私には、プリンスを聴いて最も強い衝撃を受けた記憶が2つあります。1つは「Goodbye」をブートで初めて聴いたときのことで、今は少し考えが変わっている部分もありますが、この曲はそのまま私の選ぶ曲の1位としてブログ記事にしています。
今回はもう1つ、それと同じくらいの衝撃を受けた体験を書きます。取り上げる曲は「Muse 2 The Pharaoh」です。私はこの曲を聴いて、プリンスの音楽に対する感じ方が根底から変わる体験をしました。それほどの重大な事柄なのですが、プリンスについてブログを書き始めてから5年経った今、色々あって初めて話題にします。
この曲を知っている方は、この選曲をとても奇妙に思われるはずです。アルバム「The Rainbow Children」の2曲目に登場する「Muse 2 The Pharaoh」は、スムーズな感触と円熟味を合わせ持つ心地良い曲ですが、どちらかというと大人しくて目立たない曲です。また、同じようにミドルテンポの「Mellow」がアルバム中盤に出てくるため、印象が被ってアルバムの中で埋もれていると感じる方もいると思います。つまるところ、アルバムバージョンの「Muse 2 The Pharaoh」は、音楽的にはさほど衝撃的な曲ではありません。
Muse 2 The Pharaoh - One Nite Alone ツアー浜松
ということでお察しの通り、ここで私が話題にするのは「Muse 2 The Pharaoh」のアルバムバージョンではありません。私が話題にするのはライブバージョン、それも2002年11月17日、One Nite Alone ツアーの浜松でのパフォーマンスです。以下にリンクを貼りました。できればヘッドホンでボリュームを上げるなどして、コンサートの臨場感を想像しながら聴いてみてほしいです。また、断っておきますが、このライブバージョンには、とんでもない技巧が凝らされているとか、凄まじいヴォーカルが披露されているとか、そういった類の超人的なパフォーマンスはありません。私が衝撃を受けたのはむしろそれとは逆の理由です。プリンスから生み出される音楽が、今まで体験したことがないくらい自然なものに感じられたことに私は衝撃を受けたのです。
聴くとすぐに分かる通り、浜松のライブバージョンはアルバムバージョンとはガラリと印象が変わっています。大人しく抑えられたアルバムバージョンに比べると、浜松のライブバージョンはテンポが速められ、よりハートウォーミングで、そして遥かに生き生きとした曲に生まれ変わっています。中盤の展開もファンキーさが格段に増しています。中盤の展開は、未だリリースされていない2016年の Piano And A Microphone ツアーでの、「Funk is space / ファンクとはスペースだ」という父親との回想を交えた弾き語りを想起させるようでもあります。
ライブでこのパフォーマンスを体験した当時の私は、やがて、生み出される音の全てに驚かされている自分に気付きました。それは良いとか悪いとか、好きとか嫌いといった普通の価値基準で測るべきものではありませんでした。プリンスは音楽そのものであって、その音楽はあるべき存在として必然的に生まれものであって、私はただそれを自然に受け入れる。それはとても不思議な体験でした。
曲の終盤は重めのファンクから一旦麗しい音楽になった後、「デュルル〜、デュルル〜、ハママーツーーゥ」から再び重いファンクに切り替わり、「There it is, y'all - 4 U 2 see...」となると、いよいよ曲の終わりが近付きます。ここで、これがアルバムバージョンの場合は最後どうなるか覚えていますでしょうか? アルバムバージョンでは最後、複数のヴォーカルが掛け合うような形になり、その中でファルセットが響きます。そのファルセットは印象的ではあるものの、調和を取るかのようにマイルドに発せられ、あまりミックスの前面には出てきません。
浜松での私も、頭の中にそのイメージを抱いて曲の最後を迎えました。しかしながら、私が前もって準備していたイメージとは裏腹に、実際に飛んできたのは思いっ切り鋭いファルセットでした。録音された音源を聴いて感じ取ることができるかどうか分かりませんが、私はコンサートの音量でそれを体験しました。プリンスのファルセットは時に貫通してきます。「Muse 2 The Pharaoh」程度のファルセット、真剣白羽取りで受け止めてやろうと高を括っていた私は、思いがけず鋭く飛んできたファルセットに対処する間もなく、脳天をスパッとやられた格好になりました。
それはそうとして、最後に受けたおまけのショックを差し引いても、私はこの曲全体のパフォーマンスにこれまで感じたことのない何かを感じました。記事の冒頭にも書いた通り、それは言うならば、私にとってプリンスの音楽に対する感じ方を根底から変えるものでした。
それがどういうことなのかを上手く説明するのはちょっと難しいのですが、これに関連して、続いてプリンス自身の発言を1つ取り上げたいと思います。
余談ですが、「Muse 2 The Pharaoh」のライブバージョンは日によって印象が異なります。この曲はセットリストに入らないことも多く、PrinceVault.com を確認すると、日本では全9公演のうち、浜松の他に福岡と名古屋の計3回演奏されています。私は福岡の音源は持っているのですが、福岡は浜松と比べると少し感触が違います。また、オフィシャルでは「One Nite Alone Tour... Live!」のバージョンがありますが、これはアルバムバージョンのようにマイルドなミドルテンポのアレンジで、サプライズ要素はあまりありません。面白いところでは2002年10月18日のパリのパフォーマンスがあります。これはちょっと困惑してしまうほどファンキーで (笑)、歌詞も「The opposite of NATO is FUNK」と改変して歌われています。
I am music. / 僕は音楽だ。
プリンスは、インタビューで何度か「I am music / 僕は音楽だ」と発言しています。プリンスという人物を知らずにこの部分だけを切り取ると、「どれだけ才能があるのか知らないが、何となく尊大で鼻持ちならない発言だ」と感じる人もいるかもしれません。しかしそれは誤解というもので、これは決して驕り高ぶった言葉ではありません。実際のところ、これはそれとは全くの正反対で、音楽に対する謙虚な心が込められた言葉です。それが分かるインタビューを紹介します。
これは2004年のインタビューと演奏です。動画で14分27秒頃からのやりとりを以下に訳します。
インタビュアー (Stephen Hill): あなたが音楽面で最も誇り (自慢) に思うこと、それに加えて、音楽以外の面で最も誇りに思うことを差し支えなければ教えてください。
プリンス: 僕としては、誇りや自慢よりも、それ以上に感じるのは祝福なんだ。音楽というのは神からの贈り物で、正しく用いられれば沢山の素晴らしいことができる。だから僕はそれをあまり誇りや自慢と呼んだりはしないかな。それから、音楽以外の面で何かあるかについては分からないな。僕は音楽そのものだから (I AM music)。
プリンスは、他のミュージシャン、あるいは歴史上の偉大な音楽家と呼ばれるような人物達と比べても何かが違うと感じます。それは簡単に言ってしまえば、音楽とそれを生み出す人物の同一性、ということになるのかもしれませんが、それは単なる作曲や作詞などの善し悪しで測れるようなものではなく、もっと深い内面の質に関わるものだと思います。プリンスの音楽は基本的にファンクで、プリンスはファンキーだから、というのは要素として一つあると思いますが、ならばファンクならばそれが成せるかというと、勿論そういうわけではありません。それが何であるかを上手く説明することはできないのですが、浜松での「Muse 2 The Pharaoh」を思い出し、そしてこの「I am music / 僕は音楽だ」という言葉を重ねると、少なくとも自分が感じているその何かは、確かなものであると確信できるように思います。