引き続きスクワットの話です。
トレーニングプログラムを立てるにあたって、スクワットは微妙な雑念が交錯する種目です。世の中にはスクワットは絶対にやるべきだと主張する人もいれば、必ずしもやる必要はないと主張する人もいます。この議論では双方がそれぞれの理由について強い思いを持っており、どちらの言い分を支持しようか悩みます。スクワットは何とも扱いが難しくて困っている人もいるのではないでしょうか。
と、書き出したらなぜかこんな文章になってしまいましたが、本音を言うと私はこの議論にはあまり興味がなく悩んでもいません。今回の記事ではそんな雑念は忘れて、初心に戻ってスクワットについて考えてみましょう。
● スクワットのモデル
下の図はよくあるスクワットのモデルです。エクセル方眼紙に描きました。
とりあえずこのモデルには笑顔でパラレル以下までしゃがんでもらいました。
さあそれでは皆さんも真似してやってみましょう!
といっても誰もが同じようにはいくわけではないのがスクワットの複雑なところです。例として、骨格のプロポーションによってスクワットのフォームがどのような影響を受けるのか見てみましょう。
● 骨格のプロポーションの違いによる影響とフォームの調整 - かかとにプレートを敷く前にやること
最初は上のモデルを使用しようと思ったのですがあきらめました。
替わりに非常に秀逸な YouTube ビデオを紹介します。このビデオで Tom Purvis という人が言っていることはあまりにも素晴らしいので、私が頑張って説明するよりもこのビデオを見た方が遥かに良いです。
このビデオでは、骨格のプロポーションの違いがどのようにスクワットのフォームに影響を与えるかについて、実際の人間をモデルにして例示しています。そして、その上で適切なスクワットができるようにフォームの調整を施しています。モデルは2人登場しますが、まずは1人目です(ちなみにこの人はプロビルダーの Ben Pakulski です)。
上の図は1人目の人が肩幅のスタンスで自重スクワットをしたところです。脛部(正確には床から膝までの長さ)が長めで大腿部(膝から腰までの長さ)が短く、スクワットに向いた骨格のプロポーションをしていることが分かります。それでも最初のしゃがみはやや浅いですね。この後スタンスを調整し、スタンスをほんの少し広げることによりパラレル程度までしゃがんでいます。
スクワットは絶対にやるべきだと主張する人は、骨格のせいでスクワットができないなんてありえないと考えがちです。スクワットができない人なんているわけがない、そんなのネス湖のネッシーみたいなもので存在するわけがないじゃないか、と。
そしたらネッシーが出てきました。2人目のモデルです。最初は同じようにスクワットを試みるのですが、とても窮屈な格好になってしまいました。日本人でこのように大腿部が際立って長いプロポーションをしている人はあまりいないと思いますが、初めてスクワットをして上手くできなかったときの経験を覚えているならば、この人がどんな状況に陥ってるかは想像できると思います。
こんなとき、あなたならどんなアドバイスをしますか?「足首が固いからストレッチをして柔軟性を高めましょう」ですか?足首の角度を見てください。これが足首のストレッチの限界に見えますか?カーフにはまだ多少の緩みがあり、余裕があります。ストレッチをして柔軟性を高めろだなんて見当はずれもいいところです。
それとも「筋力バランスが悪いから弱いところを鍛えましょう」ですか?一体どこの筋肉を鍛えたらこの状態からこれよりも深くしゃがめるようになるというのですか?
