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主にトレーニングとダイエットのブログ。それとプリンス。

「Breakdown」はライブバージョンとスタジオバージョンで少々雰囲気が変わります。ライブでは演奏のアレンジが異なるためかフワフワ感が薄れ、より生々しい雰囲気の曲になります。現在 YouTube に見つかるライブバージョンで音が良いのは2013年6月15日の Montreux Jazz Festival でのパフォーマンスです。

個人的に、これを聴いて毎回気になることがあります。特に最初のコーラスで顕著なのですが、音程が不安定になっているように感じられるのです。意図的にこう歌ったのかそうでないのかは分かりませんが、これはかなり珍しいことのように思います。少なくとも私はプリンスのこのようなボーカルは他に聴いたことがない気がします。また、そもそもプリンスは少し疲れているように見えます。プリンスは Montreux Jazz Festival に3日連続で出演し、このコンサートはその最終日に当たります。リハーサルなどを含めると、プリンスは相当な時間をパフォーマンスに費やしていることになります。一応プリンスの場合はそれが普通という話もありますが、とにかくこういうプリンスを目にするのは珍しいように思います。

もうひとつ見つかるのは、つい最近アップロードされた2013年4月15日のバンクーバーでのパフォーマンスです。これはこの曲が初めて披露されたコンサートになります。こちらのパフォーマンスは素晴らしく、個人的には文句ナシなのですが、惜しむらくはオーディエンス録音で音質が悪いです。


2013年 Montreux での「Breakdown」を聴いて思ったことに少々関連して、前回に続き、プリンスが聴いていた曲についてのスーザン・ロジャースの紹介と解説を再び取り上げます。今度は41分09秒頃から始まる、ホイットニー・ヒューストンの1985年のデビューアルバムに収録されている「You Give Good Love」です。

HEADPHONE HIGHLIGHTS - Dr Susan Rogers: Songs Prince Listened To - 2nd May 2017

続いて聴くのはホイットニー・ヒューストンの「You Give Good Love」です。当時、彼女のファーストアルバムは大成功を収め、よくラジオでかかっていました。プリンスもリハーサルやパーティなどで、時折彼女の曲をかけることがありました。

私は一度、プリンスにどうして彼女の音楽をそんなに気に入っているのか訊ねたことがあります。女性 R&B 歌手なら他にも数多くいるというのに、「なぜホイットニー?」と疑問に思えたのです。それに、これはいわゆる "コミュニティ" によって制作されたインダストリー・レコードです。これは多くの作曲者、多くのプロデューサー、そして多くのセッション奏者が関与して作り上げられた作品であり、そこに音楽的な冒険はありません。そのためどうしてホイットニーなのか、プリンスに訊いてみたのです。

するとプリンスはホイットニーを聴いて敬服していたことについて教えてくれました。プリンスの答えは一言でした。

「ピッチ」(音の高さや音程)

私がいぶかしげな表情で反応すると、プリンスは続けて言いました。

「彼女のピッチコントロールは信じられないほど素晴らしい / She has incredible, masterful pitch control」

これは現在では忘れてしまいがちなことです。なぜならば現在では、楽器の演奏や歌手の歌声は容易にピッチ補正を掛けて修正してしまえるからです。しかし80年代において、それは容易に実現できることではありませんでした。つまり当時、ラジオから完璧なピッチが聴こえてくるということは、その歌手自身が完璧なピッチで歌声を届けていることを意味したのです。彼女は本当に、本当に偉大な歌手でした。

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私には小さな娘がいます。娘はハッピーな歌が大好きです。でもその一方、かっこ良くても少々キツく感じられる曲や、美しくても暗い曲をかけると「このうたきらい!」といって拗ねてしまいます。そんな娘は、車でこの曲が流れるとコーラスで歌い出します。

きー、ぶれきみー、だーうん、だーうん、だーうん♪

また、「Last December」など似たような雰囲気のイントロが流れると、「これ、だうんだうんのうた?」と聞いてきたりします。「だうんだうんのうた」は、未発表曲「びーまいみらー」と並んで我が家の2大ハッピーソングです。

「Breakdown」は不思議な曲です。"This could be the saddest story ever been told / これまでのどんな話よりも悲しい話かもしれない" と歌われ、途中胸を引き裂かれるようなボーカルもありながら、その雰囲気は悲しみ一色ではありません。サウンド面では、コーラスのボーカルは「だーうん、だーうん、だーうん♪」と下がっていく反面、伴奏は逆に上がっていきます。レーザービームのような奇妙な効果音も相俟って、曲全体の雰囲気は下がるどころか不思議な高揚感に包まれています。常識の範疇で考えると、この高揚感のある音楽は、かつてないほどの悲しい話とは全く釣り合っていません。

