり分かったわけではありませんでしたが、何とも説明ができない薄気味悪さを私は感じました。

ちなみに、シネイドのカバーバージョンは、アレンジだけでなく、プリンスが書いた本物のオリジナルバージョンとは意味が異なる歌に変更されています。 歌詞で「All the flowers that U planted, mama」というのは、オリジナルでは一般的な女性への呼び掛けで、別れた恋人を指しているのに対し、シネイドの「ママ」は彼女の母親を指しており、母親への複雑な思いを歌ったものになっています。そして歌詞が次のように変更されています。

I know that living with "you" baby was sometimes hard
「あなた」と暮らすのは時には辛かったわ

要するに、シネイドの方には「私は悪くない、悪いのはあなただ」と、他人を責める思いが根底に込められています。シネイドバージョンの歌の背景として、どうしてもここは「me」ではなく「you」でなければならなかったのでしょうが、これは北斗の拳でいう「愛の哀しみ」とは全く逆の思考になっています。まあ、これはこれで別の良さと重みが与えられた形になっていますし、シネイドの方をオリジナルだと思っている人にはあまり気にならない点かもしれません。しかし、私はこの人に良いイメージを持ったことがないのでどうしても引っ掛かります。


「Nothing Compares 2 U」は、世の中的にはシネイドの歌なのかもしれませんが、本来プリンスが書いたのは「私に至らなかった所があるのは承知しているけれども、できるならもう一度やり直したい」という歌です。このブログでは、私の好きな、プリンスが書いた The Family のオリジナルバージョンをリンクします。


It's been 7 hours and 13 days / Since U took your love away
7時間と13日が過ぎた - あなたが私への愛を取り去ってから
I go out every night and sleep all day / Since U took your love away
私は毎夜出掛けては昼は眠っている - あなたが私への愛を取り去ってから
Since U've been gone I can do whatever I want / I can see whomever I choose
あなたが去ってから私は何だってできる - 誰とだって会うことができる
I can eat my dinner in a fancy restaurant
素敵なレストランに行ってディナーだってできる
But nothin', I said nothin' can take away these blues
だけど何もこの憂鬱を取り去ることはできない
Cuz nothing compares, nothing compares 2 U
だってあなたにかなうものなど何もないのだから

It's been so lonely without U here / I'm like a bird without a song
あなたがここを去ってからとても淋しい - 私はまるで歌を失くした鳥のよう
Nothing can stop these lonely tears from falling / Tell me baby, where did I go wrong?
どうしても悲しみの涙が流れるのを止めることができない - ねえ、どこで間違ったのか教えてほしい
I can put my arms around every girl I see / But they'd only remind me of U
他の女性と出会いこの腕で抱くこともできる - でもそれはあなたを思い出すだけ
I went 2 the doctor, guess what he told me, guess what he told me?
医者にも行ったけれども何と言われたと思う?
He said "Boy, U better try 2 have fun no matter what U do"
「何でもいいから楽しいことをしましょう」だって
But he's a fool
彼は何も分かっていない
Cuz nothing compares, nothing compares 2 U
だってあなたにかなうものなど何もないのだから

All the flowers that U planted, mama, in the backyard / All died when U went away
あなたが裏庭に植えた花たちは - あなたが去ってからみんな枯れてしまった
I know that living with me baby was sometimes hard
私と一緒に暮らして時に辛い思いをさせたのは分かっている
But I'm willing 2 give it another try
でもできるならもう一度やり直したい
Cuz nothing compares, nothing compares 2 U
だってあなたにかなうものなど何もないのだから