OneH

主にトレーニングとダイエットのブログ。それとプリンス。

Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey♪
Everybody sing
Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey♪
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ♪
皆も歌うんだ
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ♪

「Don't Let Him Fool Ya」は先日リリースされた「1999 Super Deluxe」の Disc 4 に収録されている曲で、ストレートで気持ちの良いファンクトラックです。プリンスは回顧録「The Beautiful Ones」の中で、ファンクという音楽について次のように述べました。

Funk is the opposite of magic. Funk is about rules.
ファンクは魔法とは対極のものだ。ファンクとはつまりはルールだ。

この曲には、手の込んだ余計な捻りや、ともすれば流れを壊してしまうコード進行の変化は一切ありません。コードを変化させないことでグルーヴを生み出せる - それがファンクの特徴の一つです。


「1999 Super Deluxe」のライナーノーツでは、ドゥエイン・トゥダール (Duane Tudahl) はこの曲の解説で、次のプリンスの言葉を引用しています。

I like to go with my intuition. Something hits me and I need to get the track down before I can move on. It's like there's another person inside me, talking to me.
僕は直感に従うのが好きなんだ。だから何かが閃いたらそれは録音しておく必要があるんだ。次に進む前にね。それはまるで僕の中に別の人間がいて、僕に語りかけてくるような感覚だよ。

この発言は元々はワーナーとの関係を断った理由を訊かれて出てきたもので、実は、この発言そのものは曲と直接の関係がありません。ドゥエインな、ぜこの発言を「Don't Let Him Fool Ya」と結びつけて紹介したのでしょうか? その理由は、つい先日公開されたばかりの The Current の「Prince: The Story of 1999」ポッドキャスト Episode 3 を聴くと分かるかもしれません。

ナレーション (アンドレア・スウェンソン、Andrea Swensson): 当時プリンスが繰り返し観ていたもう一つの映画は、1980年に公開された「The Idolmaker」でした。知名度がさほどなく、長く絶版だったこの映画では、将来のビジョンを持ちつつも独裁的でもある主人公のマネージャーが、二人の若く純真なティーンアイドルを育て上げる様が描かれます。

デズ・ディッカーソンは、プリンスと一緒にこの映画を観た人の一人です。

デズ・ディッカーソン: 「The Idolmaker」がプリンスのお気に入り映画だったことは、あの頃よく知られていたよ。プリンスはあの映画を観て、そのアップデート版 (補足: 映画は1959年のニューヨークが舞台) をやりたいと考えたんじゃないかと思う。あのアイデアはそんな風に浮かんで形になっていったんじゃないかな。プリンスはアイデアを思いついたら実行に移さなきゃ気が済まないタイプだからね。

ナレーション: プリンスのイマジネーションはさらに膨らみ、人を意のままに操るそのマネージャー役には、ジェイミー・スター (Jamie Starr) という名前まで付けられました。後にプリンスは、他のアーティストに関与する際に様々な偽名を使うようになりますが、これがプリンスが最初に使用した偽名でした。そして、プリンスのアイデアは新しい名前の考案だけに留まりませんでした。プリンスは周囲の人達にジェイミー・スターが実在の人物だと言って回ったのです。プリンスは、この派手なやり手プロデューサーの写真まで用意する周到さ具合でした。扮するのはプリンス本人、モーリス・デイの隣で、サングラスを掛けて舌を突き出し、札束を雑に扱う人物がその人です。

デズ・ディッカーソン: 人々がジェイミー・スターを実在の人物だと思ったのは凄く可笑しかったよ。ジェイミー・スターは合成された人物だ。その要素は主にプリンスだったけど、モーリスの要素もあった。そして僕も含めて沢山の人間が関与することになった。最終的にジェイミー・スターは僕等の想像の産物になったんだ。ハハッ (笑)。人は信じたいものを信じるって言うけど、その通りになったね。

ドゥエイン・トゥダール: ジェイミー・スターは実在しません。プリンスは実在すると言い張りましたが。

ナレーション: そう語るのはロサンゼルス在住の私の友人、執筆者のドゥエイン・トゥダールです。「1999」のリイシューでドゥエインと私はライナーノーツを執筆しています。

ドゥエイン・トゥダール: ジェイミー・スターはプリンスのマネージャーであり、エンジニアであり、かつスター・カンパニーのトップを務める人物でした。ですがこの人物はプリンスの創作でした。プリンスの面白さはこういったところにもあると思います。プリンスがこんな風にゲームを仕掛けると、我々は解読に何年も頭を悩ませることになります。そしてやっと謎が解けた頃にはプリンスは既に二歩も三歩も先を進んでいるんです。