カルチャー・クラブの Karma Chameleon (カーマは気まぐれ)

プリンスはどうして「Breakdown」をこんな不思議な曲にしたのでしょうか。個人的にそのヒントを教えてくれると思った話を、スーザン・ロジャースがしていたので紹介します。下のリンクは、プリンスが好んで聴いていた曲をスーザンが取り上げて解説をしてくれたものです。その中で、32分50秒頃から始まるカルチャー・クラブの「Karma Chameleon」とスーザンの解説を聴いてみます。

HEADPHONE HIGHLIGHTS - Dr Susan Rogers: Songs Prince Listened To - 2nd May 2017

続いて聴くのはカルチャー・クラブの「Karma Chameleon」です。80年代初期、音楽界にニューウェイヴのブームが興りました。そのルーツには芸術界からの影響がありましたが、その芸術性は主にアーティストの外見や見た目に反映されました。シンディ・ローパーやボーイ・ジョージなどのように。彼女や彼らは見た目こそは大胆でしたが、そのモダン・ハッピー・ポップな音楽は至ってシンプルなものでした。

このようなハッピーでポップな感触を持つ音楽を作るのは、想像するよりも遥かに難しいものです。悲劇を作るのは喜劇を作るよりも簡単です。バラードや切ない曲を作るのは、ハッピーな曲を作るよりも簡単なのです。なぜならば、悲しみは言うならば崩すだけで得られるものですが、ハッピーな感覚は、ニュートラルな位置からエネルギーを積み上げて、上昇を重ねてやっと得られるものだからです。今聴いている「Karma Chameleon」という曲は、言葉の選択も秀逸で、アレンジも秀逸で、抗うことができないハッピーな感覚を持っています。パープルレインの時期、「Karma Chameleon」はプリンスのお気に入りで、プリンスはこの曲を繰り返しかけていました。

プリンスのディスコグラフィーを振り返ると、あれだけバラエティーに富んだ曲が無数にありながら、気持ちを沈ませるような悲しい曲は異常とも言えるほど少ないことに気付きます。実際、そのような曲をひとつでも良いのでぱっと具体的に挙げることができるでしょうか? 結構難しいのではないかと思います。

プリンスほどの能力があれば、悲しいバラードを作ってヒットさせるのは難しいことではなかったはずです。しかしプリンスはそういうことはしませんでした。プリンスはそのような行為を意図的に避けていたのだろうということが、私は今になってようやく分かってきました。

ここで紹介されている曲のリストは以下になります。プリンスもごくごく普通の音楽を好んで聴いていた、というのがとても興味深く面白いです。

  1. Joni Mitchell - A Case Of You
  2. Sylvester - (You Make Me Feel) Mighty Real
  3. Funkadelic - Let's Take It To The Stage
  4. James Brown - Mother Popcorn
  5. Kate Bush - Running Up That Hill
  6. Santana - Jungle Strut
  7. Culture Club - Karma Chameleon
  8. The Cars - Drive
  9. Whitney Houston - You Give Good Love
  10. Sly & The Family Stone - Dance To The Music
  11. Scritti Politti - Wood Beez
  12. Joni Mitchell - Help Me

Nothing Compares 2 U (プリンスのオリジナルバージョン)

最近、プリンスがガイドボーカルをとった「Nothing Compares 2 U」が公開されました。The Family プロジェクトのデモはこの曲を除いて以前から全て流出していたので、てっきりプリンスのオリジナルバージョンの「Nothing Compares 2 U」はもうこの世に存在しないのかと思っていたところ、これは嬉しいサプライズでした。

しかし何よりも嬉しかったのはその中身です。この曲のオリジナルバージョンは、シネイド・オコナーのカバーで知られるようなストレートな悲しみを表現した曲ではありませんでした。プリンスのオリジナルバージョンは、それとは正反対に、聴くと抑えようもなく嬉しい気持ちが湧き上がるような、温かみを持った素敵な曲だったのです。エリック・リーズのサックスから、個人的には「Wally」も思い出しました。

ところで、この曲には長年個人的に引っ掛かっている部分がありました。以下の部分など、純粋なラブソングとしては少し違和感を覚える歌詞が混ざっているように思えたのです。ちなみにシネイドバージョンでは "living with YOU" と歌詞が変更されていますが、オリジナルの歌詞は "living with ME" です。

All the flowers that U planted, mama, in the backyard
All died when U went away
I know that living with me baby was sometimes hard
But I'm willing 2 give it another try
君が裏庭に植えた花は
君が去ってから全て枯れてしまった
君にとって僕と暮らすのは楽ではなかったことは分かっている
でも僕はもう一度やり直したい

