前回の記事では、スクワットのフォームに影響を与える身体的特徴の要素として、骨格のプロポーションを挙げました。身体的特徴のスクワットへの影響を考えるにあたっては、実はそれに加えてもう一つ知っておくべきことがあります。それは股関節の構造の個人差です。この記事ではこれについて書くことにします。

その前に前回の記事を振り返ると、大腿部が際立って長いプロポーションをしており骨格的にスクワットに不利な人に対して、スタンス幅を広げることでフォーム調整に成功した例が出てきました。このように、スクワットでスタンス幅を広げることには骨格のプロポーションを補正する効果があります。人は骨の長さを自由に変えることはできませんが、スタンス幅を広くすると、それだけで実質的に大腿骨の長さを短縮するような効果が得られるわけです。

スタンス幅を広げる利点はそれだけではありません。スタンス幅を広げるとバーから膝および腰までのそれぞれのモーメントアームを短縮することになるので、理論上重量を挙げるための効率性が向上します。また、それに伴い上体の前傾が緩やかになるので下背部の負担も低減されます。また、スクワットで深くしゃがむコツが分からない人にとっては、スタンス幅を適度に広げた方が腰を深く沈めるためのコツを掴みやすくもなります。

理論上、ワイドスタンスのスクワットは高重量を挙げるのに適しているので、より高重量で拳上することを目標にトレーニングを行っている人やパワーリフティングを行っている人は、スタンス幅を調整するにあたって、まずは柔軟性が許し、きっちり腰を沈められる範囲でなるべく広くとれるスタンス幅を確認し、そこから調整を考えるものだと思います。

優れたパワーリフターには、股関節の柔軟性が優れておりかなりワイドなスタンス幅でもきっちりフォームを決められる人がいます。より高重量で拳上することを目標にトレーニングをする場合、誰もがそのようなフォームが出来るように努力すべきでしょうか?



● なぜスクワットのフォームが人によって異なって良いのか - もう一つの理由

スクワットのフォームについて調べていると、様々なサイトで言及されており個人的によく目にするページがあります。

The Movement Fix - The Best Kept Secret: Why People HAVE to Squat Differently

hip-1

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とてもインパクトのあるページなのでその中からいくつか写真を貼りましたが、ぜひ元のサイトも見てみることをお勧めします。

骨盤や大腿骨は、誰もが同じ形をしているわけではありません。このサイトの比較写真で例示されているように、骨の形状や繋ぎ目の角度には著しい個人差が有りえます。これは、さほど努力しなくても容易にワイドスクワットができる人が存在する一方で、どんなに頑張っても元からワイドスタンスに向いていない人もいることを示唆します。



● 痛みが出る動きを続けること

EleteFTS - Mistakes 101: Doing Things That Hurt by Swede Burns

もう一つ英語の記事をリンクします。最近読んで印象に残った記事です。著者はパワーリフターで、特にある女性リフターのエピソードが私には印象的でした。

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その女性は、スクワットをするとどうしても股関節に痛みが出てしまうことに悩み、整形外科でスクワットを完全に辞めるように提案されるものの、それを受け入れたくないためにはるばる 500km の距離を旅して著者の元へアドバイスを求めにやってきます。

著者はその女性に普段通りのフォームでボックススクワットをさせ、ボトムポジションで股関節に鋭い痛みが出ることを確認します。そしてそのままスタンスを 7、8cm 狭く調節させます。どうなったか予想できますか?なんと、それだけでずっと感じていた痛みが完全に消えてしまったのです。そこで今度はボックスを外して、調節後のスタンスでバーのみのスクワットをさせます。痛みはありません。60% 1RM に増やして何セットもやってもらいます。やはり痛みはありません。

著者はなぜ今までこのことを試さなかったのかと尋ねました。

「今までそうしろと言われたことがなかったから」

それがその女性の返答でした。
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スクワットのような種目を指導者の元で行う場合、人はとにかく教わったやり方に習熟しようとするものです。それは実際「正しい」フォームなので素質があればどんどん強くなります。ウエイトトレーニングというのは不思議なもので、継続すると身体を痛めることが分かっていても、それを辞めるという判断ができないことがあります。それは「正しい」ことなので最後まで切り捨てることができないのです。柔軟性の改善に取り組むなど何か別の対処方法を模索して、「正しい」ことには何とか手を付けずに状況に対応しようとします。

しかし、このような場合であっても「正しい」ことは本当に正しいのでしょうか?答えは誰の目にも明らかですよね。この場合、それは全く正しいことではないのです。別の対処方法で誤魔化そうとしても根本的な解決には至りません。根本的な解決のために必要なのは、誤魔化さないで明らかなことに向き合うこと、つまり、「正しい」ことを排除することです。種目そのものを排除できるのであればそれでも良いですし、パワーリフティングにおけるスクワットのように種目そのものを排除することができない場合は、根本の原因を排除するようにやり方を変えるという選択をすることになります。

股関節は負担を与え続けると不可逆的な障害に繋がる可能性があります。例えば有名なリフターでは Ed Coan や Dave Tate などが人工股関節置換手術を受けています。個人的には、この人達が股関節の怪我を抱えてしまったことと、かなりワイドなスタンス幅でスクワットをするリフターであることの関連性はゼロではないと思っています。



● おわりに

前回と今回とで、スクワットのフォームに影響を与えうる身体的特徴の要素を2つ挙げました。1つは骨格のプロポーション、もう1つは股関節の構造です。骨格のプロポーションを補正する1つの方法はワイドスタンスを採用することです。ワイドスタンスには他にも理論的に高重量を挙げやすくなるなどの利点がありますが、股関節の構造によっては負担が大きくなるケースがあるので注意が必要です。

勘違いして欲しくないので断っておきますが、この記事はワイドスタンスが絶対に危険だと言っているのではありませんし、ましてや股関節の柔軟性を高めるためのエクササイズやストレッチをするのが危険だと言っているのでもありません。しかし、もしワイドスタンスのスクワットで痛みや何かしらの違和感を覚えるというというのなら、そのサインは無視すべきではありません。ワイドスクワットには人によっては潜在的に障害に繋がる可能性がある、ということを認識しておくのは大切なことだと私は思います。

ということで、「スクワットで膝を出さない教」の補足から始まっていくつかスクワットについてのブログ記事を書きましたが、今回の記事でスクワットの話題は一旦終わりです。