ジェイミー・スターはモーリス・デイにも似た声をしていました。ジェイミー・スターはあるアウトテイクで「You're fired」とぼやいたりもしています。そしてはジェイミー・スターは、ザ・タイムとヴァニティ6、さらにアポロニア6もだと思いますが、これら全てのプロデュースを行ったとされる人物でした。プリンスは自分のクレジットを分散させたかったんです。作詞作曲のクレジットも、プロデュースのクレジットも。それら全てがプリンス一人のものと思わせるのではなく、ムーブメントとして仕立て上げたかったのです。一人の人間、一軒の家から生み出されたものではなく、まるでそれが大きな集団であるかのように見せたかったのです。プリンスはミネアポリスに強力な集団が現れたと見せかけ、ミネアポリスという地を有名にしました。プリンスはそれを意図的に成し遂げたんだと思います。

jamie-starr-and-moris-day

上の写真でモーリスと一緒に写っている、サングラスをかけて無造作に札束を扱っている人物がジェイミー・スターです。モーリスは1983年にインタビューされ、次のように語っています。

Jamie Starr is an engineer, the coproducer of our record. Of course he's real.
ジェイミー・スターはエンジニアで、俺達のレコードの共同プロデューサーだ。もちろん彼は実在するよ。

こういった背景も頭に入れると、この曲がなぜお蔵入りになってしまったかも分かるような気がします。歌詞の内容も扱いが難しいところですが、それに加え、ポップでもありファンクでもあり、「プリンス」としか言いようのないユニークさを持った「1999」という作品に収録するには、この曲はファンクとしてストレートすぎました。それならばストレートなファンクを担当するバンドであるザ・タイムはというと、自分たちのプロデューサーをディスる曲なんて歌えるはずがありません (笑)。そんなわけで発表の場を失ってしまったのかと思いますが、そういったことも含めて、とても面白い曲だと思います。


1, 2, 3
ワン、ツー、スリー

Don't let him fool ya
I know he got a big ol' Cadillac, uh-oh
Don't let him fool ya
Pretty soon he'll have 2 take it back, ooh
Don't let him fool ya
I know he got some pretty fancy clothes, ooh ooh
Don't let him fool ya
Only heaven knows how much he owes, uh-oh
アイツに騙されちゃいけない
確かにアイツはデカいキャデラックに乗ってる
アイツに騙されちゃいけない
すぐにアイツは取り下げるハメになるだろう
アイツに騙されちゃいけない
確かにアイツは豪華な服で着飾ってる
アイツに騙されちゃいけない
アイツが裏でどれだけ借りてるかはお天道様しか知らない

Don't let him fool ya
Don't let him fool ya (Oh no)
Don't let him fool ya (Oh)
Don't let him fool ya (Oh yeah)
アイツに騙されちゃいけない
アイツに騙されちゃいけない
アイツに騙されちゃいけない
アイツに騙されちゃいけない

Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey
Everybody sing
Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ
皆も歌うんだ
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ

Don't let him fool ya
I went 2 pay a bill at city hall, uh-oh
Don't let him fool ya
And I saw his picture hanging on the wall
Don't let him fool ya
I know he said his love would always last, ooh yeah
Don't let him fool ya
But the FBI is lookin' 4 his ass, oh yeah, oh
アイツに騙されちゃいけない
役所に払い込みに行った時のことさ
アイツに騙されちゃいけない
壁にアイツの写真が貼られているのを見たんだ
アイツに騙されちゃいけない
アイツの愛はずっと変わらないとアイツは言った
アイツに騙されちゃいけない
だけどアイツのケツはFBIに追われてるのさ

Don't let him fool ya
Don't let him fool ya (No no no)
Don't let him fool ya (Oh yeah)
Don't let him fool ya (Oh oh)
アイツに騙されちゃいけない
アイツに騙されちゃいけない
アイツに騙されちゃいけない
アイツに騙されちゃいけない

Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey
Help me sing (Uh-oh)
Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey
Hey hey, hey hey, hey hey, hey hey hey
Break it on down
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ
皆も歌ってくれ
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイ、ヘイヘイヘイ

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「1999」はプリンスの転換ポイントといえるアルバムだ。プリンスは10代の頃から様々な音楽をレコーディングし、様々なアプローチを実践してきた中で、自分のことや自分が示すものを分かっていた。音楽的にもビジュアル的にもね。だから「1999」は、それまでの試行錯誤や、実験や、ライブでの成功体験を本当に集大成させたものだったんだ。このレコードでそれが一つに纏められた。これは「ポップ」なのか? それとも「ファンク」なのか? という感じだよね。その答えは - これは「プリンス」だ。

