最近、スクワットが上手くできないという方とお話する機会がありました。

「OneH さんは人にアドバイスをするときに、悪いことや貶すことは言ったりしないから大丈夫だよ」

そのように人から言ってもらえるのはありがたいことです。ということでエアで矯正できないか少し試みてみたのですが、少し掴んでもらえそうな感じはあったのですが、さすがにいきなりは難しくてあまり上手く修正してもらうことはできませんでした。

実際のところ、私は別に気遣いが上手な人間ではありません。ただ、私はスクワットのような基本的なエクササイズは健常者なら誰でも綺麗なフォームでスムーズに行うことができるものだと考えています。人のフォームをチェックするとき、たとえその人が見せる動作がぎこちなく固まっていて容易には矯正できなそうなものであっても、私の頭の中には既にその人が綺麗なフォームでスムーズに動作する姿が見えています。同時に、その本人にはそのような未来の姿が見えていないのも分かります。特別な気遣いはしていないのですが、どうやったら私に見えている未来の姿をその人にも見てもらえるのか、そんなことを思いながらアドバイスをします。

● イネイブラー (Enabler)

話は変わりますが、イネイブラー(Enabler)という言葉があります。Enable とは何かを実現するとか可能にするといった基本的にポジティブな意味を持つ英語の動詞で、Enabler はその名詞形です。しかし、この言葉は文脈によっては一転してネガティブな意味を持つ言葉に変わります。

ネガティブな文脈では、イネイブラーとはある人が悪習に染まっているのにもかかわらず、結果的にその悪習を助長してしまう人のことを指します。例えば、アルコール中毒者が酒に溺れるのを止めなかったり、ギャンブラーがお金に困っているのを見兼ねてお金を貸してあげたりといったように、その人との関係が壊れてしまうのを恐れるために現実を直視した対応をとることができず、結果的に問題の悪化を助長してしまう人をこう呼びます。

● ボディビルの競技に出ること

またまた話が飛びます。ボディビルやフィジークとは何を競う競技でしょうか?

こんな私でもジムに通っていると「大会には出ないの?」と聞かれることがあります。というか最近ジムで他人から話しかけられることは殆どないので言い直すと、過去にこのように聞かれたことが何度かあります。まあ話しかける方もお世辞で言っているだけなのでしょうが、私は大会には出ません。その一番の理由は、私は自分がステージに立つのに相応しい生まれつきの素質を持っていないことを知っているからです。

身もフタもない言い方ですが、私は、ボディビルやフィジークとは生まれつきの素質を見せる競技だと思っています。
こんな俺でも いつかは光をあびながら
きっと笑える 日が来るさ
クリスタルキングでこんな歌詞がありますが、ボディビルに関しては私にはそんな日は来ません。素質というのは生まれつきのものですから、自分がそれを持っているかどうかというのはトレーニングを始めて日が浅いうちに分かるものです。極端に思われるかもしれませんが、私は素質というものは初めてバーベルを触ったその日に大体は分かってしまうものだと思っています。

しかし、素質があるだけでは大会に出ることはできません。大会に出るためには、普通のトレーニーなら行わないような厳しい調整や準備が必要です。

そのために行う努力はそれだけで賞賛に値します。当然ながら周囲の人は出来る限りサポートをしたいと思うでしょうし、ポジティブな反応をします。しかしそこに落とし穴があります。批判的な人が周囲におらず、何をやってもポジティブな反応しかもらえないと、自分がどこにいるのか分からなくなってしまう可能性があります。

大会に出場するための調整というものは、かなり早い段階で上手くいっているかどうかが判断できるものだと思います。別な言い方をすると、直前で上手くいっていないと分かったときにはもう間に合いません。例えば、4週間前のコンディションで「あれっ、思ったよりも・・・」となってしまったら気付くのが遅すぎます。見て見ないふりをしていただけで、調整が上手くいっていないことはもっと何か月も前から見る人には見えていたはずです。

素質があるのが見えているのに、準備が間に合わなかったためにそれを完全な状態で見せることができないというのは勿体ないことです。

「悪いことや貶すことを言わない」という心遣いによって周囲が適確な指摘を与えられない状況というのは、ボタンの掛け違えに似ています。ボタンの順番を間違っていたことが途中で分かっても最後で帳尻合わせをすることなどできないように、途中まで上手くかみ合っているように見えても、最後の最後で道筋を誤っていたことが露呈してしまいます。

私はトレーニングやダイエットに関しては、気を遣ってネガティブなことを言わないことよりも、「イネイブラー」にならずに現実を直視することの方がずっと大切なことだと考えています。

その人のより良い姿が未来の姿のままで終わってしまわないように。