私が大学に入ってトレーニングを始めた1990年代後半頃は、インターネットが現在のようには普及しておらず、ボディビルやフィットネス雑誌は貴重な情報源でした。当時のボディビルチャンピオンは、97年のオリンピアを最後に引退した Dorian Yates でした。Dorian の登場によりプロボディビルは大型化の時代を迎えたわけですが、その中で一番のマスモンスターは誰か?と問われたら、それはこの人、Nasser El Sonbaty でした。

私にとって今まで特別にインパクトのあったプロビルダーはといえば、Dorian Yates、Ronnie Coleman、Kevin Levrone、Victor Martinez…と頭に浮かんできますが、Nasser もまた同じように真っ先に名前が思い浮かぶビルダーの一人です。トレーニングを始めて日が浅く、とにかく大きくなりたいという願望のあった当時の私にとって、雑誌で見る Nasser の巨大なフィジークは衝撃的なものでした。

その Nasser は、去る2013年3月20日に47歳でこの世から去りました。そのほんの数日後に IFBB 創設者の Joe Weider が死去したのは知っていたのですが、Nasser のことはしばらく経ってから知りました。この時代のビルダーなら有り得ることではあるのですが、引退後はボディビルから離れ悠々自適の生活を送っているというのを昔雑誌で読んだ記憶があったので、ショッキングなニュースでした。

…ということを書こうと思ってからもう1年以上経っていたのですが、先日普段行かない店舗のゴールドジムへ行ったら、給水器近くのマガジンラックにボディビル雑誌のバックナンバーがあって、Nasser 追悼の号が目に留まったので、やっぱり書こうかなと思って書くことにしました。

下のビデオは1997年のオリンピアのものです。Dorian がベストの状態でなかったこともあり、これを見る限りではこの年は Nasser が勝ってもおかしくなかったようにも見えます。
 

Nasser の死を知って、この人がどんな人だったのか調べてみようと思ったのですが、残念ながらネットにはあまり情報はありません。でも、追悼の記事を読むとユーモアがあって面白い発言が見つかります。そんな「Nassertions」の中から気に入ったのを2つ引用します。

96年のオリンピアで失格になったとき:
I gambled and lost. But I'm not going to cry about it. I can't -- the diuretics make that impossible.

僕はギャンブルに出たが負けてしまった。しかし泣くようなマネはしない。というか、できないんだ -- 利尿剤のせいで。


トレーニングパートナーについて:
I never believed in having the crutch of a permanent training partner to urge me on. When I was studying at the University of Augsburg there was no-one standing over me screaming, "Come on Nasser, one more book!"

僕は、自分を追い込むためにトレーニングパートナーを常用して支えてもらうというのに意義を感じたことはないんだ。僕がアウグスブルグ大学で勉強していたときも、誰かに側に立ってもらって「カモン、ナッサー、ワン モア ブック!」って叫んでもらうことはしなかったよ。


●参考リンク

Nasser El Sonbaty: He Did It His Way - Muscular Development