11月29日、「1999」のスーパー・デラックス・エディションがリリースされました。これは1982年のアルバム「1999」のリマスター、プロモミックスとB面曲、同時期の未発表曲、未発表のコンサート音源とコンサート映像がセットになったものです。2016年以降、「4Ever」、「Purple Rain Deluxe」、「Piano and a Microphone 1983」、「Originals」、その他様々な再販等がありましたが、本作のリリースはこれまでとは完全に一線を画していると言ってよいでしょう。「1999 Super Deluxe」の名に恥じない、非常に納得感のあるセットとなっています。ちなみに、この時期における出色の未発表曲である「Extraloveable」、そして「Lust U Always」は未収録となっていますが、これについては保管庫のアーカイヴィストであるマイケル・ホウ (Michael Howe) が、昨今の時代の潮流に照らし合わせた結果、この2曲は歌詞の問題により収録を見送ったと説明しています。(参照: I LIKE YOUR OLD STUFF | Interview: Prince archivist Michael Howe on Prince's famed vault)

今回のリリースがこれまでと特に違うと私が感じるのは、付随して公開された情報の力の入れ具合です。プリンスの楽曲では、それが作られたコンテクストは非常に大きな意味を持ちます。作品ライナーノーツのブックレットでドゥエイン・トゥダール (Duane Tudahl) が言うように、今回リリースに至った様々な未発表音源が当時お蔵入りになったのは、楽曲のクオリティがリリースの水準に満たなかったからではありません。単にそれらがリリース対象プロジェクトの枠組みから少しばかり外れていたというだけの話です。

それでは、今回蔵出しされた未発表曲は構想の枠組みからどのように外れていたのでしょうか? そして楽曲制作を重ねる中で、最終的な完成作品であるアルバム「1999」はどのようにしてできたのでしょうか? それを巡る興味深いディスカッションが、ミネアポリス/セント・ポールのラジオステーション The Current のポッドキャスト「Prince: The Story of 1999」で公開されています。

Prince: The Story of 1999 ポッドキャスト

「Prince: The Story of 1999」は The Current がプリンス・エステートとワーナー・レコーズ等のサポートを得て送る4回シリーズのポッドキャストで、現在 Episode 1、2 と Bonus Feature まで公開されています。トランスクリプトも付いています。今回はフィジカルリリースの付属ライナーノーツも非常に素晴らしいのですが、「1999」という作品の奥深さ、そして今回リリースされた未発表音源の面白さを知るために、このポッドキャストは是非一聴・一読をおすすめしたいものになっています。

このポッドキャストでは、ライナーノーツにも寄稿しているミネアポリス在住の作家・ラジオホスト・音楽ジャーナリストであるアンドレア・スウェンソン (Andrea Swensson) を進行役に、当時のバンドメンバーやマイケル・ホウ、ドゥエイン・トゥダール、そしてこの時期LAのサンセットサウンドのオーディオエンジニアとして、アルバム制作に重要な貢献をしたペギー・マクリアリ (Peggy McCreary) が当時のことを語っています。


時は遡ること Dirty Mind ツアーの1980年3月22日、プリンスはニューヨークのライブハウスでコンサートを行い盛況を博します。居合せたビッグネームの中にはザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーの名も含まれていました。ちなみにこの成功は「1999」に収録されることになる「All The Critics Love U In New York」のインスピレーションに繋がっているのだそうです。

そして1981年10月9日と11日、あの有名な、ザ・ローリング・ストーンズのオープニングアクトの事件が起きます。ステージに上がったプリンスたちは聴衆から様々な物を投げつけられ、演奏中止を余儀なくされたのです。この事件は、プリンスの過激なイメージにその原因を求めたくなりますが、当時の音楽シーンを知るLAの音楽批評家 Robert Hilburn は、問題の根幹はプリンスではなく、ロックに傾倒するオーディエンスのディスコ/ファンクへの嫌忌にあったと指摘しています。シカゴでディスコレコードが壊され火をかけられたとかいう当時の事件を引き合いに出し、黒人が出てきてそういった音楽を演ったならば、誰であろうとも問題が起きていただろうと語っています。実際に10月9日の初回のパフォーマンスでは、最初の2曲、「Bambi」とロックバージョンの「When You Were Mine」までは上手くいっていたとデズは回想しています。

