前回からの続きです。今から10年以上前、ボディビルをより強く意識してトレーニングをし始めた私は、「ボディビルの胸のトレーニングは何をすべきか」という根本的なことが分かっていないことに気付きました。そして、胸のトレーニングを模索する中で、大きなヒントを与えてくれる事柄が2つ起こりました。

1. ロニー・コールマンは、胸はバーベルやダンベルのプレスしかしない

これはあまり有名な話ではないような気がするので、知らない人も多いかもしれません。適当に検索して引っかかった FLEX Online の記事を引用します。

Whether he uses barbells or dumbbells, his chest-training sessions consist entirely of presses. In the past, he has done other exercises, such as flyes, but when I ask him why he doesn't do them now, he answers succinctly with a laugh, "Because I don’t need to. If it ain't broke, don't fix it."

バーベルかダンベルのどちらを使うにせよ、ロニーの胸のトレーニングセッションは全てプレスで構成される。 過去にはフライなど他の種目を行っていたこともあるが、今はもう行っていない。その理由を尋ねると、ロニーは笑って「だって必要ないからさ。壊れていないなら直すな(問題がないものは下手に変えないほうが良いという意味の慣用句)ってことだよ」と簡潔明瞭に答えてくれた。

もし興味があれば、チャンピオンとして君臨していた時代のロニーが胸のトレーニングをする動画をチェックしてみてください。全盛期のロニーがフライやケーブル・マシン種目をしているシーンは見つからないはずです。これはそのようなシーンが撮影されていないのではなく、そもそも当時のロニーはそういった種目は行っていないのです。

ロニー・コールマンという史上最高のボディビルダーが胸はバーベルとダンベルのプレスのみという単純なトレーニングしかしていないというのは、「プレスとフライは互いに補完しあい、両方行ってこそ完璧な胸を作り上げることができる」という考えが摺り込まれていた当時の私にとって驚きの事実でした。もともと「プレスで筋量を増やし、フライで形を整える」という考え方に納得していたわけではありませんが、このことは、私にとって胸のトレーニングを根本から考え直す大きなきっかけになりました。

2. プレス?フライ?

もうひとつは、ある海外のビルダー(誰かは忘れました)のトレーニング動画を見ていたときのことです。

「これからダンベルフライをするよ!」

そのビルダーはそう言うと、おもむろにダンベルプレスをやり始めたのです。

プロビルダーのダンベルフライ動画を見ると、腕を伸ばし気味に行う伝統的なフォームではなく、腕をかなり曲げつつ行っていることがよくあります。しかし、そのビルダーの場合、かなり曲げるの範囲を超えて思いっきり曲げ伸ばしして、ダンベルプレスと同じ軌道でエクササイズを行っていました。当時の私の基準ではそれはプレスと呼ぶべきものでしたが、そのビルダーはそれを自信満々でフライと呼んでいました。

これを見たとき、私は最初は戸惑い、プレスとフライを分ける境目はどこにあるのだろうと考えました。胸の種目をプレスとフライのどちらで呼ぶかは、動作の仕方で決まります。例えばだいたいの傾向として、腕の動きなら腕をしっかり曲げ伸ばしすればプレス、腕の曲げ伸ばしがあまりなければフライと呼ぶことが多いと思います。グリップはオーバーハンドならプレス、向かい合わせたグリップならフライと呼ぶことが多いと思います。

しかし、そんなことを考えるうちに、そもそもプレスとフライを分ける意味に対して疑問の念が湧き出てきました。 「胸のトレーニングで大切なことはもっと他にあるのではないか?」と、自分は胸のトレーニングの本質から遠ざかった所でどうでも良いことにこだわっているのではないかと思えてきました。

そして、その大切なこととは・・・

ボディビルの胸のトレーニングとは

上記の2つの事柄は、私にとって胸のトレーニングを考え直すのに重要なヒントになりました。そうして私は次の理解に辿り着きました。

  • ボディビルの胸のトレーニングは、大胸筋を鍛えることが第一の目的である

書いててちょっと恥ずかしくなってきました。私はここに辿り着くまでに、なんと10年近くもの歳月を要したのです。

「大胸筋を鍛える」と一口にいっても意味が取りづらいので説明します。まず、大胸筋は次のような形をしています。画像は Wikipedia からです。

wiki-pectoralis-major

大胸筋の停止(Insertion、筋肉を動かすときにより固定度が少なく稼働させる方の付着部)はただひとつ、上腕骨の上部です。 そして、トレーニングにおいてひとつの筋肉ができる動きというのは、ただひとつ、収縮と伸展をすることで起始(Origin、より固定度が高い方の付着部)と停止の両端の距離をコントロールすることだけです。 背中が複数の異なる筋群から構成される部位であるのとは対照的に、本来、胸(大胸筋)はとても単純な部位なのです。

つまり別な言い方をすると、「大胸筋を鍛える」とは、負荷に抵抗させながら大胸筋の停止を動かして、起始と停止の距離を縮めたり伸ばしたりすること(大胸筋の収縮と伸展)を繰り返すということです。

ロニーは全盛期に胸はフリーウエイトのプレスしかしなかったことと、あるビルダーがプレスのような動きを自信満々でフライと呼んでいたことに、私は最初は驚き戸惑いました。しかし、胸のトレーニングの第一の目的が大胸筋を鍛えることだということに気付くと、この2つの事柄は私にはスッと腑に落ちました。そもそもプレスかフライかというのは悩むことではなかったのです。プレスかフライかというのは言ってしまえばどうでも良いことで、胸のトレーニングは大胸筋を鍛えることだけを考えれば良かったのです。

ちなみに、「プレスで筋量を増やし、フライで形を整える」のような古くから言われる俗説を意識から追い払うために、私は次のことを心掛けてトレーニングするようになりました。

  • フライをするようにプレスをし、プレスをするようにフライをする

つまり、プレスをしているときはフライをしているつもりで行い、フライをしているときはプレスをしているつもりで行うのです。私がバーベルベンチプレスで扱う重量はせいぜい 60-70kg くらいで、50kg 程度で行うこともあります。それでまともなトレーニングになるのかとびっくりされることがありますが、私はバーベルベンチ「フライ」(そんな種目はありませんが)をしているからこの重量で十分なのです。

もちろんこれは意識だけすれば済むという問題ではなく、実際には胸のトレーニングの基本的なテクニックを習得しなければいけません。これについては別の機会に書きたいと思います。