この人は今、体幹、大腿部、脛部の各セグメントの中で際立って大腿部が長いプロポーションをしていることで制約を受けている状態です。これは柔軟性でも筋力バランスでもなく、骨格のプロポーションの問題なのです。同じフォームを選択し続ける限り、この人は永遠にスクワットで苦しむことになります。
そこでフォームを調整し、スタンスを広くとってスクワットをさせてみました。
どうですか?バーと膝および腰のモーメントアームが短縮され、体幹の傾斜が緩やかになって、かなりまともなスクワットに変貌しましたね。最初の苦しそうなフォームと比較すると劇的な変化です。
● Shear Force or Patellofemoral Force? - かかとにプレートを敷くということ
今度はこの2人目の人のかかとにプレートを敷いてみました。スクワットが上手くいかないときに真っ先に処方されることが多い対処法です。
プレートを敷いたことで確かに一応はより深くしゃがむことができるようになりました。しかし、今度は別の気になる点が出てきました。脛部がより傾斜し、Patellofemoral Force (膝蓋大腿部応力(※))が著しく増加するため、この対処法では膝を痛めるリスクが高まります。
ところで、エクササイズによる膝の障害では、Shear Force (せん断応力)という概念で危険性が説明されることがありますが、それは正確ではありません。この誤りをこのビデオでは「それは膝ではない。Patellofemoral Force だ」という言い方をしています。これをもう少し分かりやすく言うと、しゃがんだときに重心のラインから脛部のラインが大きく逸脱した場合に、膝のトルクが増加し Patellofemoral の Compression Force (圧縮応力)が著しく増大することの危険性に注意すべきだと言っているのだと思います(合っているのか少し不安)。細かい話ですが、Shear Force と Patellofemoral Force は異なるものであり、区別すべき概念です。
ちなみに、レッグエクステンションも膝に危険なエクササイズとして注意喚起されることがありますよね。特にトップポジションで強い Shear Force がかかるため危険なエクササイズなのだと。実は私にはこれがよく分かりません。私はレッグエクステンションのトップポジションを危険だと感じたことはないのですが、たまたま私が幸運なだけで、実際はこれで膝を痛める人って結構いるものなのでしょうか?私の場合、このエクササイズで膝に負担がかかると感じるのは、トップポジションで Shear Force を感じるときはなく、ボトムポジションで Patellofemoral Force が最も強くなるときです。
※ Patellofemoral Force (膝蓋大腿部応力)とは、大腿四頭筋と Patellar Tendon (膝蓋腱)のテンションにより Patella / Kneecap (膝蓋骨、膝の皿)に垂直にかかる Resultant Force (合力)です。下の図は検索して Patellofemoral Foundation というところのページで見つけました。
● スクワットの正しいフォームとは
このビデオでは、スクワットのフォーム調整を行うことに対して「Client Defined」という言葉が冒頭で出てきます。これは、予め決まった「正しいフォーム」に人間をはめ込むのではなく、正しいフォームとは個人の身体の特徴などに合わせて作り上げるものだ、という意味です。このビデオでは、その一例として、スタンスの幅や角度を調節することによってフォームの改善を図りました。
スクワットで膝を出さない教では、私は「正しいフォーム」という言葉をあえて避けて、替わりに「コツの掴み方」ということでフォーム改善のヒントを書きました。実際、スクワットはただ身体を折り曲げるだけでは上手くいかず、知らない人には少々説明しづらい、深くしゃがむための「コツ」のようなものがあります。しかし、「正しいフォーム」という言葉を避けたもっと大きな理由は今回の話が関係しています。スクワットにおいては、ある人にとって正しいフォームをそのまま自分に当てはめても必ずしも上手くいくとは限りません。自分のフォームは試行錯誤して自分で作り上げる必要があるのです。
● 2015/09/03 スタンス幅によるフォームの調整についての追記
YouTube ビデオに出てくる2番目の人は、足幅を広げてワイドスタンスにすることで上手い具合にしゃがむことができるようになりました。なぜワイドスタンスにすることであのように上手くしゃがめるようになったのか、図を使って説明を追記したいと思います。
左図は、冒頭のスクワットモデルのプロポーションを変え、体幹と脛部を縮め、かつ大腿部を伸ばしたうえで、同じようにパラレル以下までしゃがむように身体を折り曲げたものです。このように、大腿部が長いプロポーションをしていると身体を深く折り曲げないといけなくなります。腰や膝の角度が鋭く、バーとのモーメントアームも大きいので、腰や膝に負担が掛かる姿勢です。もう一見して腰が苦しそうで無理な体勢であることが見て取れますよね。
右図は、そのモデルの足幅を広げワイドスタンスに調整したものです。まず横から見たときの大腿部の長さが短縮されていることに注目してください。上から見た大腿部のイメージを下方に添えましたが、左図と右図では大腿部はただ回転させただけで長さは変えていません。左図と比較すると、腰や膝の角度が緩くなり、バーとのモーメントアームも短縮され、腰や膝の負担が軽減されていることが分かります。上体が立って腰の苦しさが軽減されているので、これなら脚のトレーニングとして使えるまともな種目になりそうです。
このように、足幅を広げてワイドスタンスにすることには、実質的に大腿骨の長さを縮めることと同等の意味があります。もちろん現実に骨の長さや骨格のプロポーションが変化しているわけではないのですが、スクワットで身体を曲げる動作の観点では、実質的にこのようにプロポーションを変化させる効果を引き出します。
トレーニングプログラムを立てるにあたって、スクワットは微妙な雑念が交錯する種目です。世の中にはスクワットは絶対にやるべきだと主張する人もいれば、必ずしもやる必要はないと主張する人もいます。この議論では双方がそれぞれの理由について強い思いを持っており、どちらの言い分を支持しようか悩みます。スクワットは何とも扱いが難しくて困っている人もいるのではないでしょうか。
と、書き出したらなぜかこんな文章になってしまいましたが、本音を言うと私はこの議論にはあまり興味がなく悩んでもいません。今回の記事ではそんな雑念は忘れて、初心に戻ってスクワットについて考えてみましょう。
● スクワットのモデル
下の図はよくあるスクワットのモデルです。エクセル方眼紙に描きました。
とりあえずこのモデルには笑顔でパラレル以下までしゃがんでもらいました。
さあそれでは皆さんも真似してやってみましょう!