惨憺たる目に遭ったプリンスですが、この事件は同時にプリンスに新たな勇気と決意をもたらしたように思うとリサ・コールマンは言います。これはプリンスがアーティストとして立ち向かい、打ち克たなければならない闘いでした。

この事件の後、プリンスの行動は変化します。広報活動を進めたいマネジメントの意に反し、プリンスはインタビューを受けることをやめ、スタジオ録音に没頭するようになります。PrinceVault のインタビュー一覧のページを確認すると、それまで頻繁に受けていたインタビューがこの時期を境にぱったりと途絶えていることが分かります。ところがこの変化は逆に魅惑的な副作用を生み出しました。プリンスの存在は謎となり、却って人々の興味を掻き立てる結果となったのです。37年経っても未だ色褪せることなく、妖しく近未来的なサウンドで聴く者を惹きつける「1999」は、そうしてリリースされました。

プリンスは当時、ミネアポリス郊外のライリー湖のほとり、カイオワ・トレイルのスタジオを備えた自宅に住んでいました。この家は後に塗り直されパープル・ハウスと呼ばれることになりますが、この時点では茶色/ベージュ色の普通の外観をしていました。「1999」で近未来的なサウンドを生み出した当のプリンスは、都会の喧騒とは全く無縁で、物音といえば湖のガチョウが鳴き声くらいの静かな自然に囲まれた環境で音楽制作に没頭していたというのが興味深いです。常時頭の中がアイデアで一杯に詰まっていたプリンスには、誰にも邪魔されずにそれを外に出すことができる環境が必要でした。都会から離れ、退屈な環境に身を置くことは、むしろプリンスにとって理想的な状況だったのかもしれません。プリンスが住んでいた環境と重なるサウンドを感じさせる曲は、唯一「Free」くらいのものでしょうか。


まだつまみ食い状態で全体を聴くことはできていないのですが、今回リリースされた音源で特に気になったものについてコメントを書いておきます。

3-1, 2. Feel U Up / Irresistible Bitch

今回のリリースで最も古い音源となるこの2曲のベーシック録音は、ストーンズ事件の翌月にあたる1981年11月にカイオワ・トレイルのホームスタジオで行われました。歌詞を書き留めた紙には、この2曲はプリンスではなく謎のプロデューサー、ジェイミー・スターの手によるものだと記されています。特に「Irresistible Bitch」の凄いボーカルには驚かされますが、ここにプリンスの事件への苛立ちが表れているように感じられ、とても興味深いです。

3-3. Money Don't Grow On Trees

こちらもストーンズ事件の翌月にあたる1981年11月にホームスタジオでベーシック録音が行われたと推測される曲です。そしてこの曲も事件をコンテキストに置くとじわじわと味が出てきます。なにしろ歌のメッセージを意訳するとこうです。「夢を見るのもほどほどにして、ちゃんと大学に行くことを考えた方がいいかもよ。だってお金は木から生えてこないんだから」。こんなの全然プリンスじゃありません (笑)。あまりにもプリンスっぽくなくて、それが逆に凄く面白いです。

3-4. Vagina

1981年11月にホームスタジオでベーシック録音が行われたされたと推測される曲です。ヴァニティことデニース・マシューズを当初「Vagina」と命名しようとするも断られたプリンスが、それじゃあということで書いたと思われる曲です。

Vagina was half-boy, half-girl
U never told me how U got your name
ヴァジャイナは半分男の子で半分女の子
どうしてその名前なのかは教えてくれなかった

Half-boy, half-girl
Best of both worlds
半分男の子で半分女の子
二つの世界のいいとこ取り

このタイトルからどんな曲が出てくるのだろうと思ったら、とても素敵なロック曲でした。時代を先取りするような冴えた歌詞がとても興味深いです。ヴァニティ6用としても使いづらく発表の場がなかったのでしょうが、曲そのものの総合クオリティはかなり高いだけに、今回収録に至ったことをとても嬉しく思います。

3-5. Rearrange

1981年12月8日にサンセットサウンドでベーシック録音が行われた曲です。この曲のサウンドはアルバム「Controversy」のようでもあり、なおかつアルバム「1999」を予兆させるようでもあります。ザ・タイム用なのか自分用なのか、それともただ思い付いたアイデアを録音しただけなのかは不明なのだそうですが、興味深い曲です。