一般にはこれまで、この曲はスザンナ・メルヴォワンに捧げられたという話が知られていました (ただしスザンナ自身はプリンスから直接そのようなことを言われたことがないため深い言及を避けています)。このため歌詞の背景についてはあまり深くは考えたことがなかったのですが、Duane Tudahl の本を読むといくつかの関連話が書かれています。特にスーザン・ロジャースの話は興味深く、長年の個人的な疑問が解ける思いでした。スーザンによると、当時ハウスキーパーとして働いていた Sandy Scipioni という女性が、家庭の事情でプリンスの元を去ってしまったことがこの曲のインスピレーションになっているという話です。何だかクリックベイトみたいなタイトルが付けられていますが、この話は日本語でも読むことができます。

また、ジェローム・ベントンは自身の私生活がこの曲のインスピレーションになったのではないかと考えているそうです。ジェロームはプリンスに私生活の相談をよくしており、当時、恋人との婚約が遠距離生活で破棄になってしまったことからこの曲の歌詞ができたのではないかと話しています。

この曲が生まれた切っ掛けについては色々な話がありますが、歌詞の意味深さからトリビュートで演奏されることも多く、今では「Nothing Compares 2 U」は「Purple Rain」などと並んで数えられるようなプリンスの代表曲となっています。

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「Breakdown」は、2014年のアルバム「Art Official Age」に収録されている曲です。

この曲には特別感があります。プリンスを長く聴いている人であれば、誰もがこの曲に特別な感情を抱くものだと思います。実際、プリンス自身もこの曲をお気に入りとして言及しています。プリンスは、アルバムの製作中に出演した Arsenio Hall Show で、ホストのアーセニオに最近のお気に入りの曲を訊かれた際にこの曲の名前を挙げています。そして、この曲に合うようなアルバムを作り上げるために、残りの曲を急がずゆっくり準備している、といったことを当時のプリンスは答えています。

しかし、それだけではこの曲の特別さを十分には説明しきれていないのではないでしょうか。「Breakdown」は表面的に感じるシンプルさとは裏腹に、曲そのものに色々と引っ掛かるところがあり、ただの音楽として聴くにはあまりにも複雑な思いが去来します。その思いを上手く言葉するのは難しいのですが、この曲を和訳する前にいくつか余談を挟みたいと思います。


私は2000年代後半からプリンスから遠ざかっており、「Art Official Age」は購入こそしていたものの、アルバムの封を開けたのは2016年を過ぎてからのことでした。車の CD プレイヤーに封を開けたばかりの CD を入れ、何の予備知識も持たずにこのアルバムを聴き始めました。そして「Breakdown」が流れ、穏やかな曲だなと思いながら聴いていたところ、途中、プリンスのボーカルがこれまで聴いたこともないような尋常ではない声になり、私の目は点になりました。プリンスのバラードには後半何かしらのサプライズがあることが多いものですが、これには長年プリンスを聴いてきた私も一瞬思考が止まりました。

プリンスはどうしてあんな聴いたこともないような声を出したのだろう・・・「Breakdown」の歌詞を確認すると、確かにどこかが普通でないと感じます。しかし、それが何であるのかがよく分かりません。プリンスの作品を初めて聴くときにはよくあることですが、これが凄い曲なのか、そうでないのかすらよく分かりません。いや、ボーカルパフォーマンスからして凄い曲であることは間違いないのですが、とにかくよく分かりません。

いずれにせよ、「Breakdown」は人によって様々な思いが交錯し、聴き手に解釈を委ねられる曲です。この曲についてはいくつか余談を書こうと思いますが、まずは私がこの曲の冒頭の歌詞から真っ先に頭に浮かんだことについて書くことにします。

隆慶一郎 「花と火の帝」

「Breakdown」は次の歌詞から始まります。

Listen 2 me closely as the story unfolds
This could be the saddest story ever been told
これから僕が話す物語をきちんと心を傾けて聴いてほしい
これまでに語られたどんな話よりも悲しい話かもしれないから

最初からいきなり引っ掛かる歌詞です。皆さんはこの歌詞をどう思うでしょうか? 世の中には沢山の恵まれない人々がいます。プリンスのような成功者に、かつてないほどの悲しい話を語る資格などない、と批判的な思いを抱くかもしれません