といっても誰もが同じようにはいくわけではないのがスクワットの複雑なところです。例として、骨格のプロポーションによってスクワットのフォームがどのような影響を受けるのか見てみましょう。
● 骨格のプロポーションの違いによる影響とフォームの調整 - かかとにプレートを敷く前にやること
最初は上のモデルを使用しようと思ったのですがあきらめました。
替わりに非常に秀逸な YouTube ビデオを紹介します。このビデオで Tom Purvis という人が言っていることはあまりにも素晴らしいので、私が頑張って説明するよりもこのビデオを見た方が遥かに良いです。
このビデオでは、骨格のプロポーションの違いがどのようにスクワットのフォームに影響を与えるかについて、実際の人間をモデルにして例示しています。そして、その上で適切なスクワットができるようにフォームの調整を施しています。モデルは2人登場しますが、まずは1人目です(ちなみにこの人はプロビルダーの Ben Pakulski です)。
上の図は1人目の人が肩幅のスタンスで自重スクワットをしたところです。脛部(正確には床から膝までの長さ)が長めで大腿部(膝から腰までの長さ)が短く、スクワットに向いた骨格のプロポーションをしていることが分かります。それでも最初のしゃがみはやや浅いですね。この後スタンスを調整し、スタンスをほんの少し広げることによりパラレル程度までしゃがんでいます。
スクワットは絶対にやるべきだと主張する人は、骨格のせいでスクワットができないなんてありえないと考えがちです。スクワットができない人なんているわけがない、そんなのネス湖のネッシーみたいなもので存在するわけがないじゃないか、と。
そしたらネッシーが出てきました。2人目のモデルです。最初は同じようにスクワットを試みるのですが、とても窮屈な格好になってしまいました。日本人でこのように大腿部が際立って長いプロポーションをしている人はあまりいないと思いますが、初めてスクワットをして上手くできなかったときの経験を覚えているならば、この人がどんな状況に陥ってるかは想像できると思います。
こんなとき、あなたならどんなアドバイスをしますか?「足首が固いからストレッチをして柔軟性を高めましょう」ですか?足首の角度を見てください。これが足首のストレッチの限界に見えますか?カーフにはまだ多少の緩みがあり、余裕があります。ストレッチをして柔軟性を高めろだなんて見当はずれもいいところです。
それとも「筋力バランスが悪いから弱いところを鍛えましょう」ですか?一体どこの筋肉を鍛えたらこの状態からこれよりも深くしゃがめるようになるというのですか?