3-6. Bold Generation

1982年1月12日にサンセットサウンドでベーシック録音が行われた曲です。マイケル・ホウは、事前のインタビューで、この曲の良し悪しについては触れずにただ「New Power Generation」の元になったと説明するだけだったので、あまり高い期待は持ちすぎないようにしていたのですが……(superdeluxeedition | Prince archivist Michael Howe talks SDE through '1999' bonus material)。実際に曲を聴いて感激しました。最近娘が保育園で「めっちゃ」という言葉を覚えてしまい、できれば個人的にその口癖はやめてほしいなと思う今日この頃なのですが、そんな私もこれには言わずにいられません。

「Bold Generation」、めっちゃキラーソングでした。

元々はザ・タイム用に書かれたと思われる曲ですが、ボーカルが難しい曲なのでお蔵入りにされてしまったのでしょうか。個人的に今回一番のサプライズ曲でした。

3-7. Colleen

1982年1月15日にサンセットサウンドでベーシック録音が行われた曲です。歌詞のない未完成のインストゥルメンタルトラックですが、ペギー・マクリアリのミドルネームが付けられたということで特別な一曲となっています。録音を済ませた後そそくさとスタジオを去ろうとするプリンスをペギーが引き止め、ワーナーやスタジオのために曲タイトルが必要だと説明すると、プリンスはペギーのミドルネームを訊ね、ペギーが「Colleen」だと答えると、プリンスが「じゃあそれを書いといて」と指示した、という経緯でタイトルが付けられた曲です。

3-8. International Lover (Take 1)

1982年1月14日にサンセットサウンドでベーシック録音が行われた曲です。このテイクはザ・タイム向けの想定であるためか、プリンスは主にファルセットではなく地声のレンジで歌っています。個人的にアルバムの中で「Free」と共に最も好きな曲なのですが、YouTube で事前公開された音源を流すと娘が「この曲嫌い」と言うので (苦笑)、いつも途中で停止するしかなく、最後まで聴いたことがありませんでした。

それでようやく全体の音源を聴くに至ったのですが、後半部の素晴らしさに私は感激しました。

I know how 2 keep U wet
Peggy, are U listening?
Only if U're good girl
君の濡らし方なら知ってるよ
ペギー、ねえ聴いてる?
ちゃんと良い娘にしてたらね

Good evening, this is your pilot Prince speaking
U are flying aboard the Seduction 747
こんばんは、あなたの機長を務めるプリンスです
セダクション747にご搭乗いただきありがとうございます

想像に難くありませんが、女性エンジニアのペギー・マクリアリにとって、男性からの性的なからかいは日常茶飯事のようなものでした。時には酷く下品なことを言われることもあったのだそうです。しかし意外に思われるかもしれませんが、プリンスは他の男性と違い、決してペギーにそのような態度を取ることはなかったのだそうです。なのでペギーにとってこんな風に唐突に名前を呼ばれるなんて、その意外さだけでも可笑しくてたまらないことでした。おまけにその内容が「過興奮に陥った場合は、あなたの座席は救命具としてもお使いいただけます」みたいなものだったら (笑)。プリンスは流れるようなピアノ演奏に乗せてこの一人芝居を続け、ドラムのモーリスに指示を出して、このテイクを滑らかに完了させます。

3-10. You're All I Want

1982年1月11日にサンセットサウンドでベーシック録音が行われた曲です。この日はペギー・マクリアリの誕生日だったのですが、録音は早い時間から始まって深夜の11時か12時頃にまで及びました。「今年の私の誕生日はなくなってしまったわ」。ペギーはそう思いつつ、出来上がったカセットをプリンスに渡しました。そしてペギーが帰る前の片付けなどをしていると、ドアに向かったプリンスが立ち止まりました。プリンスは振り向いてペギーを見ると、微笑んでカセットをペギーに投げて渡しました。そしてプリンスはひとこと言いました。「ハッピー・バースディ」。あっけにとられたペギーの反応を待つそぶりも見せず、そのままプリンスはドアを開けて立ち去りました。

ずっと秘密のバースデイソングだったのにちょっぴり残念だとペギーはおどけて言いますが、このとてもハッピーな曲は、今や皆が聴くことができるようになりました。

3-13. How Come U Don't Call Me Anymore (Take 2)

1982年4月28日にサンセットサウンドでベーシック録音が行われた曲です。この時のペギーのエピソードはとても素敵なので、以下に翻訳して紹介します。

ある夜、スタジオにやってきたプリンスが私に聞いてきたの。
「君は何を飲むの?」
「それはお酒のこと?」
「そう」
「レミーマルタンかしら」
「よし、それじゃレミーマルタンを1本、それとアスティ・スプマンテを1本頼んで」
「ダメよプリンス、私は飲んだらいけないわ」
「いいから頼みなよ」
私は言う通りに頼むことにしたわ。デリに届けさせて、ワークオーダにもそれを書いた。