しかし、私は全くそうは思いません。

知らない方が多いと思うので恐縮ですが、ここで私が思い出すのは隆慶一郎の小説「花と火の帝」の一節です。「花と火の帝」は、天皇の隠密となる岩介を主人公として、後水尾天皇と江戸幕府との暗闘を描いた伝奇的な時代小説です。そして私が思い出す一節とは、主人公の岩介が、後に後水尾天皇となる少年・三宮政仁親王と初めて出会う場面です。

今、無事に馬を降り立った少年の前に坐って凝視を続けるうちに、その怒りの種々相が漸く見えて来た。そしてどの怒りも、その背後に深い悲しみを隠していることを知った。(中略) 絶えず激烈な、それだけに危険な動きに身を委ねていなければ、悲しさが心を破ってしまいそうになる。それほど少年は不倖せだった。
<まだ十四やないか>
岩介は正確に少年の齢を読んだ。
<たった十四でそないに不倖せなんか>
どんなに貧しい家の子でも、或いは肉親を持たぬ浮浪児でも、これほどの不倖せの中にはいまい。岩介はそう感じた。天皇の御子として生れて来なければ、遥かに安楽で自由な青春がこの少年を待っていた筈である。
<素晴しい>
気の毒に、などと岩介は思わない。大いなる不幸は屡々大いなる栄光を呼ぶことを、岩介は知っていた。
だが同時に、大いなる不幸はまた大いなる破滅をも呼ぶ。
大いなる栄光を呼ぶか、大いなる破滅を呼ぶか、それは全く本人の志の高さと、時の運による。
どちらも岩介の思い通りになることではなかった。岩介に云わせれば、だからこそ面白い。意のままになることにしか関ずらわない人生など、何が面白かろう。力の限りを尽して、尚且つ成り行きの不明なことにこそ、生涯を賭けて悔いない悦びがあるのではないか。
<このお方に賭けた>
ほとんど一瞬のうちに、岩介はそう決意していた。

無想転生

ここから先は・・・まあ個人的にどうしても思い出してしまうことなので仕方がありません。もう一度、最初の歌詞に注目します。

Listen 2 me closely as the story unfolds
This could be the saddest story ever been told
これから僕が話す物語をきちんと心を傾けて聴いてほしい
これまでに語られたどんな話よりも悲しい話かもしれないから

何か見えてこないでしょうか? かつてないほどの悲しみ・・・悲しみを知り、悲しみを背負った人間のみに成しうるもの・・・そうです。北斗神拳の無想転生です。

無想転生とは言わずと知れた北斗神拳の究極奥義です。漫画「北斗の拳」では、北斗神拳の伝承者が末弟のケンシロウに決定すると、長兄ラオウは己の野望のために門を出る意思を固めます。先代の伝承者であるリュウケンは、北斗神拳一子相伝の掟に従いラオウの拳を封じようとしますが、逆にラオウに返り討ちに合います。

ラオウ: わが師リュウケン 最後にひとつきこう / 北斗神拳に無想転生という究極奥義があるときく / それはどんな奥義だ

リュウケン: フ……それはわしにも教えることができぬ / なぜならば北斗二千年の歴史の中で それを体得したものはおらぬ

ラオウ: なにィ!!

リュウケン: この世で最強のものは無… その無より転じて生を拾う / それが無想転生
ラ…ラオウ うぬがいいかに強大になろうとも この奥義だけはつかぬ!!
な…なぜならば うぬは… / あまりに強大な その野望ゆえに… 哀しみを知らぬ
そ…それは哀しみを背負った人間のみがなしうる…

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聖帝サウザーと聖帝十字陵

続いての歌詞はこうなります。

I used 2 want the house with the biggest pool
Reminiscing now, I just feel like a fool
昔の僕は、巨大なプール付きの家が欲しかった
今振り返ると、なんて愚かだったのかと思う

巨大なプール付きの家・・・最初歌詞を確認したとき、なぜ続いてこのような言葉が出てくるのか不思議でなりませんでした。私にはプリンスが豪華な別荘などに強いこだわりを持っているイメージがありませんでしたし、かつてないほど悲しい話、という前置きからいきなりこんな歌詞になるのも何かおかしな感じがしました。どのように話を繋げたらいいのか分かりませんが、私は聖帝サウザーの聖帝十字陵を思い出しました。

南斗六聖拳の聖帝サウザーは漫画「北斗の拳」の登場人物です。サウザーは自身の権威を誇示するために聖帝十字陵を建立しますが、北斗神拳伝承者ケンシロウに敗れます。誰よりも愛深きゆえに愛を捨てたサウザーは、最後に敬愛する偉大なる師オウガイの遺体に寄り添い、息絶えます。そして聖帝十字陵はサウザーと共に崩れ落ちるのでした。

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とりあえず今回はここまでです。余談はもう少し続きます。

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