●窒素バランスの問題など (1)

前回、タンパク質の必要量として、Lemon の1991年のレビューから持久系 1.2-1.4 g/kg、筋力系 1.2-1.7 g/kg という値を引用しました。しかしながら、全ての研究者がこの論文に同意したわけではありません。

例えば、DJ Millward という研究者は Lemon のレビューに異論を唱えています。Millward は、Lemon のレビューで引用されている研究では、正しく窒素バランスを測定できていないという問題点を指摘しています。窒素バランスの研究では、アスリートに対してはタンパク質の必要量が過大に見積もられてしまう傾向があります。

さらに Millward は、トレーニングを継続している人ではタンパク質の保持能力が向上するという研究データの存在を挙げています。これは、トレーニングを継続している人では逆に「タンパク質の必要量を減らしてもよいかもしれない」ということを示唆します。

しかしながら、ここで根拠として引用されている研究データは、一般的にアスリートが実践しているものよりも低い運動強度によるものであり、強度の高い運動を行うアスリートではどうなのか疑問が残ります。

また、これに関連して、トレーニング初期では窒素バランスがマイナスになっても、窒素バランスは数週間で戻るという研究データも存在します。つまり、「タンパク質の必要摂取量の増大は、トレーニング初期やトレーニングプログラムを強化するときのみに発生する一時的なものである」という仮説も成り立ちます。

また、Millward は、筋肉を成長させるのに必要な正味のタンパク質は、実際のところとても僅かであるという点も挙げています。

具体的な例として、体重 70kg の男性の筋トレ初心者が週に 0.45kg ずつ筋肉を付けることを考えてみます。0.45kg の筋肉には 100-120g のタンパク質が含まれるとして (他は水やグリコーゲン等)、週に 100-120g ということは、1日当たり 15-18g のタンパク質が余分に必要ということになります。週に 0.45kg という凄まじいペースで筋肉を増やしたとしても、タンパク質のグラムで考えるとこの程度です。

人間がタンパク質をどのくらい効率的に筋肉にできるか…そのような研究は存在しませんが、1g の筋タンパク質を増やすのに、食事から 2-4g のタンパク質が余分に必要と仮定してみます。そうすると、週に 0.45kg の筋肉、すなわち1日当たり 15-18g の筋タンパク質を増やすために、食事からは 30-72g のタンパク質が余分に必要になる計算になります。

70kg の人のタンパク質の RDI (0.8g/kg) は 56g です。これに 30-72g を加えると、タンパク質の摂取量は合計で 86-128g になります。体重当たりのグラムにすると、1.2-1.8g/kg になり、1991年の Lemon の推奨値とだいたい一致します。(というかそうなるように推奨値から逆算して例を作りました。)