それで私たちは何杯か飲んで、その後プリンスはピアノを弾き始めたわ。その時私たちが録音したのがこの曲よ。私は確実にちょっと酔っていたんだけど、あの曲がとても素敵だったことはずっと覚えていたわ。だけどあの曲はB面になったのよね。私はアルバムは買うけどシングルを買ったことがなかったから、B面までは聴くことがなかったの。

だから本当はあれがどれくらい素敵な曲だったかはずっと分からなかった。それで何年も探して、遂に子供たちと一緒に Amoeba Records の2階でプリンスのB面のカセットを見つけたの。家に帰ってそれを聴いた時は、「やっぱり素敵だったわ!」って思わず口に出たわ。あの記憶は間違ってなかった。私たちは2つのテイクを録音したと思う。今回はリリースされるのはもうひとつの方になるわね。

この Take 2 はこの時のプリンスのピアノとボーカル以外に何も足されない状態でリリースされていますが、それゆえに既発の Take 1 よりも生々しさを感じます。ボーカルパフォーマンスはこちらの方がエモーショナルなのではないでしょうか。Take 1 の方がオフィシャルリリースされたのは、指パッチンが上手くいったから? いや、Take 2 も綺麗に指パッチンできています。Take 1 の方がリリース用にはまとまっているとの判断だったのでしょうか。

4-3. Purple Music

1982年5月22日にカイオワ・トレイルのホームスタジオでベーシック録音が行われた曲です。この曲は、個人的に今回のリリースの一番の目玉です。ブートで従来知られていたバージョンよりも音が少し増えていますが、この曲のタイトさが失われず良い具合に収まっていると思います。

このオフィシャルバージョンで驚かされたのは、音質のクリアさです。イヤホンやヘッドホンで注意深く聴くと、ブックレットでデュエイン・トゥダール が解説している通り、3分04秒頃にプリンスが "Next page" と言うところで、言葉通りに本当にプリンスが紙をめくる音まで聴こえます。それにしてもまさか歌詞を紙の裏表に書いていたからこのセリフだったとは。しかもそれをわざわざ口で言うかという (笑)。ともするとダークな印象を与えるこの曲ですが、よく聴くととても茶目っ気に溢れていることが分かります。

また、以下の部分は、私の勝手な思い込みかもしれませんがポッドキャストを聴いた後ではストーンズの事件を連想させます。プリンスはあのオープニングアクトで聴衆のためにロックに重みを置いたセットリストに変更してステージに臨みましたが、それでもブーイングを受け演奏を止めざるをえませんでした。この時を最後に、プリンスは生涯を通じて誰かのオープニングアクトを務めることは決してありませんでした。そしてもちろん、自分を曲げて媚びたパフォーマンスするような真似も決して行いませんでした。

It's time 4 your morning bath, sir
What would U like 2 bathe in this morning?
With all due respect sir, I think that it...
I think that it might...
Oh, oh no
I... don't wanna play anymore
I don't want 2 play anymore
ご主人様、朝のお風呂のお時間ですよ
今日は何のお風呂になさいますか?
僭越ながら申し上げますが、それは・・・
それは些かばかり・・・
オオ・・・オー・ノー
これ以上は・・・できません
これ以上はでき・・・ませ・・・ん

4-4. Yah, You Know

1982年6月5日にカイオワ・トレイルのホームスタジオでベーシック録音が行われた曲です。これは中身を知らないとさほどインパクトのある曲には思えないかもしれませんが、当時居を共にしていたリサ・コールマンは、この曲の録音を聴かされた時のことは鮮明に覚えていて、それはもう笑いが止まらなかったと回想しています。「Yah, You Know」はミネソタの特定の人々をディスる曲で、分かる人には可笑しくてたまらない曲なのだそうです。曲の最後で、プリンスは、1996年の映画「ファーゴ」でも有名なその訛りを真似ることまでやってのけています。

Yah, U know
like... I would get a job but the world's gonna end soon
U got any ludes?
ヤー、ユーノゥ
まあ、仕事を見つけてもいいんだけど世界はもうすぐ終わるんだ
ルードは持ってる?
(lude: Quaalude、当時レクリエーション目的で乱用されていた鎮静催眠薬)

4-5. Moonbeam Levels (2019 Remaster)

