ウエイトトレーニングを行うと、肉体を大きく変えることができます。

人によっては滅茶苦茶なトレーニングでも筋量や筋力をグングン伸ばすことができますし、トレーニングを何年か継続するうちに栄養や増量・減量に関する知識も増えてきます。その頃には「この分野に関することならもうだいたい分かった」という気になります。

しかし、さらに経験を重ねるうちに、その自信が揺らぐときが訪れます。己の知識不足や未熟さに気付き、トレーニングに対する認識を様々な側面から再構築する必要に迫られます。その過程を思うと「いったい過去の自信に満ち溢れた自分は何だったのだろう?」と奇妙な気持ちになります。

これはトレーニーなら多くの人に思い当たる体験だと思いますが、この現象を表すのにぴったりな言葉があります。



● ダニング=クルーガー効果

ダニング=クルーガー効果(Dunning-Kruger Effect)とは、未熟な人間が、自己能力の評価を誤って実際より高く見積り、未熟であるにもかかわらず優越性を錯覚してしまう認知バイアスのことです。

トレーニングにおいては自分が未熟であることを正しく認識するのにも能力が必要です。その能力が身に付くまでは、人は自分を適正に評価することもできません。

今から約20年前、デカい人はみんなバギーパンツを履いていた頃、私がトレーニングを始めた当時の世の中は今よりもずっとたくさんの「Broscience」で溢れていましたが、それにしても昔の私は沢山の勘違いをしていました。

例えば、「トップビルダーのような肉体を作るためには長い年月と厳しい努力が必要だ」とよく言われます。これが正しいかどうかはさておき、このことは「長年努力を続ければ、誰でもいつかはトップビルダーのような肉体になれる」と都合よく解釈されることもあります。長い年月を掛けて頑張れば、たまにニュースで見る巨大ロブスターのようにじわじわと大きくなって、いつかは私もトップビルダーのような肉体を作ることができるかもしれない、と当時の私は漠然とイメージしていました。

もちろん今ではそれは錯覚だったと理解しています。このことを思うと、自分の素質や限界を知るのもひとつの進歩なのかな、と思います。



● トレーニングの愉しみ - 体に良い感覚を吹き込む

自分の身の程を知った現在でも、私はトレーニングを続けています。たまに何で自分はトレーニングを続けているのだろうと思うのですが、その理由に考えを巡らせると、私はトレーニング中にあることを意識しているのに気付きます。言葉にすると少し大袈裟な感じがしますが、それは「体に良い感覚を吹き込む」ということです。

ジムに行くとき、これからやるトレーニングのことを思って憂鬱になることがありますか?

トレーニングはキツくて苦しいものだと言う人がいます。特に脚のトレーニングでそのように言います。脚のトレーニングはキツくて嫌いだ、脚の日はジムに行く前から憂鬱だと。そして、それでも(だからこそ)やらなければいけないと言います。

しかし、私の場合、そのような鬱屈した気持ちになることはありません。なぜならば、私がジムに行くときは、ジムに行く前よりもジムから帰るときの方が気分が良くなっているであろうことを予め知っているからです。ジムではトレーニングの最中に体に良い感覚が吹き込まれ、心身が充実した状態になります。脚の日も、どの部位の日だってそうです。少し変に聞こえるかもしれませんが、良いトレーニングをした後ってそのような感覚になりますよね?

中には、毎回辛くて嫌になるくらい徹底的にトレーニングしないと最高の結果は得られないと考える人もいるかもしれません。常に限界までやらなければいけないというメンタリティを持っていると、そのようなトレーニングをしないと不安を覚えるものです。また、トレーニングを終えた直後は充実感で満たされていても、翌日以降に予想外に疲れが出て、重くてだるい気分になってしまうこともあると思います。しかし、そういった類のトレーニングを習慣にしている人は注意が必要です。例えばパワーリフターだって、年がら年中限界にアタックしてトレーニングしている人などいないはずです。そんなやり方をしたら逆にパフォーマンスが落ちてしまいます。

もしハードなトレーニングを続けるうちに、良い気分と憂鬱な気分の間で心が揺れ動くようになってしまったら、それはトレーニングプログラムを見直すサインです。長い目で見れば、心身が疲弊してしまうほどの厳しいトレーニングをするよりも、バランスのとれたトレーニングをした方が良い結果をもたらすものです。

私にとって、「体に良い感覚を吹き込む」という意識はトレーニングをポジティブに捉えることに繋がっています。このことは、トレーニングを愉しんで続けるうえでのひとつのコツなのかなという気がします。