この人は今、体幹、大腿部、脛部の各セグメントの中で際立って大腿部が長いプロポーションをしていることで制約を受けている状態です。これは柔軟性でも筋力バランスでもなく、骨格のプロポーションの問題なのです。同じフォームを選択し続ける限り、この人は永遠にスクワットで苦しむことになります。
そこでフォームを調整し、スタンスを広くとってスクワットをさせてみました。
どうですか?バーと膝および腰のモーメントアームが短縮され、体幹の傾斜が緩やかになって、かなりまともなスクワットに変貌しましたね。最初の苦しそうなフォームと比較すると劇的な変化です。
● Shear Force or Patellofemoral Force? - かかとにプレートを敷くということ
今度はこの2人目の人のかかとにプレートを敷いてみました。スクワットが上手くいかないときに真っ先に処方されることが多い対処法です。
プレートを敷いたことで確かに一応はより深くしゃがむことができるようになりました。しかし、今度は別の気になる点が出てきました。脛部がより傾斜し、Patellofemoral Force (膝蓋大腿部応力(※))が著しく増加するため、この対処法では膝を痛めるリスクが高まります。
ところで、エクササイズによる膝の障害では、Shear Force (せん断応力)という概念で危険性が説明されることがありますが、それは正確ではありません。この誤りをこのビデオでは「それは膝ではない。Patellofemoral Force だ」という言い方をしています。これをもう少し分かりやすく言うと、しゃがんだときに重心のラインから脛部のラインが大きく逸脱した場合に、膝のトルクが増加し Patellofemoral の Compression Force (圧縮応力)が著しく増大することの危険性に注意すべきだと言っているのだと思います(合っているのか少し不安)。細かい話ですが、Shear Force と Patellofemoral Force は異なるものであり、区別すべき概念です。
ちなみに、レッグエクステンションも膝に危険なエクササイズとして注意喚起されることがありますよね。特にトップポジションで強い Shear Force がかかるため危険なエクササイズなのだと。実は私にはこれがよく分かりません。私はレッグエクステンションのトップポジションを危険だと感じたことはないのですが、たまたま私が幸運なだけで、実際はこれで膝を痛める人って結構いるものなのでしょうか?私の場合、このエクササイズで膝に負担がかかると感じるのは、トップポジションで Shear Force を感じるときはなく、ボトムポジションで Patellofemoral Force が最も強くなるときです。
※ Patellofemoral Force (膝蓋大腿部応力)とは、大腿四頭筋と Patellar Tendon (膝蓋腱)のテンションにより Patella / Kneecap (膝蓋骨、膝の皿)に垂直にかかる Resultant Force (合力)です。下の図は検索して Patellofemoral Foundation というところのページで見つけました。
● スクワットの正しいフォームとは
このビデオでは、スクワットのフォーム調整を行うことに対して「Client Defined」という言葉が冒頭で出てきます。これは、予め決まった「正しいフォーム」に人間をはめ込むのではなく、正しいフォームとは個人の身体の特徴などに合わせて作り上げるものだ、という意味です。このビデオでは、その一例として、スタンスの幅や角度を調節することによってフォームの改善を図りました。
スクワットで膝を出さない教では、私は「正しいフォーム」という言葉をあえて避けて、替わりに「コツの掴み方」ということでフォーム改善のヒントを書きました。実際、スクワットはただ身体を折り曲げるだけでは上手くいかず、知らない人には少々説明しづらい、深くしゃがむための「コツ」のようなものがあります。しかし、「正しいフォーム」という言葉を避けたもっと大きな理由は今回の話が関係しています。スクワットにおいては、ある人にとって正しいフォームをそのまま自分に当てはめても必ずしも上手くいくとは限りません。自分のフォームは試行錯誤して自分で作り上げる必要があるのです。
● 2015/09/03 スタンス幅によるフォームの調整についての追記
YouTube ビデオに出てくる2番目の人は、足幅を広げてワイドスタンスにすることで上手い具合にしゃがむことができるようになりました。なぜワイドスタンスにすることであのように上手くしゃがめるようになったのか、図を使って説明を追記したいと思います。
左図は、冒頭のスクワットモデルのプロポーションを変え、体幹と脛部を縮め、かつ大腿部を伸ばしたうえで、同じようにパラレル以下までしゃがむように身体を折り曲げたものです。このように、大腿部が長いプロポーションをしていると身体を深く折り曲げないといけなくなります。腰や膝の角度が鋭く、バーとのモーメントアームも大きいので、腰や膝に負担が掛かる姿勢です。もう一見して腰が苦しそうで無理な体勢であることが見て取れますよね。
右図は、そのモデルの足幅を広げワイドスタンスに調整したものです。まず横から見たときの大腿部の長さが短縮されていることに注目してください。上から見た大腿部のイメージを下方に添えましたが、左図と右図では大腿部はただ回転させただけで長さは変えていません。左図と比較すると、腰や膝の角度が緩くなり、バーとのモーメントアームも短縮され、腰や膝の負担が軽減されていることが分かります。上体が立って腰の苦しさが軽減されているので、これなら脚のトレーニングとして使えるまともな種目になりそうです。
このように、足幅を広げてワイドスタンスにすることには、実質的に大腿骨の長さを縮めることと同等の意味があります。もちろん現実に骨の長さや骨格のプロポーションが変化しているわけではないのですが、スクワットで身体を曲げる動作の観点では、実質的にこのようにプロポーションを変化させる効果を引き出します。