1982年6月6日にサンセットサウンドでベーシック録音が行わた曲です。

He said he'll never keep diaries to learn from his mistakes
Instead he'll just repeat all the good things that he's done
Fight for perfect love until it's perfect love he makes
When he's happy then his battle will be won
(It's never too late)
彼は日記をつけて過去の過ちから学ぶことはしないと言った
その代わり自分が今までにした善い行いを繰り返すのだと
そして完璧な愛と呼べるものを成し遂げるまでそれを求めて戦うのだと
彼が幸せならばその戦いは勝利となるだろう
(それは決して遅すぎない)

回顧録「The Beautiful Ones」の発刊により、新たな意味を与えられたともいえるこの曲ですが、今回のリリースではフェードアウトせずに、ちゃんと最後まで録音されたもの収録されています。「4Ever」はブートと同じくフェードアウトしますが、今回始めて完全な音源を見つけたのでしょうか? プリンスは「1999」から「Parade」に至るまで、何度もこの曲をアルバム構成に入れることを検討しましたが、その度に引き下げる判断をしました。このフィクション風の歌詞が歌われた曲は、プリンスの心情を包み隠さずに吐露したものとも受け取れ、スーザン・ロジャースが特別な思いを抱いているとも語る曲です。「1999 Super Deluxe」には絶対に外せないこの曲が、完全な形で収録されたことに感激します。

4-9. Don't Let Him Fool Ya

1982年の春にカイオワ・トレイルのホームスタジオでベーシック録音が行わた曲です。プリンスがファルセットで歌うストレートなファンクトラックで、プリンスが自ら作り上げた謎のプロデューサー、ジェイミー・スターには騙されるなよ、と警告しているようにも受け取れる曲です。

Head

この曲で記事を締めるのは少々気が引けるのですが、これで最後です。今回のDVD映像には含まれないものの、Dirty Mind ツアー時には、プリンスはこの曲の終わりに、しばしばステージで寝転び腰をグラインドさせながら腰を宙に受かせるパフォーマンスを行った、とポッドキャストで語られています。これでピンと来たのですが、「Insatiable」のあれって、ひょっとして「Head」の、そのパフォーマンスのことを言っているのでしょうか。いや、そうとしか考えられなくなってきました。

U say U want my hips up in the air? (Yeah)
Oh no, I don't care
僕にヒップを宙に浮かせてほしいんだよね? (そうよ)
ううん、構わないよ

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プリンスの回顧録「The Beautiful Ones」について、もう少し記事を追加しておきます。

「The Beautiful Ones」は、一般に回顧録 (memoir) という呼ばれ方をしています。私の個人的な心情としても、この本を回顧録と呼ぶことに拒絶感はありません。ただし、書き始めたばかりの段階で絶筆となり、本人不在で出来上がったこの本は、実のところほとんど回顧録の体をなしていません。

では、もし回顧録が完成していたならば、これはどのような本になったのでしょうか。

残念ながらそれは誰にも分かりません。しかし、一つ確かなことがあります。それは、プリンスは、自身の回顧録を、ファンを喜ばせるだけの本にするつもりはなかった、ということです。この本は回顧録でありながら、著者であるプリンス本人のように、独自性があり、容量に果てがなく、単一の姿を持たず、当初の大前提を決して崩さない本となるはずでした。そして、その大前提を貫くためにプリンスは一つのガイドラインを示しました。それは、この本を音楽史上最大の本にする、ということでした。


もし回顧録が完成していたらどうなっていたかはもう誰も知ることができなくなってしまいましたが、プリンスはその構想について、ダン・パイペンブリングにある程度の話をしていました。その内容は本の Introduction にまとめられています。また、その Introduction は大枠がネット上の記事 (The Book of Prince | The New Yorker) で公開されています。

今回の話に関連して、Introduction / The New Yorker の記事の一部を翻訳して紹介します。

アメリカでは大変有名な小説家、思想家である Ayn Rand (アイン・ランド) と、1943年に出版され、彼女の最初のベストセラー小説となった「The Fountainhead (水源)」について、プリンスがダン・パイペンブリングと意見を交す部分です。

プリンスは私に言った。
「『The Fountainhead (水源)』を読んだことはある? 君はあの本をどう思う?」
私はあの本は好きではないと答えた。私はオブジェクティビズムを許容する考えは持っていないし、自由市場や制限のない個人主義に対して馬鹿げたほどの信仰を持つ、現代のアイン・ランド信奉者についても同じ考えだと答えた。プリンスも私に同意したが、同時に一面では、その哲学が魅惑的に映りうることも付け加えた。
「僕はあれの映画を観たよ。古い白黒のやつをね。映画の最後で、ハワード・ロークが建物を爆破し設計図を破棄したことについて演説を行う……」
それはランドの哲学を象徴する重要な瞬間だった。ランドの創作したキャラクターである建築家のロークが、「集団により仕事が達せられることは決してない (No work is ever done collectively)」と嘲る演説だ。プリンスは、ヒップホップが、コミュニティの精神よりも、冷酷非情な自己陶酔に傾倒し、ランドのような思想の虜になっていることに対して危惧を示した。

プリンスは続けた。
「僕等は特権階級に語りかける本を書く必要がある。ファンのためだけではなくてね。僕等は『水源』のレンガを一つずつ取り崩していかなければならない。あれは特権階級のバイブルであり、問題点の複合体だ。つまることろ、彼等は楽園を排除したがっている。白人至上主義 (white supremacy) は? それとオブジェクティヴィズムとの共通点は? 邪悪なこと? それは本当に大義だと言えるだろうか? 僕等は至上主義と闘わなければならないんだ」
プリンスはこの言葉の元々の純粋性が汚されていると考えていた。
「かつてザ・サプリームス (The Supremes) というバンドがあったよ。Supremacy とは、全てが育みを受け、全てが繁栄することを意味するべきだ」

だからこそプリンスは、自身の本に私の声を入れることが必要だとも感じていた。つまり、集団所有のための、そしてブラックコミュニティのための革新的な主張は、単独では成しえないであろうことをプリンスは感じていた。
「『僕はパープル・レインを所有している』と僕が言ったら、まるで……カニエみたいだろう。彼のことは友達だと思ってるけど」
問題は、所有に関する声明は、しばしば自己権力の追求と受け取られてしまうことにあった。こういったことは、他者の口を通した方がより説得力を増すものだ。
「僕はパープル・レインを所有している、と君が言う必要があるんだ」
ただ、プリンスはこの点について異論を挟む余地があることに驚いた様子も見せた。
「『僕はパープル・レインを所有している』と誰かが言うのも、冒涜的な物言いだね」

「The Beautiful Ones」の残念なレビューの一例

先日以下の記事がネットに上がりました。

「The Beautiful Ones」の日本語の情報は非常に少ないため、参考にされた方もいるかもしれませんが、これは一見本の内容を網羅しているように見えて、実は本に書かれていることを表面的に追っただけで、重要な箇所は (悪意をもって) 敢えて無視した残念なレビューです。ただし、こういったトーンのレビューは割と散見されます。

記事の原文で、執筆者はこの本には買う価値があるかと問います。これまで知られていなかったプリンスの若い頃の写真や手書きの歌詞などがあるので、それを見てみたいプリンスファンなら本を買うことを否定しないと答えます。ただし同時に、記事の執筆者は、それらの写真や手書きのノート等を flotsam (難破船の漂流物のような中途半端なガラクタ) とも呼んでいます。もし回顧録が完成していればこういった写真や手書きのノートが入る余地などなかったはずなので、かなりの埋め合わせ感があるのは確かです。ただ、個人的にはそれよりもダン・パイペンブリングがこういった形で本を作るしかなかったことへの喪失感の方が強いです。とにかく、執筆者には根底で敬意が欠落していることが透けて見えます。

記事は次の文章で締め括られます。

黒人アーティストであるプリンスの作品を、白人ばかりの出版関係者がまとめ上げたことを知ったら、プリンスはどう思うだろう。

もしかすると「この神殿には盗賊がいる(Thieves in the Temple)」という曲を口ずさんでいるかもしれない。

上述した通り、プリンスは、自身の回顧録を、ファンを喜ばせるだけの本にするつもりはありませんでした。プリンスには、社会に衝撃を与える本を作るというより大きな目的がありました。その目的の一つには、人種問題への解決策を提案したいという思いがありました。

そしてプリンスは、黒人アーティストが単独で本を書いたのでは、その目的を達成するのは不可能であることを理解していました。なぜプリンスが本の共同製作者にダンを選んだのかは、ダン本人も分からないと言います。しかし、聡明な頭脳と穏やかな心を持ち、カラオケで「Kiss」を歌うこの若い白人男性と共同で本を出すことに、プリンスは光を見出していたのだと思います。

確かに本の内容は当初計画されていたものには遠く及びませんでした。それもあまりも遠く。しかしダンが使命を持ってこの本を出版まで持ってきてくれなければ、この本が持つ意味、そしてこの本が持つ可能性があった意味を、私達が知ることはできなかったでしょう。当初の計画を形にすることは叶わなくとも、その意味の深さは出来上がった本にしっかりと刻み込まれていると私は感じました。

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